龍一京/瓜生章の活動日記

作家龍一京/瓜生章の日々のあれやこれやを綴っています

政治家という人種

2016年04月29日 | 日記
政治家に物申したい。政治家も立派な職業、そのことについての文句はない。ただ、政治家は偉いと勘違いしてもらっては困る。政治は人間がするもの。そこには必ず情がなければならない。その情を忘れた政治家がいかに多くなったか、そこのところが我慢ならないのである。

一つの例を挙げてみる。いま、貧困の女性が増えている。話に聞くと20歳代から60歳代の女性で、3人に1人が貧困状態にあるという。もちろん貧困生活をするに至ったのにはそれなりの理由がある。母親や父親からDVを受け、家を飛び出した者。あるいは連帯保証人になって止むおえず借金を抱えることとなり、一家がばらばらになった。(自分が遊びや贅沢をするために借金を重ねて破綻した人間については、まったく同情できないし、同情する必要もないが……)こうした女性難民とい

うか、貧困者が確実に増えている。さらには、こうした人たちは、友人宅を泊まり歩いたり、野宿をしてみたり、ネットカフェで過ごしたり、いわゆるホームレス化しているのである。こうした女性は、いくら働きたくても住所が定まっていないということで、まともな職に就きたくても就けない。ブラック企業の餌食になり泣き寝入りすることも多いという。もちろん東京都が、安いアパートに住まわせて、介護などの技能を身につけさせ、新たな出発をすべくてを差し伸べている部分はある。だ

が、それはほんの一部に過ぎない。多くの人はまったく恩恵を受けていないのである。
また、保育所の問題、待機児童の問題も深刻である。ところが政治家がこうした問題に親身になって動くことはない。なぜか、ずばり「票」にならないからである。政治家は社会福祉の問題についての話はするが、それは市民に対して耳障りのいいこ

とを言わなければならないと思っている。だが、実際に貧乏人のためにどれほど動いているかとなると、話しは聞くがその場かぎり。時間を割くこと自体馬鹿馬鹿しいとさえ思っているのが現実である。政治家が高給を取っているのを批判するつもりはない。ただし、それなりの仕事をしているかである。政務活動費など、なんに使っても構わない。領収書も不要。こんなことを未だに続けている。本当に貧乏人のことを考え、待機児童などのことを考えるなら、何をおいてもやるべきだし、資金は

無駄を省き、捻出するくらいの知恵は出してほしいものである。
「政治家は金が儲かる」今の多くの政治化の本心はここにあるのではないかと疑いたくもなる。  ではまた。


一口メモ……誰でも言うだけならできる。実行が伴わなければ何もしていないのと同じである。





















楽しい花言葉……

2016年04月28日 | 日記
人は神がかりとか、例とか、占いの類のことは好きである。また、それを信じたりもする。ある意味馬鹿馬鹿しいと思いながらも、どんどん引き込まれてゆく。特に女性はこの手の話や現象は好きである。それが作り物であっても、絶対にありえないと思っていても、その現象を目の当たりにすると信じたくなるし、信じてしまうようである。例えばゆーホーの話しでも、有方が現実にいてもいなくても、目の前に現れると「不思議」と思う気持ちから「本当だろうか」に変わり「もしかしたら本当

にあるのではないか」「宇宙人は実際にいるのではないか」と、そのように思考が移ってくる。
もちろんそのこと自身悪いことではない。夢や創造がどんどん膨らんでくるので楽しむこともできる。ただ、占いや神がかりのもの、不思議なことを現実と錯覚して信じてしまう。ここが危険なところなのです。もっと言いますと危険な考えに陥って

いることに気がつかないため、どんどん深みにはまって自らを失い、とんでもないことに巻き込まれる怖さも、同時にあるということです。人間強いようでそんなに強くはありません。詐欺に遭うということもやはり同じことです。相手や、相手の言葉を信じた結果、大きな被害に遭い、後になって悔やまなければならなくなるのです。

それはそれとして個人が注意するしかないのですが、このよな類のものは、単なる遊び程度で止めておくとか、楽しめないで深刻な状態で助けを求める人は、初めから神がかりナことは避けるようにすべきです。誰でも自身の正確はある程度知っているし、把握しているはずですから、失敗して悔やむ前に、悔しがる前に、反省する前に手を出さないことである。

つまり、花占いなどでは、それを知ったからといって自身の気持ちが左右されることもなく、ましてや支配されることでもない。楽しみ、笑いながらできる。遊びとして興味を持ちやればいいのです。つまりおどろおどろしいことは気軽に話せるものではない。その点、花占いは血液型占いと同じように、話しのきっかけを作ることにも役立つし、良いことであれば相手に告知することで、よい気分になってもらうことができる。特に話下手な人は花言葉を覚えて、花言葉の力を借りながら役立てる

のも楽しいものです。  ではまた。


一口メモ……流されるな。理性を持って自分自身が強くなれ。  一京。




















周りで見る花の花言葉

2016年04月27日 | 一京さんと植物
散歩すると「タンポポ」(蒲公英と漢字では書きます)が道端や果断などに黄色の花をつけています。一方咲き終わった花は、伸ばした茎の先に丸い綿毛が付いています。風が吹くとその綿毛がばらばらになってパッと空に飛んでいきます。そこで「タンポポ」の花言葉は【別離】です。寂しい言葉です。ですが、綿毛をいっぺんに吹き飛ばせば何か良いことがあるとも言われています。また、このタンポポ、にっぽんではしょくようにはしません。外国では食用にしていたり、薬用に栽培してい

るようです。「タンポポ」はウサギの大好物ですが「ほこうえい」といって、根の部分を漢方薬として使います。
また、下段などでよく見る「パンジー」の花言葉は【私を想ってください】です。そのいわれは、白い花の蕾が、キューピットの放った矢に射られ三色に変わった。そんな話もあります。三色の花の様子が物思いに沈んでいる少女の顔に似ているとこ

ろから「私を想ってください」という花言葉ができたそうです。(株式会社保育者・著者中村俊子の著書―花言葉ファンタジーより)、サクラは【優れた美人】、アカシアは【秘めた恋】、菜の花は【快活】、カタクリの花は【寂しさに耐えるとか初恋】という花言葉があります。

このように自分の知っている花や、周りにある花の花言葉を調べて、あれこれ想像するのも面白いでしょう。あるいは恋人に花言葉をそれとなく教えてあげたり、いろいろなことを想像しながら調べるのも楽しいと思います。
花は植物。花言葉を調べて楽しむと同時に、漢方薬になるのはどんな植物なのか、毒になるのはどんな植物なのかもついでに調べると面白い。「行者にんにく」「セリ」「ハゼ」「銀杏」「スイセン」「キョウチクトウ」などなど、独創が一杯ありま

す。花言葉を楽しみながら漢方の知識を得て、毒草を見分けることができるようになる。こう考えると、特に小さな子どもさんを持つ父母であれば子どものために、草花が好きな女性や庭造りが得意な男性など、楽しみながら一つの知識として覚えていくのも一石三鳥です。  ではまて。


一口メモ……雑草や目で楽しむ草花は、いろいろな知識を与えてくれる。   一京。


























花蘇芳(はなずおう)が……

2016年04月25日 | 一京さんと植物
いま小さな庭先に、ちょっと遅いですが花蘇芳の赤紫の花が咲き誇っています。この木は実生から育て大きくしたもので、もう六年目になります。
タネはゴマの実より少し小さく、吹けばすぐ飛んでいってわからなくなる。それほど小さくて、芽を出すと糸のように細い幹にハート模様の小さな葉をつけます。意外にも成長は早く、花が咲くようになったのは芽を出してから5年目でしたが、もう2

メートルは超えています。桜(ソメイヨシノ)同様、葉が出る前に「蝶形花」の花を咲かせます。チョウチョの種類でで「シジミ蝶」という小さな可愛いチョウチョがいるのですが、それに煮た花をつけます。節目節目に、もこもこっと、幹のあちこちに塊となって花を咲かせます。初めは紫ですが、日にちが経つにつれて鮮やかな赤紫へと変わってきます。小さな花の塊なのですが、とても可愛いし美しいのですが、面白いのはこの花のタネのつき方です。幹に直接サヤエンドウのようなタネがほ

ぼ花の数ほどびっしり付きます。その様がなんともいえないほど面白いのです。この花蘇芳を増やすには、挿し木でもいいし、秋にその種を取り保存しておいて、春に撒けば芽が出ますので簡単に増やすことができます。
この花蘇芳の「花言葉」ですが、意外にも「裏切り」です。別名「ユダの木」とも呼ばれていて、花言葉はここから来ているのだと思います。しかし特に花言葉を気にする必要はありません。この花の可愛さ、可憐さを見れば、「裏切り」など無縁に

思えるでしょう。
いま女性の間に「盆栽」が流行っていると聞きます。挿し木で簡単に殖やせるものもありますし、何より盆栽は文句は言いません。可愛がってやれば、思いどうりに育って差くれますし、仕事から帰ったとき、美しい花やみどりの葉がホッと気持ちを

癒してくれます。ただ、植物は空気の流れがないと枯れます。強い、育てやすいといわれている「サボテン」でも、空気の流れがない室内に置いておくと腐ってきます。水遣りはもちろん大切ですが、手軽に楽しめるのが鉢植えです。あまり盆栽のように堅苦しく考えないで楽しめば、十分楽しめますし、同時に癒してくれます。思いついたら吉日。興味があればすぐにでもやってみてください。道を歩いていてもスミレのような小さな植物が目に付きます。それを小さなハチにとって育てても面白

いですよ。  ではまた。   


一口メモ……心を癒してくれるものは自分の周りにいくらでもある。簡単なものからやってみるのも面白い。   一京。



























私の曲を歌いたいという人が……。

2016年04月21日 | 一京さんの演歌歌謡曲全国旅
いま、知り合いの口コミで、何人か私の曲を歌いたいという人が出てきてくれました。ありがたいことです。
底で私の基本的な考えをここで吐露しておきたいと思います。前回ブログで少し書きましたが、私は歌い手さんを育てること。それが私のこれから先の課題でもあります。私は既存のプロダクションにはまったく興味がありません。私の楽しみは、本

気になってやろうと思う男女が、いかにしてチャンスを作るか。あるいは、地元だけで活動したいという人たちが、どのようにして自分のオリジナル曲を持つか。そこのところを考えたとき、誰かが曲を供給しなければならないし、歌を供給すればよいだけのことです。本気になって歌手になりたいという人の手助けができたらいい、そう思って、今の企画を進めているのです。つまり、目的を達成するための足場として利用してもらっても構わないし、私の作った歌を足場に活動しても構わないの

です。難しく考えなる必要はありません。私の作った歌を唄らいながらボランティアをするのもよし、、メジャーデビューを狙う人は狙う。地方の地元のために歌の活動をする。それでも構わないのです。
全国を47都道府県の歌を作り、さらに全国を8つのブロック(北海道地方・東北地方・関東甲信越地方・東海北陸地方・近畿地方・中国地方・四国地方・九州沖縄地方)に区分けして、歌の活動ができるように分けて作っています。歌の活動をする人

たちにも、中央で活動したいという人と、地方で活動したいという人がいます。しかしいまは情報が発達しています。中央も地方もありません。メジャーででびゅう使用とする歌い手さんも、地方周りを大事にしています。言い換えれば、地方の歌が流行れば、中央はそれを黙って入られない。多くのヒット曲は地方から日がついた物が覆いということも事実です。

ただここで一つ、はっきりと言っておきたいのは、プロとして活躍するのに中央も地方もないということです。自分が歌で感情を表現して、皆さんに楽しんでもらう。これが原点です。歌が好きならまず自分の地元から。地元の歌は可愛がってもらえるし、地方にすむ皆さんの中に浸透してゆくのが早い。いろいろな利点が考えられますが、要は、いろいろ考えるより、やってやろうと思うのならば、すぐ行動に移すことが大切なのです。  ではまた。  


一口メモ……理屈をいう暇があったら少しでも早く行動に移し、多く苦しむことである。   一京。