ウイスキーの刻 ~Whiskyのとき~

耳を澄ませば聴こえるウイスキーのメロディ。
『ウイスキーの刻』は、その真実を探し求めていきたいと思います。

『旅立ち』

2020-01-17 19:19:19 | 日記
 こんばんは。Aokiです。

 週末営業、路地裏の『名も無きBAR』。

 扉を開けると、そこにはいつもの刻が・・・


☆☆☆

『旅立ち』


 小雨まじりの深夜0時、
 さっきまでの喧騒が嘘のように、
 BARは静まり返っていた。

 マスターが下げたグラスを洗い流していると、
 雨に濡れた捨て猫が扉を開く。


 「いらっしゃいませ。どうぞお拭きください。」

 捨て猫は、差し出されたハンカチで
 濡れた黒髪をそっとなぞる。

 マスターは、彼女のコートをクローゼットにかけると
 再びバックバーを背にする。

 BARでコートを預けるときに、
 人は心を覆うベールも脱ぐものだ。

 何かを失い、その現実を受け入れたとき、
 瞳はブルームーンを映し出す。

 カウンターで背筋を伸ばした女性のワンピースには、
 紫陽花(あじさい)が静かに佇んでいる。

 棚のボトルに向いた瞳は何も見てはいない。

 ただ過ぎ去った遠い日に想いを馳せている。


 マスターは、暖かいスープをそっと差し出す。

 急ぐことはない。

 ゆっくり酔えばいい。

 長いまつげに支えられた瞳が、
 ゆっくりとマスターに語りかける。

 「旅立ちをお祝いする、
  そんなカクテルをお願いできますか。」

 「かしこまりました。」

 マスターは、ホワイト・ラムにブランデー、
 レモン・ジュースを加えた。

 ダウンライトの下で、
 シェーカーの音がいつになく哀しく響く。

 「どうぞ」

 差し出されたカクテルは、やわらかな乳白色。

 彼女の紫陽花に染み込んだカクテルは、
 心の奥にしまい込んだ想い出をときほぐす。

 「優しい香りなのに、口に含むと辛いんですね。
  でも、それが心地いい。」

 「ラスト・キッスというカクテルです。」

 それ以上の説明はいらない。

 ラスト・キッスが紫陽花の儚げな想い出を
 ひとつひとつ紡いでくれる。

 「旅立った人とは、もう会えないのかしら。」

 「立ち去ったのであれば、
  もう二度と出会うことはないでしょう。
  しかし、旅立ちであれば、
  いつかまた会える日が来ると思います。
  それから、二人の刻が、
  また動き出すことでしょう。」

 「そうね。そしてまた、旅人は旅に出る。
  それが人生なのかしら。」

 「そうですね。旅も人生も酒と同じですからね。
  飲まなければわからない。
  でも、飲むということは、
  失うということでもあります。」

 「儚いものね。」

 「はい、ただ、出会った者だけが、
  それを知ることが出来ます。」

 瞳で頷く紫陽花のグラスにも小雨が降り注ぐ。

                               written by Z.Aoki


★★★★★★★★★


 BARは、人生の縮図。

 様々な人間模様がございますが、近年、
 少々様相が変化してきたように感じます。

 何と申しましょうか、
 ライトな感じになってきたような・・・

 お酒もライト・テイストの傾向になりつつありますが、
 何か、関係があるのかもしれませんね。

 ライトになってきたというのは、悪いことではありません。

 広い層に、気軽にBARを楽しんでいただければ、
 お店としても良いでしょう。

 それでも、人生の中では「旅立ち」があり、
 「旅立ち」を見送ることもあり、
 そして、「お帰り」と迎え入れることもあります。

 バーテンダーというお仕事は、
 そうした『旅立ち』の立会人・・・
 なのかもしれません。

 だからこそ、扉を開けると、いつもそこにいる・・・
 
 でも、ときには、休息も必要ですね。

 扉が閉まっていても、寛大な心で受け入れましょう。

 「バーテンダー」である前に、「人」ですので。


                             Z.Aoki
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