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終わらない問い (木蓮)
2010-06-24 22:06:32
完結本刊行おめでとうございます。

でも、大変不躾ながら、それでもまだ戸惑いが消え去りません。
ではなぜ、連載中に刊行されたのだろうか。。。。
「電車の中で日々読まれる新聞連載」と文芸作品の違いは初めから明瞭だったはず。だったら、何故・・・。
これは、出版される「本」に対して抱き続けている、憧れと敬意ゆえの、割り切れない疑問です。
「広告収入激減で苦しい新聞社の台所事情がそうさせたのよ、理解してあげな」という陰口に、納得したくない自分がいます。
同時刊行の4冊は、完結本が無くては意味をなさなかったのか、いや、完結本なくとも出版意義はあったのだ、じゃあ、その意義とは?

5冊まとめてこよなく愛していらっしゃる先生のブログに、こんなコメントを寄せて、申し訳ございません。ただ、拙コメントに対して、意義を語ってくださるたくさんのコメントが続くと思います。実は、それを期待しています。
 
 
 
Candle In The Wind (W I N D LOVE)
2010-06-25 00:52:47
ろうそくがきえないうちにあいをかたる。50さいすぎてもいっしょうあかりはあるけれど、ひかりのいろあいがちがいます。
ろうそくののこりじかんはすくないけれど、さいごまでひかりつづけてほしい。
紅子さんは、くれない色に、さいごまであかりをともす。
KAWABATAさんのようなしゅうえんをむかえないで、
ろうそくのさいごのいってきまでいきてほしい。
 
 
 
「うまく妥協が成立しない素材」とは…? (June)
2010-06-25 13:46:46
「うまく妥協が成立しない素材」というのは、どういう意味でおっしゃっているのでしょうか?
「妥協すれば文芸作品として成立した」という意味なのでしょうか?

こんなことを書くのは大変心苦しいのですが、「妥協するかしないか」の問題は、作者側の問題ではなく、読者側の問題です。

5年後には文芸として成立しえない(と作者ご自身が認めた)作品に対して、お金を払って4冊もの単行本を購入した読者に、先生は妥協を強いておられます。

日本経済新聞出版社さんは、お金になるのであれば作家の我が儘はいくらでも聞いてくださるでしょう。
けれど、読者はそうはいきません。「我が儘を聞いてくれる読者だけ自分に着いてくればいい」という考えで本を執筆なさっているのですか?
そのような作品を「文芸」として世に送り出しているのですか?
 
 
 
あまり深く考えない性質ですので、、 (miriam)
2010-06-25 18:21:55
ライブの小説が新しい小説に変化するのも別に私は違和感がありません。
出来上がった小説を読んだら、
高樹さんの気持ちがどこに強く向かっていったのか?がわかるのかもしれませんものね。

それを読んで読者がどう思おうか?は自由ですよね。

高樹さんが、どのようにまとめられるかも、
これは高樹さんの自由でしょう~

私は・・
あまり物事を型にはめないで眺めているのですが・・・
そいういうのは小説を読む人間としては邪道なのでしょうか???ねぇ~~~???
 
 
 
がんばれ日本 (TOMOTOMO)
2010-06-25 19:40:59
文芸作品を型にはめて考える必要はないでしょう。作家とスポンサーの間で生み出され、どのような形であれ、好みに合えば読者はつくし、合わなければつかないでしょう。
 たかが小説、されど小説!

 がんばれ日本! 優勝したらすごい!
 
 
 
祝!完結本 (夢の中へ)
2010-06-26 10:40:17
(まだ未読ですが)
やっと日経新聞らしく『完結本』=『紅子の履歴書』が完成しましたね。
昨年の四月中頃のブログで、「偶然性と必然性」や「視点」などのコメントとともに、『紅子の履歴書』も望みましたが、実現されて本当によかったと思います。
一瞬一瞬の偶然性の連続した人間の行動とともに、時間的な俯瞰により見出だされた必然性、前四巻とともに広がりを持った四次元空間として、相互対比により、女性エステ職人の世界観と生き様がより立体的に感じられるものと思います。
ライブで記述して履歴書として俯瞰するというのは、他に例を見ない斬新な企画と敬意を表します。(日経新聞も含めて)
欲をいえば、何かサブタイトルがあればよりいいかな思います。
人間や世界の描き方には、まだまだ未知の手法があると思います。
今後ともより斬新な手法と新たな世界観、人間観のご提示を期待するとともに、ますますのご活躍をお祈り申しあげます。
 
 
 
Unknown (健康体)
2010-06-26 12:28:46
少し蒸し暑くなってきましたね
体調に気をつけて
がんばってください♪
 
 
 
祝、完結版。 ()
2010-06-26 13:41:03
ご無沙汰です。

連載小説の完結版を刊行されたそうで、何はともあれおめでとうございます。
ご自分の書いた物をもう一度素材として捉え直し、
完結版をお書きになられたのでしょうから、
作り手の立場は自由で有り、それも一つの手法です。
絵もしかり、設計の場合もイメージを決定する初期には、
何度もラフなスタディ模型を作りは捨てる作業をします。

ようはご自身が納得のいく仕事を残されることが最も重要です。

 
 
 
4分冊を買って下さった方へ (高樹のぶ子)
2010-06-27 01:32:30
4分冊を買って下さった方、それを愛読して下さった方、完結版を素直に受け入れられない気持が、良く解ります。木蓮さんや、JUNEさんの気持も、そうだろうなあ・・と思っています。

うまく説明できないし、別の誤解を与えかねないけれど、ライブ感を大事にしたのが写真入りの4分冊でした(本当は、ウエブ上だけでなく、小冊子として毎週配りたい気持があったのですが、販路としてそれは不可能でした)
ライブ感を意識した新聞連載は、初めてのことです。
またこれからも、無いと思います。

それだけに、書きながら、紅子さんは死ぬ前に、この一年をどんな風に思い返すのだろう・・などと、想像していました。
10月末に連載を終えることになっていて、ホテルのドアのノックが現実か幻想か、をはっきりさせないまま終わったことへの、「ミステリアスなままで良いのかな」「いや、逃げているかも知れない」などと、煩悶もあったのです。

うまく説明できませんが、完結版を書きたかった、書かないでは済まされなかった、ということです。分量的には三分の二になりましたが、紅子さんの人生がを縮することが出来ました。

4分冊とともに、取り残された気分にさせてしまった読者の皆様がいらしたら、あらためて、ごめんなさい。
4分冊の中の紅子さんも、完結版の中の紅子さんも、同じ女性です。ただ、上海で起きたことを眺める場所と時間が違うだけです。
 
 
 
挑戦 (サイヤ)
2010-06-27 22:50:31
連載中、いろいろな“ライブ感”がありました。
読んだその日の出来事が上海で起こっている。日食の場面がその典型でした。

読者はまた、紅子さんの行状をこのサイトで喧々諤々投稿しあっていました。それが作家の筆の方向を変えたとは思えませんが、昔なら絶対にあり得ない“ライブな”応援ファンレターだったり、批評レターだったりしました。

4分冊は、その輪に新たに加わる人たちのために必要なアイテムだったような気がします。
「これまでのあらすじ」では足らないのです。(毎日連載を読んでいた私は4分冊を購入する必要はありませんでしたが。)

『“人生最後の恋の冒険”に挑んだ果てに何が待ち受けていたのか? 大好評の新聞連載でミステリアスに終わった物語が本書で遂に完結、思いがけない結末に瞠目せよ!』
完結版の宣伝文句にはそうあります。年取った紅子さんが振返ってみると違う上海がそこにあるのだと思います。

これはある意味新しい試みだと評価します。

「もしドラ」と言われる小説によって、ドラッカーの「マネジメント」が一緒に売上を伸ばしています。出版界はいろいろな挑戦をしていかなければなりません。

「甘苦上海―完結版」も過去にない挑戦をしている。そう思って手にとってみたいと思います。
 
 
 
文芸ではなかったのか… (よし)
2010-06-28 01:27:46
驚きました。版元、編集者との葛藤はなかったのか、気になりますが。老練の作家だからこそ、できることなのでしょうね、きっと。
連載中、紅子さんのあまりの経営術の拙さゆえにライブ感など微塵も感じなかったが、それにしても1年間、何を読まされていたのだろう?
全面改稿といえば初出、新刊本、文庫と、どんどん書き換えていく高村薫氏が思い出されますが、この完結編の出方とはあまりに様相が異なります。いやぁ、恐れ入りました。
 
 
 
ライブ感! (Unknown)
2010-06-28 06:35:51
 率直に言って、日経新聞も取ってないし「上海甘苦」も全く読んだことがないので、なんとも言えないのですが、
(高樹先生の他の作品は拝読していて、どれも大好き、ですが。SIAXRKBのドキュメンタリーも素晴らしい!)ここのコメント群を読んだ限りでは、ただ単に、文句言いたくて、言ってる、ような人がいるような感じもします。
(イチャモン、とか因縁つけたい、みたいな、、、)
 特に、じっさい、お金を出して4冊の刊行本を買わず、経済新聞の「息抜き」?(スイマセン、)のような連載小説だけを
読んでいて、刊行を非難するのは一寸おかしいような気が
するのですが、、、、。
(それに、何を言いたいのか、ポイントがよくわからないです。新聞連載中でも、日経を取っていなくても、高樹先生の作品だけ読みたい人だっているのでは?)
 「完結版」だって、作家は書きたくなって当然のような気もしますし、、、。
(読者も、新聞連載中の、女盛りだった紅子さんだけじゃなく、老いて、今までをじっくり振り返っている紅子さんのことも知りたいのでは?)
 第一、「これは文芸で、あれは大衆もので」、というように
「分け方」をしたがる「気取り」のようなもの(スノビッシュネス)にも問題の根があるように思えてなりませんが、、、。

 ライブ感、への欲求、願望は、創り手も受け手も、確かに存在すると思います。
「今見てる、暇はないから後でじっくり録画を見ればいいや」、というような、サイクルの目まぐるしい時代だからこそ、「今見たい!知りたい、読みたいんだ!書きたいんだ!」という欲求が余計強くなるように思いますね。
 
 そして、その時々の「ライブ」を後でじっくり集めて、思い返して時には手直しもして、じっくり味わう、という作業も又必須ではないでしょうか?
それを後にいつまでも残していく、というのも、、、。
 

 
 
 
お疲れさまでした (rika)
2010-06-28 10:51:24
完結本、産み出されて、よかったですね

先生の「書かずには済まされなかった」という感想が私にはスッと私の中心に入ってきました
先生も少し感じられたように、私も「逃げ」られたように感じ、それは作者に対する感情は少ないのですが、作品への一つの結論的な提示が煮え切らなかったことに自分の感情をもてあましておりました

この場は、私と私(内観)、作品と私(客観的視線)を感じる上で、作品を追随し、自分を感じる時間になります

評価はもちろん他人のすることですが、私は私の感じるままを大事にしたい
人がどう評価しようが、私は私の生から湧き出る感情がある
このことが一番大切に感じます


ということで、早速購入しました
4冊も手に入れているものの、なかなか先に進みません
新聞連載では軽く読めたのに…
ただ、感じ方はまた違うし、甘いより苦しいが大きい
こういう楽しみ方もあるのかもしれません

完結本にいつ辿りつけるかわかりませんが、そういう内なる自分に耳を傾けながら、浸りたいと思います


自己満足的な小説の楽しみ方ですね♪
 
 
 
料理に例えてみれば (グゥ)
2010-06-28 15:00:58
今回の単行本の発行のやり方は、料理にたとえれば、

「以前にまずい料理を作ってしまったから、今度は頑張ってまともな料理を作ってみた」

というところでしょうか。同じ食材を使って。

家庭の主婦が作る料理ならそれでもいいと思いますが、プロのシェフの世界では、問題がありますよね。
最初のまずい料理を食べた人は、ただの味見(あるいは毒見)係でしかありませんから。
タダ飯ならともかく、ちゃんとお金を払っているお客様を「味見(毒見)係」扱いするシェフ…。ちょっと考えられません。

先のコメントで高村薫先生について触れられていますが、高村先生は、決して日経の読者を味見(毒見)係にはしていませんでした。
 
 
 
別バージョン (浜田英季)
2010-06-28 16:45:13
同じ曲でも色々なTake(バージョン)があるのですから、小説にも別バージョンがあって構わないと思います。マイケル・ジャクソン・バージョンの「We Are The World」は、我々が知っているバージョンとは、歌詞もアレンジも随分違いますが、「本質的」には同じ曲です。
 
 
 
仮想空間 (夢の中へ)
2010-06-28 20:06:21
いろいろご意見があるようですが、完結版は前四巻とは別物とお考えになられて仮想空間を楽しまれたらいいと思います。書き直しなどとおっしゃられない方がいいのでは。
前四巻では、ライブ性で味付けされた上海の仮想空間で、主人公を自由に演じさせ、その記述で、新聞の縮刷版とお考えになられたらいかがでしょう。(新聞に終わりはありません。日経新聞は4383円ですね)
そして過去を遠望して回想録(完結版)に至ったと。
主人公が作者の手を離れて動き回り、またいやな性格も感じられたので、よく描かれていたのだと思います。
ラウンドな人間造形は不可能な程難しいとのこと。

また読み取ることも大変な努力を要すると思います。
夢と現のないまぜられた仮想空間に浸ってみるのも楽しいのでは。
少しでも人間という大宇宙を垣間見られたら。
 
 
 
lucky (Gc)
2010-06-28 20:12:41
ライブ版は執筆中そのもの作品で、完結版が手直し後の完成版ではないかと思います。
ひとつの作品が完成するまでの過程を見せて頂けたと思うと凄く幸せなことで愉快で堪りません。
「その細き道」と「時を青く染めて」の時とは、また少し違った試みにワクワクしています。
Ⅰ~Ⅳの横に早く並べたいです。
(予約済み^^ )
 
 
 
先生、お応えありがとうございます。 (木蓮)
2010-06-28 22:22:18
先生は、拙コメントの真意を読んでくださったと嬉しく思いました。私も、「別の誤解を与えかねない」コメントを誤解しないように読みました。

本棚の四分冊がこちらを見ています。もし、彼らがそこにいなければ、完結本の刊行を素直に喜べたと思います。新聞の縮刷版ならipodに任せたい、スペースに限りがある我が家の蔵書にしたいのは、文芸として創作された完結版の方だからです。これが出版されるとわかっていたなら待っていたのに、日経にしてやられた、そんな複雑さでした。
納得して購入したのは自分。送料合わせて一万円そこらの買い物に、今さらくよくよするのは、みっともないですね。
私は日経購読者であり、連載小説は一字一句、行間まで読みました。社会経済、海外ビジネスの描き方には疑問を抱きましたが、ネットを活用された、ライブ感溢れる盛り上がりなど、果敢な創作者の試みは素晴らしいものでした。日本の新聞文化が誇り、漱石に連なる歴史を持つ連載小説にも、作家への敬意を込めて、「たかが」ではなく、「されど」の思いです。もちろん、それが文芸性より話題性に傾くことがあっても、そこは連載小説として、積極的に肯定します。
連載中に刊行された「本」は、空港の書店では平積みされていました。上海の観光ガイド的な共時性という意味で、納得したくもありました。
ただ、それでも、「本」には思い入れがあるのもですから、連載が完結しないうちから、しかも、前連載『望郷の道』より先の刊行には、失礼ながら、「捨てるべきラフなスタディ模型」を商品化されているように感じていました。刊行にあたって、妥協なく改稿するのが作家ではないのですか、と問うてもいました。

では、なぜ、四分冊を購入したのか。それは、先生が12月にこちらで「紅葉の一年」として綴られた、「『甘苦上海』は、私にとって、大事な一作になりました」という一文に、強く胸を打たれたからです。(失礼ながら)文芸としては納得されていないであろう同時刊行本に潔く責任をもち、深く愛していらっしゃる。そんな毅然とした作家に敬服し、こちらでの新たな、愉しいたくさんの出会いを感謝する思いを重ねて、購入しました。
ですから、このたびの記事を拝読して、「作家自身が”ブックオフ”行きとわかって刊行した「本」を熱い思いで買ってしまったのね」とひとりよがりに、裏切られた感じがしてしまいました。
取り残された思いが消化しきれないのは、すぐにも書店に行き、完結本を手に取れないからかもしれません。同時期の『親鸞』はネット購読できるのに、とつい恨み節。ごめんなさい。「本」への思い、なんて言いながら、矛盾してますね。

懐かしの「紅子スペシャル」。連載時に読みながら想像した味と同時に、時に吹き抜けた樹々の香りまでも蘇りました。


Unknownさま
私は、どの批判コメントも、「単なる文句」だとは感じませんでした。むしろ、電子書籍が台頭する昨今、文芸や出版に対する深い思いが書かせた激励であり、関係者が読むに値する提言だと思いました。
それより、多分、うっかりだと思うのですが、他コメントに対して批判する時にこそ、お名前はお忘れなく。もっとも、かつてsaeさんが書かれていたように、文章で、どなたかは推し量れるのものですが。また、ご未読といえども、書名はご確認くださいませ。私達の愛読書ですから。

長々と失礼しました。
 
 
 
紅子さん (しづ)
2010-06-28 22:43:32
またお会いできてうれしいです。完結本はまだ最初の数ページですが、人生の終着点に向けて静かに時を刻む紅子さんが、あの上海で走り続けていたご自分の姿を思い出す一時に、私も静かにお付き合いしたいと思います。
去年51歳だった紅子さんですが、完結本の紅子さんは今よりずっと未来で年老いた姿で上海での記憶を辿る。何だか時空を越えた感覚を覚えます。

思えば去年、新聞でふと目にした連載小説。ほぼ同時期に手にした雑誌のページには、PRADAの深紅のスーツ。紅子の紅とスーツの色がリンクした。そんなことがきっかけで、私は紅子さんを追いかけ始めたんですよ。
そして今年は雑誌に上海関連の記事がたくさん掲載されるようになりました。何しろ上海万博が開催中ですからね。アナベル・リーもシルクの小物を扱うお店として紹介されてましたよ。それについ最近は、人民元の市場への流出の規制がやや緩和されたこと、農村から都市部への労働力流入がピークを過ぎ、減少に転じる転換点に来ていること、様々な要因から労働者の賃上げ要求や、ストライキなんかが頻発しているんです。きっと紅子さんのエステ店でもマネージャーから従業員の賃上げ交渉があったのでは?
私は上海でまだまだ走り続けている紅子さんのことも想像したりします。

いろんなことを思いながら、人生の終着点に向かいつつある紅子さんが思い出すあの時の紅子さんを追いかけてみようと思います。
 
 
 
甘苦上海 (案 脳運)
2010-06-29 09:23:31
今更ながら納得です

ライブに拘った結果なのですね

稚拙な/欠伸が出るほどスローなストーリー

吟味し直して、完結編を出したくなる気持ち良く理解できます
 
 
 
「紅子さんへの別れの手紙」って結局何だったんですか? (日経の一読者)
2010-06-29 12:10:04
「甘苦上海」の連載終了後に、「紅子さんへの別れの手紙」という後書きが、日経新聞に掲載されたはずです。

私の記憶が正しければ、「自分はもう紅子の未来など知りたくない」というような内容の後書きだったはずです。

言っていることとやっていることが違いすぎやしませんか?

「甘苦上海」の失敗の要因の一つは、明らかに、政治経済や経営学に関する知識の不足からきています。
「素材」がどうとか、「ライブ」がどうとかいう誤魔化しは、みっともないです。
 
 
 
特徴 (愛犬)
2010-06-29 13:09:26
高樹文学の目指してきたものは、経済・経営をメインに据える文学ではないでしょう。
全ジャンルに精通していること。それは、それぞれの分野の学者・研究者の世界です。

経済小説なら、その分野を得意とする作家がいました。

すべての分野にバランスよく出来ている小説は、逆に面白くないでしょう。描かれるのは「こころ」です。

「愛」をテーマに描いている作家。それが高樹のぶ子の小説です。そこに至り、瑕疵を超えるものが、アッピールする強い何かがあるかどうかです!

如何でしょうか!
 
 
 
愛犬さまへ (日経の一読者)
2010-06-29 14:19:49
残念ながら、私には、「甘苦上海」には「愛」も「こころ」も感じられませんでした…。
紅子は京の何が好きだったのか? 京は紅子の何が好きだったのか?
それが、全く伝わってきませんでした。

「経済・経営をメインに据える文学」ではないという主張は分かりますが、高校レベルの社会科の知識があれば間違いを指摘できるような描写がいくどとなくあったのは、いかがなものかと思います。

おそらくは、そういった「基本的な間違い」は、完結版(改訂版と言った方がいいのでしょうか?)ではさりげなく直されているのでしょうね。
 
 
 
Unknown (Unknown)
2010-07-03 11:26:48
木蓮さんたちの意見に同感。とまどいを感じます。
でも、あらぬ嫌疑をかけられるUnknownさんは気の毒です。Unknownさんは沢山います。後世に残る作品の条件とは何なんでしょうか。100年後の読者は4冊の既刊本は読まないのでしょうか。
 
 
 
中村文則さんの言葉 (7月5日の日経夕刊より)
2010-07-06 09:19:01
「娯楽小説と純文学といった区分は無意味。読み物ととしての面白さと文学的な深みを両立させることは十分に可能だし、それも中間小説ではなく双方向に振れきった形で書けるはず。」


↑『悪と仮面のルール』という長編小説の刊行に寄せて、中村文則さんがおっしゃったお言葉です。

高樹先生もこれくらいの意気込みで頑張って下さい。
 
 
 
甘苦上海 完結版 (さやか)
2010-07-12 15:43:52
 先生 ありがとうございます。紅子さんにまた会えるのですね。今日 本を注文しました。明日届くのですが、今からワクワクしております。日経新聞を読まない私が、紅子さんに出会ってから毎日日経新聞を読むようになりました。六本木のグランドハイアットに宿泊した時に「新聞は何になさいますか?」の質問に対して、迷わず「日経新聞を」と答えていました。
ハイアットで目覚めて一番にする事はもちろん日経新聞を読む事でした。全部読んだのにも関わらず、4冊の本も買いました。重要なところは黄色のラインマーカーが引いてあります。
明日、また紅子さんに会えます。 嬉しい・・・・・
先生 本当にありがとうございます。
 
 
 
あっちもこっちも矛盾だらけ (muj)
2010-07-14 14:12:49
もともと小説のストーリーも矛盾だらけでしたが、連載終了後に日経新聞の文化欄に先生ご自身が寄せたメッセージと、こちらのブログに書かれたメッセージまで矛盾しているとは…。
ビックリしました。

先生にとって、日経新聞とは何なのでしょうか?
「どんな文章を書いても、なかったことにできる」という認識なのでしょうか?

「後になって考えが変わった」というのなら、それでも結構です。
しかし、考えが変わったのであれば、「理由」や「経緯」はしっかりと書くべきです。
そうでないと、「その場その場の思いつきで適当に文章を書いている」と解釈されかねません。

 
 
 
また会えるよね、 (シャォマォ)
2010-08-14 01:18:34
 また紅子に会えるよね、明日本屋に行けば!
 
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