つらつら日暮らし

中国仏教の授戒の初めについて

明治期に、通仏教的な視点でもって、従来の仏教について総括したような文献が複数刊行された。

戒律の始めて興りしは何帝の時ぞ
 魏の斉王、嘉平二年、西天の三蔵曇摩迦羅、洛陽に到り、授戒の法を制す、仏法漢に入てより、一百八十余年を経て、戒律始て興る
    加藤祐常編輯『三国仏教歴史疑問案(全)』鴻盟社・明治25年、11頁、カナをかなにするなど見易く改める


まずは、以上の一節を確認しておきたいのだが、こちらでは中国で、戒律が始めて興されたのはどの皇帝の時か?という問いに対し、答えは三国時代末期になる魏の斉王(曹芳)の時代の元号で、西暦250年であった。その時に、インドの曇摩迦羅三蔵が、洛陽に来て、授戒の作法を定めたという。これは、仏教が中国に伝わってから、180年余りのことであったという見解である。

ところで、これが、どこを典拠にした見解かというと、定めるのは少し難しい。例えば、すぐに思い付くのは『釈氏要覧』などだが、以下のようにある。

  受戒始
大戒法本、曹魏の黄初三年壬寅より、已に許昌に到る。国家多事なるを以て、寝ながら三十三年を経て、廃帝〈即ち高貴卿公なり〉登位に至て、正元元年甲戌に改む。天竺の律師曇摩迦羅上書し、方に受戒の事を興す〈逆推するに仏法初て後漢の永平十年丁卯に至る。一百七十八年を経て、凡そ出家の者は、惟るに三帰戒を受る故に〉。
    『釈氏要覧』巻上「戒法」章


こちらは、大戒の法本(テキストのことか)は、魏の黄初3年(222年、曹丕の時代)に許昌(魏の都市)に存在したが、国家が忙しかった(ちょうど、三国時代の終焉期に当たる)ので、33年間何もなされず、その後、廃帝(高貴卿公とあるので、魏最後の皇帝・曹髦のこと)が皇帝になった、正元元年(254)に、曇摩迦羅が授戒のことを興したという。

・・・そうなると、この段階で、嘉平2年という見解と、正元元年という見解があったことが分かる。つまり、前者の文献は『釈氏要覧』を参照していないのだろう。改めて調べてみた。すると、『仏祖統紀』に以下の記述があった。


・嘉平二年、中天竺の三蔵・曇摩迦羅、洛陽に至りて僧祇戒を訳し、大僧羯磨の受戒を立す。是れに先んじては、比丘出家するも、特に髪を剪るのみ、未だ律儀有らず。凡そ斎・懺の法事、祠祀の状の如し。迦羅の至るに及んで始めて戒本を出し、遂に日用と為す。
・正元元年、漢魏以来、二衆は唯だ三帰を受くるのみ。大僧・沙弥、曽て区別無し。曇摩迦羅、乃ち上書して受戒の法を行ぜんことを乞う。安息国の沙門・曇諦と与に同じく洛に在りて、曇無徳部の四分戒本の、十人受戒の羯磨法を出す。沙門朱士、行じて受戒の始めと為る〈迦羅、此に云く法時。曇無徳、此に云く法正。今、資持律宗、法正を用ゆ。四分部の主と為り、尊びて始祖と為す。法時、此の土に至りて四分を伝え、十人受戒法を行じ、二祖と為る。南山に至りて広く疏鈔を述し、世に行われ、九祖と為る〉。
    『仏祖統紀』巻35


なるほど、こちらの詳細を見て、ようやく経緯が分かった。まず、曇摩迦羅三蔵が、洛陽で『僧祇戒』を訳し、これで大僧の羯磨による受戒を立てたという。これより前は、比丘の出家はただ剃髪するのみで、律儀が無かったという。しかし、曇摩迦羅が戒本を訳してくれたので、日用(毎日の修行)が可能になったとしている。この部分だけであれば、『三国仏教歴史疑問案』の見解に該当する。

ただし、『釈氏要覧』では、「正元元年」についての指摘があるが、『仏祖統紀』では、それまでの僧侶は三帰戒のみだったので、比丘と沙弥との区別が付かなかったという。しかし、曇摩迦羅が書を奉って、受戒の法を実施したいと願い、そこで、安息国の曇諦とともに、『四分律』系の作法で、比丘10人による受戒羯磨法を確立したという。

つまり、『三国仏教歴史疑問案』では、この『仏祖統紀』で挙げていた2つの年代の話を、1つにまとめてしまった印象があり、これだけでは誤解してしまうように思う。やはり、こういうまとめの文献を読む時には、注意しなくてはならないということだろう。もっとも、『釈氏要覧』も『仏祖統紀』も、注意深く扱う必要はあるのだが・・・

それから、『仏祖統紀』で引用した、「南山律宗」の法系については、同書巻29に詳述されている。それも機会があれば見てみたい。

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