<うそごと>はお好き?

管理人・葉山羽魚(ハヤマ ウナ)の人生は読書演劇妄想人形美酒シゴト。

100-68:変換

2005-06-14 | エッセイ
☆シリアス小説100タイトル★100-68:変換
(第1話は04年7月1日にあります)


「本当かうそか、たしかめられないものごとは、ぜんぶ本当なんだ。
 誰にも決められないことが、誰かが『こうだ』と言った瞬間に、
 本当になっちゃうんだよ。本当にできるんだよ。
 僕でも、もちろん君でも」



昔、といったって、2時間前か、2日前か、あるいは200年前か。
そのくらいの昔に、彼が言っていた。
彼は、口先だけで生きている人で、
でもその口だけでなんでも手に入れることができた。
生活に必要なもの。
たとえば、お金とか、食べ物とか、家。
さらに生活にうるおいを与えるもの。
友だち。女の子。なにかと便利な伝手(ツテ)。
一瞬のスリル、かすかな感情のもつれ、
一緒にいて体温を同じにしていくという幻想も。

怪しげな賭け事で確実にこの世を渡っていく人がいるように、
彼は、怪しげな「話」を語ることで、この世に確かに存在していた。
「僕は生まれながらのぺてん師なんだ」と彼はよく言っていた。
「でも、信じる人がいたら、ぺてんは本当になるんだ」とも。
そういうときの彼の顔は、決まって幼児のように何の思惑もない笑顔なのだ。

そのころの私の世界は、とてもシンプルだった。
自分と彼。
楽しいこと(デートとか)と、大変だけどしなくてはならないこと(家事とか)。
ホントもウソも何もない。
世界は、ただそれだけのわかりやすい球体じゃないのか?

だから私はわざわざ複雑な思考をする彼に言ったことがある。
「そういうのって、ただのヘリクツなんじゃないの?」
彼は、そりゃそうだ、といった顔で私を見た。
「でも、そういう無駄な理屈のない世の中になったら、
 多分僕は生きられないから、死ぬかもね」

彼はあまりにねじれてよれてしまっているために、
遠くからはまるでまっすぐに見えた。
私は彼の言葉が本当かどうかなんてどうでもよかった。
彼のつむぐ言葉が一銭の価値もない「くず糸」でも、
それで彼が世界につながれるならばそれでいい……。
悪徳商人の売るくず糸を、私は喜んで何千メートルでも買おう。そう思っていた。


眠れなくて、月は満ち、冴え切っていた。
少しでも布にこもる熱とうっとうしさから離れていたい、生ぬるい夜だった。
「ねえ、なにか人をケムに巻くような、眉唾な話をしてよ」
「ひどいなあ、それ」
彼は全然傷ついていない口調で、つるりとしたフローリングの床で座りなおす。

「君にあの満月をあげよう」

なにそれ・・・・・・。

「まあ聞きなよ。
 きっと世界で何十万人もの男が女にこの文句を言ってるんだろうよ。
 これが<素敵な科白>として機能する時代もあったわけだしね。
 でも、それって、よく考えたらサギだろ?」

え? 急に何を?

「だって、月は元から誰のものでもないんだ
 それをジェームズ君が勝手に
 “月は僕の物だが、これからはサラちゃんに所有権を譲る”と言ったって、
 そんなの出来ないんだよ」

彼の声はとうとうと泉のように湧いている。

「でも、それは有効な契約なんだ。
 100人が、1つしかない同じ月をそれぞれの恋人に贈っても、
 それは100個の月が100人に同時に贈られたことになるからだ。
 ジェームズ君の指す月は、あの夜空に浮かぶ本当の月でありながら、
 チャールズやヘンリーの見ている月とは違う、ただ1つの月なんだよ」

うーーーん? なんかおかしいぞ。ぜったい。
でも私の頭はそれを指弾する言葉を持たない。
それに彼を論破して得意になるよりも、
彼の限りなくうそっぽい言葉の渦に巻き込まれて、
ぐるぐる酔ったような気分になって、だまされていたいのだ。

「だから、あの月を君にあげるよ」
「そう? まあ、せっかくだし、くれるんならありがたく受け取っておくよ」
「でも、ごめん。あの月、チーズケーキなんだ
「は?」
「だから、小さくてまるいチーズケーキなんだよ」

私は床をずるずると這っていって、開け放たれた窓から、月を眺めた。
後ろの彼の声が遠い。
「言ったろ、僕が言えば、月はチーズケーキになるんだよ。
 誰も手に取って食べられないんだからね」

黄色みがかったおいしそうなお月さま。そうか……。

「月くれるって言ったのに。ほら吹き野郎」
「ぺてん師と言ってくれ」
「だってチーズケーキでもない、あれ、おまんじゅうだもん。
 私がアズキ嫌いなの知ってるくせに」

笑みを押さえきれない。だめだやっぱり。
私は、いつもポーカーフェイスのサギ師には向いていないのだ。

「あぁ……、バレたか。でも惜しい、あれ、アイスクリームバニラの
「ありがと、なんて大きな真珠でしょう」
「へえ、ただのピンポン玉なんだけど」

その夜、月は、ずっと月じゃなくなった。


もうずっと、2ヶ月、2年。あるいは、20万年。
ぺてん師は、ふらりと出て行ったまま帰ってこない。
私は今日も月を別の物に変えている。
チーズケーキ、おまんじゅう、バニラアイス、真珠、ピンポン玉、……
彼の不在は、何かに変えられるだろうか。
ドクロ、聖体拝受、ろ紙、アーモンドスライス、チーズケーキ、……

彼の言葉のない静寂の真空は、変えられるにはあまりに明確すぎて。



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これぞザ・乙女小説!! (←違)

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