視野という名の万華鏡

人は狭いもの…

無駄に一言

2008-06-08 15:22:43 | Weblog
私と一緒にいると不幸になる?
貴女といられることこそが最高の幸福の間違いだろ(笑)

喧嘩の必要性

2008-05-04 11:00:55 | Weblog
人は果たして喧嘩することが必要なのだろうか?

普段から仲良くやればそれでいいのでは無いか?

俺の発想では距離の近い人遠い人によって違うものだと考える。

距離が遠い人…すなわち並みの友達や会って間もない人、

あまり仲の良くない人

こういった人たちとは確かに喧嘩をすることは良くないと思う。

しかし、近い人…ある程度仲がよく理解している人に関しては

時として喧嘩も必要なのでは無いだろうか?

なぜそう考えるかって?

率直に言ってしまえば喧嘩してるときは本音しかでないからだ。

嘘の主張をしながら喧嘩してる人間なんて果たしているだろうか?

よく漫画やドラマとかで自分を悪役に仕立てて主人公と喧嘩するシーンなどは

あるが、あんなこと実在には考えにくいシュチュエーションである。

仲がよければお互いに抑制することで、本音が隠れて見えなくなる

相手の気持ちがイマイチわからなくなり、不満すらわかってあげれなくなる。

何が嫌なのかはっきり言ってほしいものだ。言われれば治すのに

治す場所がわからない。これは辛いものである。

同時に相手の考えていることがわからないためこっちも不安になるわけやな。

だからこそ、時には喧嘩も必要なんだ、感情が高ぶってると本音が飛び交うから

そしてそれが互いの再認識になるわけだ。 
 
以上

夢と目標

2008-05-04 00:11:18 | Weblog
夢   

それは人なら大きかろうが小さかろうが

少なからず持っている

少なからず夢の実現に向けて歩んでいる

だから人の夢を中傷してはならない

また邪魔をしてもならない

そして助けてもならない

自分でやった過程こそが大事である

だから暖かく見守ることこそが大事である

目標も同じである

こちらからは助けを求めてもらわなければ動け無い

下手に動けば全てが水の泡になるかもしれない

だから抑えるジッとこらえる、ひたすら待つばかり

それもいいんじゃないかな?

でも、心配だからたまには連絡いれてください

PS:今日のオニギリのことは本当に後悔しています。本当に空気の読めないことを言ってごめんなさい。本当にすみません。言い訳はしません。

だから、また作ってくれませんか?

長所を伸ばすか短所を克服するか?

2008-04-26 23:58:00 | Weblog
自分に必要なのはどっちであろうか?いや、自分が求める人はどっちだろうか?

に変換しておこうか?結構昔から考えていたのはタイトルの後者だと考えていた。

自分に無いものを持つ人間には興味を引かれる。そう考えてたのは事実である。

だからこそ、そういう人にあうと負けたくない気持ちや嫉妬心が自然とあった。

逆に前者については考えてもいなかったかな。

そして最近になり視野が拡大したところで前者の必要性と後者の裏に気がついた。

自分に無いものについての裏。人は人自分は自分のスタイルが必要である。と同時に

自分に無いものが吸収できるかといえばできにくい。そう考えた。そして逆に長所は元から持つものだから

発展させやすいのではないだろうか?もちろん裏も理解してるけどね。

そして俺は前者を必要とした。

このブログは知り合いの一人しか見てないからね。メッセージを入れとくよ。

マイナス思考?別にかまわないよ。全てを裏返して+にしてあげるし、受け止めてあげるから心配しないで。ついでに難題を一つ。俺に喧嘩を吹っかけてほしいね。
喧嘩になったらあなたの勝ちです。

お金と時間の価値

2008-04-24 01:03:30 | Weblog
自分はお金を大事にするが、時間はもっと大事にする。それはなぜか?

理由は簡単お金を増やすことはできるけど、時間は増やすことができないからだ。

1億円払うから1日だけ1日を25時間にしてくれ!といっても不可能である。

ということで時間に関しては極力お金を消費することで時間を短縮できるところは短縮してしまう。

そして、お金と時間の価値に関してもう一つの種類で大切にしていることがある。

まぁ今回の本題はここからかもね。

もう一つの種類、前者は「時は金なり」なのに対し、

もう一つは「金は時なり」なんだ。

全然意味がわからないだろうが、簡単に言えば前者は時間短縮で時は金なりであり

後者はある場面に直面したときに限っては金に糸目をつけない。

俺はあまりお金を無駄に使いたくない人間である。

だがしかし、時々見え隠れする大切な時間というものがある。それは正直一瞬でしかないが、

個人的にはその一瞬にはお金をいくら掛けても惜しくないと思ってる。

なぜかって?

それは考えてみて。視野を広くみることだね。

視野という名の万華鏡

2008-04-20 11:15:25 | Weblog
このブログのタイトルを視野というなの万華鏡に変えました。

意味なんですけどね。わかりますか?

まぁわからないと思います。

万華鏡。横文字だとカレイドスコープでしたっけ?

万華鏡の中を覗くと大変綺麗ですね。そして角度を変えると違った形になり

それもまた美しい。それが万華鏡ですね。

では視野という万華鏡は? 

簡単なことです。どんな視点から見ても美しく見ることができるということです。

まぁこれは僕の視野に対する最終目標ですね。

今は2方向を意味する表裏一体と言う視野の捉え方が限界ですが、もっと経験をつむことで多方向から物事を捉え

それも綺麗(良い面)に見えるようになりたいですね。正直2方向だと、まだ憎しみなどが

生じるみたいだからねぇー勉強が足りないです。

人の痛みを知るということは・・・

2008-04-19 20:56:37 | Weblog
少し前の話である。

経営情報学部のアシスタントとして今後どう頑張ろうか考えてたときに

担当の先生からメールが入り相方と別々の日にアシスタントをやることを強制された。

もちろん抵抗した。「僕たちはこれまでいつも一緒にやってきて今回のアシスタントが最後になるから一緒の日にしてほしい」と

しかし返ってきたメールは「君たちの事なんて関係ない。大事なのは1年生であって、そんな浅はかな考えはやめなさい。」

はっきりいってありえないと思ったよ。そして許せなかった。この時点ではね。

まぁそこから少し時間がたち、提出書類がいろいろあったので担当の先生と毎度連絡を取る一方

提出場所の教務課にいろいろと事情を話しながら、「君に言っても仕方が無いんだけどね」といわれて半分説教。

まさに板ばさみな状況だった。担当の先生は先生で勝手に教務課と喧嘩してるし勘弁してくれって感じでした。

更に数日後その担当の先生の研究室に行ったときの話が今回の本題です。

研修で使うしおりをもらいに行き普通にもらいに言ったときにこんなことを行ったのです。

「本来この恵那の研修というのは、工学部の為に考えられたもので、僕ら経営情報学部みたいな、協力とかせず個人で動く学科には必要ないものなんだ」と

このとき俺の頭の中で一気に計算され、引っかかってるものが解けた。

そのとき思ったのが、そうかあなた(先生)はずっと一人ぼっちで生きてきたのか。だからこそ情で訴えても全く反応が無かったのか。

俺らの年ならまだやり直しがきくけど、既に限界を超えてしまったんだと理解した。

憐れに感じた。そんな悲しい人生を送って来たと思うと。

そう、人の痛みを知ってしまったわけなんだ。あれほど憎んだものがどこかに消えた瞬間でもあった。

まぁその後、無事にアシスタントの仕事を終わらせたけど、経情の先生たちは夜宴会をする。しかし彼(先生)の姿は無かったはずだ。

最後に、自分がつらい思いをすることで人の痛みも見えてくる。ゆえ人に優しくできるわけだが、人の痛みを知るということは大変なことであるということを十分に理解しないといけない。本気で考えてる痛みほどね。

一人ではない。

2008-04-11 22:16:36 | Weblog
といっても、結局経情では一人なんだけどね。

でも、死刑執行のときとは違う。誰かと喋るし、本音で言える人もいる。

ま、それに覚悟はできてたから、笑えるけど落ち込んではいない。

今俺の周りにいる人たちは簡単にわけると3種類のタイプだけ。

まず、普段から一緒に活動している学科のツレや部活での大半、うん並な距離感がある。

次に、俺が結構尊敬している人たち簡単にあげると、幹也君とかカズちんとか大先生だね。

で、最後がつい本音を話してしまう。純粋に俺が好きな人、タコスとかささみとか

ま、最初の人たちにはまず本音は言わない。できるだけ衝突は避けたいからね。それにそれは頭が悪いこと。

真ん中の人たちは、学ぶことに集中してしまう。本当為になる見本のような人たち

最後の二人は、本質を知ってるからこそ、本音で話せるし、本当にいいやつだと思う。異性同性関係なしに好きだね。

まぁタコスには昔から本音で話せたね。あいつの本質は簡単にわかったからあいつは単純にいい子だもん。ささみの場合いつの間にだろうか?最近当たり前に相談してしまう。とりあえず心が美しいのは間違いない。

だめだなぁーとは思ってるんだけどね、つい頼ってしまう。

気をつけないとね。

ま、何聞かれても正直に話せる人が二人もいるから今は幸せだなって思うよ。

死刑執行

2008-04-09 23:24:28 | Weblog
注)この内容は僕の過去を思い出して書いたものです。内容が重く鬱になるかもしれませんので、重い話が好きでない人はくれぐれも読まないように。追伸:今の精神状態だから書ける。そしてこの話に救いは無い。

2004年3月1日

突然なんの前触れもなく、僕の死刑執行は唐突に行われた。

3月の頭にしては大変暖かく、気持ちいい日だったはずだ。

そしてこの日は高校の卒業式だった。

卒業式では演奏が行われ最後の曲で退場するとき、部活動の先輩達は

途中で少し道を外し我々演奏者に軽く会釈をして退場するのが毎年の恒例行事みたいなものである。

その後、ある程度の話が終了したら部室に来て少し3年間を振り返るというのが伝統なんだ。

まぁ、結構普通は気持ちよく終ることができるものだ。

普通ならね

式は無事終了した。そして楽器をもって片付けるとき、運命は僕に死刑を言い渡した。

どこぞの奴に打楽器を無造作に叩かれたときにトラブルが起きた。

これが死刑の始まり、地獄の始まりでもある。もしこのタイミングが

1分でもズレればあの時からの記憶は全て幻になるだろう。そして今の俺は存在しない。

トラブルの中心となったのが僕だった。ちょうど自分が運んでいた打楽器だったからね、

突然叩かれたとき、ものすごい怒った。そしたら叩いた連中が後をつけてきた。

うっとうしかったから威圧していた。そしてたら叩いたやつとは別の奴が

楽器を持ってる僕に向かって背中に3発本気の右で叩かれた、今でも時々痛くなる。

その日は、一応それで終った。

翌日お昼休憩、昨日僕を殴ってきたやつが僕の教室着て、わけのわからないことをいいつつ

また、殴りかかって来た。サッカー部の奴だけど何発叩かれ、何発蹴られたかわからない。

しかし、僕はやり返すつもりは無かった。最初に考えてたことは

部活動に迷惑がかかるということ、もしこれで問題になれば何らかの制裁を受けることになる。

それだけはしたくない、部活に迷惑をかけることはしたくない!

どうすれば一番被害を縮小して収まる?

僕は考えた。

一方的な展開を作らせれば、こっちは何も悪いことにはならない。それも早期的先生に助けを

求めれば、それ以上僕に対する肉体的ダメージにはならない。

予定通り実行した。それにより吹奏楽部は何も被害を受けることはなかった。

相手のサッカー部は部全員連帯責任で坊主になった。

この騒動自体はこれにて終結した。

これはわずか二日のことに過ぎない。このあと363日が地獄の始まりである。

その次の日から悪い噂が一気に広まった。

わずか数日で「戦わない卑怯者」として学年全体に広まり、

普段からよく喋っていた友達は誰も口を聞かなくなった。

自分が何か動こうとするだけどこからともなく罵声や悪口が毎度のごとく言われた。

そう、俺と話すとなればそいつも同罪。俺と一緒にいるだけ悪人だからその日以来

まともに俺と口を聞こうとする生徒は一人もいなくなった。まぁ当然だろな。

途中からは完全に死んだことになった。気がつけば誰から見えていない。

存在意義を完全に消されてしまったのである。

これは年間を通してだが、

帰りに自転車が逆さまになったこともある。1週間で自転車が4回パンクしてあったこともある

自転車の鍵穴にガムをねじ込まれたこともあった。

友達なんていうものは信用できないもので上っ面だけのものだとよく理解した。

頼りだった先生たちにも裏切られた。1対多数なら一人の犠牲で済むならそいつを犠牲にすればいいという判断だろう。許せない…

誰も助けれくれない。この空間で信じれるのは自分だけだと思った。

何も信用できなかった。何のために学校に行っているのかわからなくなった。毎日死にたいと思った。早く帰りたいと思った。

かなり精神的に参ったため大好きな楽器も音が出なくなっていた。

そして幻聴が聞こえた…僕に対する悪口だ。誰も言ってないけど聞こえてくるのだ。


正直文章に上手に書ききれないのが残念である。

悪夢は最後まで続いた。

その間、毎日のように耐えて耐えて耐えて、逃げちゃだめだと思い、大学に入ったら失敗を絶対にしないと考え続けた。

そう、あのときの行為は失敗だとこの時点で認識していた。

そして2005年3月1日

僕らの卒業式が始まりそして幕を閉じた。教室に戻ってからみんな嬉しそうな顔をしていた。

僕はじっとしていて、HRが終了するのを待っていた。

HRは終了した。他の生徒は卒業アルバムの裏に寄せ書きを書き合いしていたりしていたが、すぐさま下駄箱に向かい靴を替えた。

上に書いてあるとおり卒業生は普通部室に最後行く。しかも後輩が下駄箱のところで

待機していて、呼ばれるのである。しかし一目散に自分は出たため後輩などは

一人もいない状態だった。だからそのまま帰った。

登校坂を歩きながら、俺は耐え切ったぞと笑った。

すごい不気味な笑い方をしていた。まるで自分では無いかのように…

笑った涙を流しながら。

そして大学に入ってかなり頭がよくなった。よくなるといってもテストの点がいいわけでなく、人間心理を大切にすることで

状況の把握能力が向上したのである。そして何より視野を広くすることに心掛けた。

そして少しした頃にふと思った。記憶が無い。

死刑執行からの記憶は残ってるがその前の1・2年の記憶と吹奏楽部での記憶が全く

無くなっていた。人間というのは不思議なもので自分の記憶を操作できる生き物である。

なので、もしかしたら一緒にいた友達に裏切られたことが本当に辛いことで、

過去の一緒にいたという記憶を消したかったのかもしれない。

これが俺の闇の部分。高校時代の出来事がうちの町の全てそしてのスキーマとなり地元嫌いなわけだね。

最後に

今は友達はいるけど、また一人ぼっちという状況にたたされている。今度も誰かに助けを求めたら裏切られるのが一番怖い。だからできるだけ人には頼らない。あの時以上に今のほうが今の友達を信頼してるから余計にそう思う。もしここで裏切られるならば僕はもう死ぬかもしれない。あぁ涙流れてくるな…この話は完全にお蔵入り予定だったのだけどね、この僕の知り合いでこのブログをまだ見てくれている人がいるみたいだからその人の為に書いたものです。もし、読んだらコメントください。

戦わない。

2008-03-24 00:55:01 | Weblog
いつからだろうか。僕が戦わなくなったのは。
まぁ戦うって言っても本当に殴りあうわけでは無いよ。
人の意見に反発したり、強引に話を持っていったり、
気がついたら無くなってた。
そんなことする必要が無い自論をいつの間にか体得していたからかもしれない。

基本相手の内容を全て受け入れる。そして意気悠々な相手を
内部から食い殺す。これが俺のやり方。
自分でも思うが汚いやりかただよなぁーこれって。
ポイントなのは「全てを受け入れる」これは本当のこと。
もし自分の意見と食い違っても勝手に表裏一体化させて相手の意見を肯定に
してしまう。奇襲をかけるタイミングはそれぞれ。
奇襲をかけないことも多々ある。同意見だったら戦う必要はないしね。無理に戦いたくもない。

気がつけば俺と真正面から対峙する人もいなくなった。
戦いにならないことをみんなの固定観念として焼き付けてしまったから。
望んでいたことだけど、それが時に空しく感じる。
なぜか時には何も考えず猪のようにまっすぐ突っ込んでくれる人が必要だと感じてしまう。
俺はそういう人が合うのかもしれないな。