結婚相談所主催のお見合いパーティに参加した新妻警部補は、その帰り、同じパーティに参加したメンバーの児玉武則が女性をめぐって佐久間秀人という青年と喧嘩をしていたのを目撃、新妻が止めに入り、事は収まったものの翌日、佐久間は殺され、凶器から児玉の指紋が検出された。
あまりにも不自然な事件に新妻警部補が事件の真相に迫る。
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1 章
世の中、出逢いのない人はたくさんいる。
現在、20代、30代の未婚女性の数は約526万人。これに対して、未婚男性は約832万人いる。こうした人たちの為、全国各地に結婚情報システムの企業があり、コンピューターによる相手の紹介や各種イベントで出逢いを求めている人々のニーズに幅広く対応している。
11月19日。いわき市平にあるS会館でも、マリアン企画主催のイベント・パーティーが開かれていた。マリアン企画は、全国に支社を持つ一流の結婚相談所である。
福島県警 平中央署 刑事1課の新妻警部補も、この世界の例にもれず、いまだに独身なので、このイベントに参加している。
彼は、もう32歳なので、本気で結婚を考えている。35歳を過ぎたら適齢期が過ぎて、出逢いの機会はなくなってしまう。新妻は、心の中で、時々そう思っている。
過去にも、こうしたイベントに、彼は毎年4、5回は参加したが、結婚相談所主催のイベントに参加するのは、初めてである。ここの正式の会員でなく、一般参加なので会費は会員より高くとられた。
新妻は、ルビーと名称がついたテーブルに座った。もう既に、彼のほかに男性3人、女性4人が席に着いていた。
パーティーが始まり、新妻は、自分の隣に座っている、パンツスーツの女性を一目見て、気に入った。ショートカットの女で、黒のパンツスーツが似合っている。新妻は、さっそくその女性に、アタックしてみた。
「どうぞ」
と、新妻は、彼女に一声掛け、ビールをグラスに注いでやった。
「あっ、ありがとうございます」
彼女は、笑顔で、お礼を言った。
「ここのパーティーは初めてですか?」
「いいえ。今日で4回目です。会員さんでいらっしゃいますか?」
「いいえ。一般参加なんですよ。初めまして。新妻武揚といいます。私は、ここのパーティーは初めてなんです。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。私は、平松有紀といいます。ここの会員なんです」
彼女は、明るく答えてくれた。
「会員さんだったんですか。もう、入会して大分長いんですか?」
「入会して半年です。まだ、いい男(ヒト)と出逢っていないんですよ」
と、有紀は、そう言って、新妻のグラスにビールを注いだ。
「そんな事ないでしょう」
と、新妻は言って、苦笑した。
「素敵なパンツスーツですね」
「ありがとう。私はあまりスカートは、はかないから、ジーンズやパンツスーツの時が多いんですよ。ねえ、新妻さんは、どんなお仕事をなさっているんですか?」
有紀は、新妻に聞いてみた。
「自分は、平中央署の刑事1課に勤務しています」
新妻は、正直に答えた。すると、有紀は、少し驚いた表情で、
「刑事さんですか!凄いじゃないですか」
と、大声を出してしまったが、周囲の人達は、互いの会話に夢中だったのか、全然気づいてないようだった。皆、自分の出逢いを見つけるのに、懸命なのだ。
有紀も、新妻のグラスに、ビールを注いだ。
「ありがとう」
と、新妻も礼を言った。
有紀は明るく、積極的だった。こうしたパーティーに来る女性で、彼女の様に、積極的な女性は、10人中1人位だろう。大半は、おとなしい女性ばかりで、どんな会話をしたら良いか、悩んでしまうのが多い。新妻が以前参加したパーティーで、話掛けた女性は、その様なのがほとんどであった。
「有紀さんは、どんな仕事をなさっているんですか?」
今度は、新妻が有紀の職業を訊いた。
「私は、ファッションデザイナーです。ねえ、新妻さんの趣味は何ですか?」
「私の趣味は、ドライブ、カラオケ、スキー、絵画、アウトドアです。有紀さんは?」
「私も、ドライブ、カラオケです。それに、イラスト、映画鑑賞ですね。絵画をやるんですか。素晴らしいじゃありませんか。水彩画ですか、それとも油絵?」
「水彩画です。そんなに上手くないですが」
と、新妻は、照れ臭そうに答えた。
この様なパーティーで、男と女が初めて会話する時、お互いの趣味を聞いたりと、パターンは決まっているが、新妻の趣味は多彩で、有紀に話したのは、彼の代表的なものだ。
今回のパーティーは、40名の人が参加している。どのテーブルでも、会話の内容は、相手の職業とか、趣味とか、皆、同じであった。
* * * * * * * * * * *
2 章
マリアン主催のパーティーは、二時間でお開きとなった。その間、紹介カード交換や、ちょっとしたゲーム等を行ったが、新妻と有紀は、最後まで一緒だった。
その甲斐があって、新妻は、有紀を二次会に誘うことに成功した。二人は、すっきりした気分で会場を出た。会場での参加者達の喧噪から解放されたからだ。
11月の夜は、寒く、冷たい北風が、二人の頬に激しく当たって来る。今年も残すところ、後一ヶ月半である。
「寒くないですか?」
新妻が、コートの襟を立てながら、有紀に言った。
「大丈夫ですよ。でも、一年って、あっという間ですね。今年も、もうすぐ終わりですね」
と、有紀が言った。
「来月、一緒にスキーに行きませんか?」
「いいですね。是非、連れてってください」
と、有紀が、新妻に笑顔でお願いした時、二人の後方で、激しい口論が聞こえた。
「なんだろう?」
と、新妻が言って、後ろを振り向いた。
続いて、有紀も後を振り向くと、女連れの男と二十五、六歳の、紺のスーツを着た男が揉めていた。
「喧嘩みたいですよ」
「俺たちと同じパーティーに参加した連中だな」
新妻も有紀に続いて、彼らのほうを見つめた。
間違いなく同じパーティーに参加していた人たちだった。
「この女は、最初に俺が見つけた女だ。後からノコノコ出てきやがって、横取りするんじゃねえ!」
紺のスーツの、チンピラ風の男が、女連れの男を鋭い目で睨みつけて、そう叫んだ。
「彼女は、君の事を嫌がっているんだ。諦めて、他の女を捜すんだな」
女連れの男が、強い口調で言い返した。
「うるせぇ!」
紺のスーツの男が、再び叫んで、その男をいきなり殴りつけた。
隣にいた二十五、六の女性が悲鳴を上げた。
「ちょっと、止めてくる」
見ていられなくなり、新妻はそう言って、有紀の側から離れ、彼らの方に歩いていった。
「女の前だからって、いい格好するんじゃねえよ」
紺のスーツの男が、女連れの男の胸倉を掴んだ。
「やめてよ、やめて下さい!」
女が必死で止めに入った。
「やめないかっ!」
新妻が、紺のスーツの男に向かって叫んだ。
その男が振り向いて、女連れの男の胸倉から手を離した。
「誰だぁ、てめえは?」
紺のスーツの男が、新妻を睨んで、訊いた。
「この人が悪いんです。この人が、私に強引に付き纏うから!」
女が、紺のスーツの男を指差して、そう叫んだ。
「うるせえよ。誰なんだ、おめえはよぉ?」
「私は、平中央署の新妻だ。今日はあいにく非番で、手錠は持っていない。でも、明日になれば、君を暴行の罪で逮捕することも出来るんだ」
と、新妻は脅した。
紺のスーツの男の顔がこわばっていた。殴られた男と女性は、ほっとした表情になった。
「畜生!絶対、奪い取ってやる」
紺のスーツの男が、新妻たちの方に眼をやって、もう一度、
「絶対、奪い取ってやる!」
その男は、そう喚いて、新妻たちの前から立ち去り、漆黒の闇へ消えていった。少し離れた所で、有紀が新妻を見守っている。
「怪我はないですか?」
と、新妻は、殴られた男に近づいて、そう言った。男は、
「大丈夫です。ありがとうございます」
と、新妻に礼を言った。
「本当に、ありがとうございます」
と、女も礼を言った。
「怪我がなくて、本当によかったです。まだあの男が。うろうろしているかも知れません。気をつけてお帰り下さい。又、何かありましたら私の方へ連絡下さい。平中央署 刑事1課の新妻と言います」
「はい、その時には・・・」
と、女が言った。
新妻は、二人の前から離れ、有紀の所へ戻って行った。
「格好よかったわよ」
と、有紀は、笑顔で新妻を褒めた。
「やれやれ、とんだアクシデントに出くわしたよ。これから、二次会に行くというのに」
と、新妻は呟いた。
「でも、格好よかったよ。テレビに出てくる刑事みたいで・・・」
「そうですか?」
それから、新妻は自分がよく行く田町のスナックに、有紀を誘った。スナックに入ってから飲んだり、歌ったりと、彼女と別れて、自分のアパートに帰ってきたのは、夜の10時を過ぎていた。
* * * * *
3 章
パーティーの日から、五日経ったが、この間事件という事件は起きなかった。先月、四倉町にある大手運送会社の主任が殺される事件が起きたが、同じ会社の運転手が逮捕されて、スピード解決している。
新妻は、有紀と出会ってから、ずっと上機嫌だった。彼女から電話番号を教えて貰ったので。今度の非番の時に、ドライブにでも誘うかと考えていた。彼は、自分の机に座って、いわきの観光マップを見て、どこへドライブに誘ったらいいか、いろいろ考えていた。
「どうしたんです、急に観光マップなんか見たりして?」
と、今野刑事が、のぞき込んで訊いた。
「今度の非番の時、どこにドライブに行くか考えていたんだよ」
「そうだったんですか」
と、納得したように、今野は言った。
その時、一本の電話が鳴り響き、若い本間刑事が受話器を取った。
「もしもし、刑事1課です」
と、言ってから、相手の用件を聞いた。しばらくすると、彼はこわばった表情で、
「すぐに、現場に急行します」
と、言って電話を切った。
「どうしたんだ!」
新妻が、眉をひそめて、訊いた。
「作町の駐車場で、男性の他殺体が発見されました」
本間が、甲高い声で報告した。
さっそく、新妻たちは、覆面パトカーをとばして現場へと急行した。
八分ほどで、作町の現場に現着すると、既に、パトカーが2台先着しており、二十人ぐらいの野次馬が集まっていた。
新妻は、覆面パトカーを降りると、駐車場へと走っていった。今野刑事たちも、後へと続く。
張られたロープをくぐって中に入ると、黒のBMWの傍らで、一人の男性の死体が、俯せとなって転がっていた。
そして、その死体を見て、新妻の眼が急に険しくなった。死体は、五日前の十九日、パーティーの帰りに、紺のスーツの男に殴られた男だった。
「どうかしました?」
傍らにいた今野が、気になって訊いた。
「この男とは、十九日の夜に会っているんだ。私と同じマリアン企画のイベント・パーティーに参加していたんだ」
「本当ですか?」
「ああ。そして、そのパーティーの帰りに、彼の連れていた女をめぐって、チンピラ風の男と争いになって殴られた時、私が助けてやったんだ」
「マリアン企画って、今、雑誌やテレビで宣伝している、全国ネットの結婚相談所ですよね?」
「そうだよ。でも、私はここの会員ではないから、一般参加者として参加したんだ」
「そうだったんですか。でも、十九日の夜に、被害者が、そのチンピラ風の男に殴られたのなら、その男が犯人の可能性はありますね」
と、今野は言った。
「死体の身元が判明しました」
本間刑事が、被害者の上着の内ポケットから運転免許証を取り出し、身元を確認したのだ。
「被害者は、市内平新町14-2、コーポ響 407号に住む、佐久間秀人、29歳。車から降りた所を、背後から殴られた様です」
と、本間が、被害者の運転免許証を見ながら、報告した。
被害者は、運転免許証以外に、次のようなものを、身につけていた。
四万円入りの財布
腕時計
自分の名刺 <平南印刷 営業部 佐久間 秀人>
と、印刷されている。
キーホルダー
キャッシュカード
「コンちゃん、状況から見て、物取りの犯行じゃないね」
と、新妻が、今野に視線を向けて、言った。
「私も、そう思います。現金が盗まれたり、車が荒らされた様子もありません」
「怨恨の線で調べてみよう」
と、新妻が言った後、駐車場の裏の方から、坂本刑事が走ってきた。
「警部補、凶器と思われる血の付いたスパナが、駐車場の裏で発見されました」
と、坂本が報告した。
「本当か!」
と、新妻は、大声で言ってから、
「それで、指紋は、採れそうか?」
「はい、今、鑑識が採集しています。犯人は、駐車場の裏で待ち伏せして、殺した後、また裏から逃げたんだと思います」
「何故、犯人は、現場近くに、凶器を捨てて、逃げたんだろう?」
「多分、犯人は、周辺が住宅街なので、凶器のスパナを持って逃げたんでは、そこの住民に目撃されると思い、或いは、スパナを持って逃げようとした所を、住民に見られ、やむなく現場近くに捨てて、逃げていったんだと思います」
と、坂本は言った。
「なるほどね。それで、犯人は、慌てて逃げて行ったと・・・・・」
「そうとしか考えられません」
「警部補は、十九日のパーティーの帰りに、被害者を殴った男が犯人だと、思われますか?」
と、今野がきいた。
「わからない。だが、その男には佐久間秀人を殺す動機は、充分にあるよ」
と、新妻は言った。
「コンちゃん、私と一緒に、マリアン企画に行ってみよう。十九日、佐久間秀人を殴った男が誰か、判る筈だ」
「殺された佐久間秀人と、その彼を殴った男は、そこの会員だったんですか?」
「それはわからないよ。あの時のイベント・パーティーは、一般の参加者もいたからね」
「そうですか。それでは、そこに行ってみましょう」
と、今野は行った。
新妻は、本間たちに、周辺と被害者の勤務先での聞き込みを命じてから、今野と一緒に、マリアン企画へと、覆面パトカーを走らせた。
殺された佐久間秀人は、十九日のパーティーの帰り、連れの女性をめぐって、チンピラ風の男と口論になり、殴られている。それを、偶然、同じパーティーに参加した、新妻が助けている。そして、今日の朝になって、殺された。そのチンピラ風の男が、容疑者だとすると、佐久間秀人を殺す動機としては、充分にある。
マリアン企画は、JRいわき駅前の大通り、三十メートル道路沿いのNビルの二階にあった。新妻と今野は、ここのアドバイザーで、木村紀子という女性に会い、佐久間秀人が殺された事を告げた。二十七,八歳位の彼女は、驚愕した表情で、二人に客用の椅子を勧めた。
「佐久間さんは、会員さんでなく、一般参加でしたよ」
と、紀子は、答えた。
「そうですか」
と、新妻は言って、壁に貼られている、イベントの写真を見渡した。写真は、先月のイベントのもので、彼が参加した、十一月十九日のイベント・パーティーの写真は貼られていなかった。
「佐久間さんは、誰かの紹介で、十九日のイベント・パーティーに参加したんですか?」
と、今野が、紀子にきいた。
「いいえ、本人がタウン誌に掲載した、わたしのとこのイベント情報を見て、電話で申し込んで来たんです」
「それと、十九日のイベント・パーティーの写真は、出来ましたか?」
「ええ。今日の十時に仕上がりました」
と、紀子が言って、自分の座っている椅子を立ち、隣接する事務室へ入って行った。
その間、新妻と今野は、彼女が入れてくれたコーヒーを、ゆっくりかき回して、口に入れた。
「持ってまいりました」
と、二分位で、紀子が事務室から、二冊のポケットアルバムを持ってきてくれた。
新妻と今野は、それを一冊ずつ眼を通した。
アルバムの写真の中には、勿論、その時参加した新妻の姿もあった。新妻と平松有紀が一緒に会話している写真で、それを見た今野は、
「警部補も、結構、もてますね」
と、感心した様に言った。
「たまたま、運がよかっただけだよ」
と、新妻は、苦笑して、言い返した。
写真に写っている参加者一人一人の顔を見て、アルバムをめくって、ページの終わりの方まで来た時、新妻の眼が留まった。
「この男だ!」
と、アルバムの写真の男の顔を指差して、鋭い口調で言った。
「この男ですか?」
と、今野も、アルバムの男をのぞき込んだ。
十九日のパーティーの帰り、佐久間秀人を殴ったチンピラ風の男の写真である。佐久間が連れていた女性と会話している写真だった。
「この男の名前、わかりますか?」
と、新妻が、写真の男に指をやって、紀子にきいた。
「どの男ですか?」
と、紀子も、アルバムをのぞき込んだ。
「ああ、この人ね。この人は、児玉武則さんといって、田町のフィリピンパブで働いていると、おっしゃってましたわ」
「彼も、ここの会員ですか?」
「いいえ。彼も一般参加ですよ」
「そうですか」
と、新妻は、肯いた。
「それと、彼と一緒にいる女性の名前も教えてもらえますか?」
と、今度は、今野がきいた。
「彼女は、佐々木明子といって、常南建設に勤務しているOLです」
と、紀子は教えてから、
「児玉さんが、佐久間さんを殺した犯人なんですか?」
と、こわばった表情できいた。
「いや、犯人とは断定していません、あくまで、参考人として聞いているだけです」
と、新妻は、正直に答えた。
「児玉さんと佐久間さんとの間で、何かあったんですか?」
「実は、十九日のパーティーが終わって、会員の女性と二次会に行く途中、佐久間秀人さんと児玉武則さんが口論していたんです。佐々木明子さんをめぐってのトラブルです。その直後に、児玉さんが佐久間さんを殴ったので、私が止めたんです。その事が、児玉さんが、佐久間さんを殺す動機としては、充分あります」
「そうですか。児玉さんも佐久間さんも、私の所の会員ではないですが、私の所で主催したパーティーに参加した人が殺されるなんて信じられないわ」
紀子は、不安そうな表情で言った。
* * * * *
(次章へ)
世の中、出逢いのない人はたくさんいる。
現在、20代、30代の未婚女性の数は約526万人。これに対して、未婚男性は約832万人いる。こうした人たちの為、全国各地に結婚情報システムの企業があり、コンピューターによる相手の紹介や各種イベントで出逢いを求めている人々のニーズに幅広く対応している。
11月19日。いわき市平にあるS会館でも、マリアン企画主催のイベント・パーティーが開かれていた。マリアン企画は、全国に支社を持つ一流の結婚相談所である。
福島県警 平中央署 刑事1課の新妻警部補も、この世界の例にもれず、いまだに独身なので、このイベントに参加している。
彼は、もう32歳なので、本気で結婚を考えている。35歳を過ぎたら適齢期が過ぎて、出逢いの機会はなくなってしまう。新妻は、心の中で、時々そう思っている。
過去にも、こうしたイベントに、彼は毎年4、5回は参加したが、結婚相談所主催のイベントに参加するのは、初めてである。ここの正式の会員でなく、一般参加なので会費は会員より高くとられた。
新妻は、ルビーと名称がついたテーブルに座った。もう既に、彼のほかに男性3人、女性4人が席に着いていた。
パーティーが始まり、新妻は、自分の隣に座っている、パンツスーツの女性を一目見て、気に入った。ショートカットの女で、黒のパンツスーツが似合っている。新妻は、さっそくその女性に、アタックしてみた。
「どうぞ」
と、新妻は、彼女に一声掛け、ビールをグラスに注いでやった。
「あっ、ありがとうございます」
彼女は、笑顔で、お礼を言った。
「ここのパーティーは初めてですか?」
「いいえ。今日で4回目です。会員さんでいらっしゃいますか?」
「いいえ。一般参加なんですよ。初めまして。新妻武揚といいます。私は、ここのパーティーは初めてなんです。よろしくお願いします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。私は、平松有紀といいます。ここの会員なんです」
彼女は、明るく答えてくれた。
「会員さんだったんですか。もう、入会して大分長いんですか?」
「入会して半年です。まだ、いい男(ヒト)と出逢っていないんですよ」
と、有紀は、そう言って、新妻のグラスにビールを注いだ。
「そんな事ないでしょう」
と、新妻は言って、苦笑した。
「素敵なパンツスーツですね」
「ありがとう。私はあまりスカートは、はかないから、ジーンズやパンツスーツの時が多いんですよ。ねえ、新妻さんは、どんなお仕事をなさっているんですか?」
有紀は、新妻に聞いてみた。
「自分は、平中央署の刑事1課に勤務しています」
新妻は、正直に答えた。すると、有紀は、少し驚いた表情で、
「刑事さんですか!凄いじゃないですか」
と、大声を出してしまったが、周囲の人達は、互いの会話に夢中だったのか、全然気づいてないようだった。皆、自分の出逢いを見つけるのに、懸命なのだ。
有紀も、新妻のグラスに、ビールを注いだ。
「ありがとう」
と、新妻も礼を言った。
有紀は明るく、積極的だった。こうしたパーティーに来る女性で、彼女の様に、積極的な女性は、10人中1人位だろう。大半は、おとなしい女性ばかりで、どんな会話をしたら良いか、悩んでしまうのが多い。新妻が以前参加したパーティーで、話掛けた女性は、その様なのがほとんどであった。
「有紀さんは、どんな仕事をなさっているんですか?」
今度は、新妻が有紀の職業を訊いた。
「私は、ファッションデザイナーです。ねえ、新妻さんの趣味は何ですか?」
「私の趣味は、ドライブ、カラオケ、スキー、絵画、アウトドアです。有紀さんは?」
「私も、ドライブ、カラオケです。それに、イラスト、映画鑑賞ですね。絵画をやるんですか。素晴らしいじゃありませんか。水彩画ですか、それとも油絵?」
「水彩画です。そんなに上手くないですが」
と、新妻は、照れ臭そうに答えた。
この様なパーティーで、男と女が初めて会話する時、お互いの趣味を聞いたりと、パターンは決まっているが、新妻の趣味は多彩で、有紀に話したのは、彼の代表的なものだ。
今回のパーティーは、40名の人が参加している。どのテーブルでも、会話の内容は、相手の職業とか、趣味とか、皆、同じであった。
* * * * * * * * * * *
2 章
マリアン主催のパーティーは、二時間でお開きとなった。その間、紹介カード交換や、ちょっとしたゲーム等を行ったが、新妻と有紀は、最後まで一緒だった。
その甲斐があって、新妻は、有紀を二次会に誘うことに成功した。二人は、すっきりした気分で会場を出た。会場での参加者達の喧噪から解放されたからだ。
11月の夜は、寒く、冷たい北風が、二人の頬に激しく当たって来る。今年も残すところ、後一ヶ月半である。
「寒くないですか?」
新妻が、コートの襟を立てながら、有紀に言った。
「大丈夫ですよ。でも、一年って、あっという間ですね。今年も、もうすぐ終わりですね」
と、有紀が言った。
「来月、一緒にスキーに行きませんか?」
「いいですね。是非、連れてってください」
と、有紀が、新妻に笑顔でお願いした時、二人の後方で、激しい口論が聞こえた。
「なんだろう?」
と、新妻が言って、後ろを振り向いた。
続いて、有紀も後を振り向くと、女連れの男と二十五、六歳の、紺のスーツを着た男が揉めていた。
「喧嘩みたいですよ」
「俺たちと同じパーティーに参加した連中だな」
新妻も有紀に続いて、彼らのほうを見つめた。
間違いなく同じパーティーに参加していた人たちだった。
「この女は、最初に俺が見つけた女だ。後からノコノコ出てきやがって、横取りするんじゃねえ!」
紺のスーツの、チンピラ風の男が、女連れの男を鋭い目で睨みつけて、そう叫んだ。
「彼女は、君の事を嫌がっているんだ。諦めて、他の女を捜すんだな」
女連れの男が、強い口調で言い返した。
「うるせぇ!」
紺のスーツの男が、再び叫んで、その男をいきなり殴りつけた。
隣にいた二十五、六の女性が悲鳴を上げた。
「ちょっと、止めてくる」
見ていられなくなり、新妻はそう言って、有紀の側から離れ、彼らの方に歩いていった。
「女の前だからって、いい格好するんじゃねえよ」
紺のスーツの男が、女連れの男の胸倉を掴んだ。
「やめてよ、やめて下さい!」
女が必死で止めに入った。
「やめないかっ!」
新妻が、紺のスーツの男に向かって叫んだ。
その男が振り向いて、女連れの男の胸倉から手を離した。
「誰だぁ、てめえは?」
紺のスーツの男が、新妻を睨んで、訊いた。
「この人が悪いんです。この人が、私に強引に付き纏うから!」
女が、紺のスーツの男を指差して、そう叫んだ。
「うるせえよ。誰なんだ、おめえはよぉ?」
「私は、平中央署の新妻だ。今日はあいにく非番で、手錠は持っていない。でも、明日になれば、君を暴行の罪で逮捕することも出来るんだ」
と、新妻は脅した。
紺のスーツの男の顔がこわばっていた。殴られた男と女性は、ほっとした表情になった。
「畜生!絶対、奪い取ってやる」
紺のスーツの男が、新妻たちの方に眼をやって、もう一度、
「絶対、奪い取ってやる!」
その男は、そう喚いて、新妻たちの前から立ち去り、漆黒の闇へ消えていった。少し離れた所で、有紀が新妻を見守っている。
「怪我はないですか?」
と、新妻は、殴られた男に近づいて、そう言った。男は、
「大丈夫です。ありがとうございます」
と、新妻に礼を言った。
「本当に、ありがとうございます」
と、女も礼を言った。
「怪我がなくて、本当によかったです。まだあの男が。うろうろしているかも知れません。気をつけてお帰り下さい。又、何かありましたら私の方へ連絡下さい。平中央署 刑事1課の新妻と言います」
「はい、その時には・・・」
と、女が言った。
新妻は、二人の前から離れ、有紀の所へ戻って行った。
「格好よかったわよ」
と、有紀は、笑顔で新妻を褒めた。
「やれやれ、とんだアクシデントに出くわしたよ。これから、二次会に行くというのに」
と、新妻は呟いた。
「でも、格好よかったよ。テレビに出てくる刑事みたいで・・・」
「そうですか?」
それから、新妻は自分がよく行く田町のスナックに、有紀を誘った。スナックに入ってから飲んだり、歌ったりと、彼女と別れて、自分のアパートに帰ってきたのは、夜の10時を過ぎていた。
* * * * *
3 章
パーティーの日から、五日経ったが、この間事件という事件は起きなかった。先月、四倉町にある大手運送会社の主任が殺される事件が起きたが、同じ会社の運転手が逮捕されて、スピード解決している。
新妻は、有紀と出会ってから、ずっと上機嫌だった。彼女から電話番号を教えて貰ったので。今度の非番の時に、ドライブにでも誘うかと考えていた。彼は、自分の机に座って、いわきの観光マップを見て、どこへドライブに誘ったらいいか、いろいろ考えていた。
「どうしたんです、急に観光マップなんか見たりして?」
と、今野刑事が、のぞき込んで訊いた。
「今度の非番の時、どこにドライブに行くか考えていたんだよ」
「そうだったんですか」
と、納得したように、今野は言った。
その時、一本の電話が鳴り響き、若い本間刑事が受話器を取った。
「もしもし、刑事1課です」
と、言ってから、相手の用件を聞いた。しばらくすると、彼はこわばった表情で、
「すぐに、現場に急行します」
と、言って電話を切った。
「どうしたんだ!」
新妻が、眉をひそめて、訊いた。
「作町の駐車場で、男性の他殺体が発見されました」
本間が、甲高い声で報告した。
さっそく、新妻たちは、覆面パトカーをとばして現場へと急行した。
八分ほどで、作町の現場に現着すると、既に、パトカーが2台先着しており、二十人ぐらいの野次馬が集まっていた。
新妻は、覆面パトカーを降りると、駐車場へと走っていった。今野刑事たちも、後へと続く。
張られたロープをくぐって中に入ると、黒のBMWの傍らで、一人の男性の死体が、俯せとなって転がっていた。
そして、その死体を見て、新妻の眼が急に険しくなった。死体は、五日前の十九日、パーティーの帰りに、紺のスーツの男に殴られた男だった。
「どうかしました?」
傍らにいた今野が、気になって訊いた。
「この男とは、十九日の夜に会っているんだ。私と同じマリアン企画のイベント・パーティーに参加していたんだ」
「本当ですか?」
「ああ。そして、そのパーティーの帰りに、彼の連れていた女をめぐって、チンピラ風の男と争いになって殴られた時、私が助けてやったんだ」
「マリアン企画って、今、雑誌やテレビで宣伝している、全国ネットの結婚相談所ですよね?」
「そうだよ。でも、私はここの会員ではないから、一般参加者として参加したんだ」
「そうだったんですか。でも、十九日の夜に、被害者が、そのチンピラ風の男に殴られたのなら、その男が犯人の可能性はありますね」
と、今野は言った。
「死体の身元が判明しました」
本間刑事が、被害者の上着の内ポケットから運転免許証を取り出し、身元を確認したのだ。
「被害者は、市内平新町14-2、コーポ響 407号に住む、佐久間秀人、29歳。車から降りた所を、背後から殴られた様です」
と、本間が、被害者の運転免許証を見ながら、報告した。
被害者は、運転免許証以外に、次のようなものを、身につけていた。
四万円入りの財布
腕時計
自分の名刺 <平南印刷 営業部 佐久間 秀人>
と、印刷されている。
キーホルダー
キャッシュカード
「コンちゃん、状況から見て、物取りの犯行じゃないね」
と、新妻が、今野に視線を向けて、言った。
「私も、そう思います。現金が盗まれたり、車が荒らされた様子もありません」
「怨恨の線で調べてみよう」
と、新妻が言った後、駐車場の裏の方から、坂本刑事が走ってきた。
「警部補、凶器と思われる血の付いたスパナが、駐車場の裏で発見されました」
と、坂本が報告した。
「本当か!」
と、新妻は、大声で言ってから、
「それで、指紋は、採れそうか?」
「はい、今、鑑識が採集しています。犯人は、駐車場の裏で待ち伏せして、殺した後、また裏から逃げたんだと思います」
「何故、犯人は、現場近くに、凶器を捨てて、逃げたんだろう?」
「多分、犯人は、周辺が住宅街なので、凶器のスパナを持って逃げたんでは、そこの住民に目撃されると思い、或いは、スパナを持って逃げようとした所を、住民に見られ、やむなく現場近くに捨てて、逃げていったんだと思います」
と、坂本は言った。
「なるほどね。それで、犯人は、慌てて逃げて行ったと・・・・・」
「そうとしか考えられません」
「警部補は、十九日のパーティーの帰りに、被害者を殴った男が犯人だと、思われますか?」
と、今野がきいた。
「わからない。だが、その男には佐久間秀人を殺す動機は、充分にあるよ」
と、新妻は言った。
「コンちゃん、私と一緒に、マリアン企画に行ってみよう。十九日、佐久間秀人を殴った男が誰か、判る筈だ」
「殺された佐久間秀人と、その彼を殴った男は、そこの会員だったんですか?」
「それはわからないよ。あの時のイベント・パーティーは、一般の参加者もいたからね」
「そうですか。それでは、そこに行ってみましょう」
と、今野は行った。
新妻は、本間たちに、周辺と被害者の勤務先での聞き込みを命じてから、今野と一緒に、マリアン企画へと、覆面パトカーを走らせた。
殺された佐久間秀人は、十九日のパーティーの帰り、連れの女性をめぐって、チンピラ風の男と口論になり、殴られている。それを、偶然、同じパーティーに参加した、新妻が助けている。そして、今日の朝になって、殺された。そのチンピラ風の男が、容疑者だとすると、佐久間秀人を殺す動機としては、充分にある。
マリアン企画は、JRいわき駅前の大通り、三十メートル道路沿いのNビルの二階にあった。新妻と今野は、ここのアドバイザーで、木村紀子という女性に会い、佐久間秀人が殺された事を告げた。二十七,八歳位の彼女は、驚愕した表情で、二人に客用の椅子を勧めた。
「佐久間さんは、会員さんでなく、一般参加でしたよ」
と、紀子は、答えた。
「そうですか」
と、新妻は言って、壁に貼られている、イベントの写真を見渡した。写真は、先月のイベントのもので、彼が参加した、十一月十九日のイベント・パーティーの写真は貼られていなかった。
「佐久間さんは、誰かの紹介で、十九日のイベント・パーティーに参加したんですか?」
と、今野が、紀子にきいた。
「いいえ、本人がタウン誌に掲載した、わたしのとこのイベント情報を見て、電話で申し込んで来たんです」
「それと、十九日のイベント・パーティーの写真は、出来ましたか?」
「ええ。今日の十時に仕上がりました」
と、紀子が言って、自分の座っている椅子を立ち、隣接する事務室へ入って行った。
その間、新妻と今野は、彼女が入れてくれたコーヒーを、ゆっくりかき回して、口に入れた。
「持ってまいりました」
と、二分位で、紀子が事務室から、二冊のポケットアルバムを持ってきてくれた。
新妻と今野は、それを一冊ずつ眼を通した。
アルバムの写真の中には、勿論、その時参加した新妻の姿もあった。新妻と平松有紀が一緒に会話している写真で、それを見た今野は、
「警部補も、結構、もてますね」
と、感心した様に言った。
「たまたま、運がよかっただけだよ」
と、新妻は、苦笑して、言い返した。
写真に写っている参加者一人一人の顔を見て、アルバムをめくって、ページの終わりの方まで来た時、新妻の眼が留まった。
「この男だ!」
と、アルバムの写真の男の顔を指差して、鋭い口調で言った。
「この男ですか?」
と、今野も、アルバムの男をのぞき込んだ。
十九日のパーティーの帰り、佐久間秀人を殴ったチンピラ風の男の写真である。佐久間が連れていた女性と会話している写真だった。
「この男の名前、わかりますか?」
と、新妻が、写真の男に指をやって、紀子にきいた。
「どの男ですか?」
と、紀子も、アルバムをのぞき込んだ。
「ああ、この人ね。この人は、児玉武則さんといって、田町のフィリピンパブで働いていると、おっしゃってましたわ」
「彼も、ここの会員ですか?」
「いいえ。彼も一般参加ですよ」
「そうですか」
と、新妻は、肯いた。
「それと、彼と一緒にいる女性の名前も教えてもらえますか?」
と、今度は、今野がきいた。
「彼女は、佐々木明子といって、常南建設に勤務しているOLです」
と、紀子は教えてから、
「児玉さんが、佐久間さんを殺した犯人なんですか?」
と、こわばった表情できいた。
「いや、犯人とは断定していません、あくまで、参考人として聞いているだけです」
と、新妻は、正直に答えた。
「児玉さんと佐久間さんとの間で、何かあったんですか?」
「実は、十九日のパーティーが終わって、会員の女性と二次会に行く途中、佐久間秀人さんと児玉武則さんが口論していたんです。佐々木明子さんをめぐってのトラブルです。その直後に、児玉さんが佐久間さんを殴ったので、私が止めたんです。その事が、児玉さんが、佐久間さんを殺す動機としては、充分あります」
「そうですか。児玉さんも佐久間さんも、私の所の会員ではないですが、私の所で主催したパーティーに参加した人が殺されるなんて信じられないわ」
紀子は、不安そうな表情で言った。
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