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いなちゃんの脇道

三島事件から50年

 三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地で、憲法改正を訴えク−デタ−決起を呼び掛けたが至らず割腹自殺したのが50年前の今日だった。
 私が高校を出て入社した年の出来事で、5ヶ月の社員研修を終え、奥山の発電所勤務3ヶ月弱の日に起きた。
 ニュースでは、二人の割腹・介錯と云う事が多く語られ、事件の動機などの説明があまり無かったように思う。
 私はあの頃、わりと小説をよく読んでいて、三島由紀夫の金閣寺なども読んでいたが、難解な印象だった。
 また、確か週刊パンチ?(週刊誌)に三島由紀夫の[男の美学]と云う連載記事があり、語呂の格好良さに惹かれ読んでいたがこれもさっぱり・・・ただ男は体を鍛えなければならないと云うが書いてあった様な・・・!
 近年、ようやく憲法改正の論議が盛んだが、三島由紀夫が生きていたら何と言うか?
 因みに11年前に死んだ私の親父が、大正14年生まれで同い歳と今知った。
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