自宅から車で30分もかからないから、みなかみ町の「天一美術館」は年に何度か訪れる。いきなり美術館の前の駐車場に車を乗り付けることも出来るが、それよりも保登野沢沿いの砂利敷きの駐車場に止めて細い山道の階段を息を切らしながら少し歩き、訪れるほうがいい。保登野沢を流れるきれいな水の音が心地良いし、あたり一面緑に囲まれ、新鮮な空気を思い切り吸うことも出来る。新緑の頃は最高だ。山道の階段を上りきれば、建築のボリュームを低めに抑えたお洒落な「天一美術館」が現れる。展示されている作品はいつもそれほど変わらないが、館員のスマートな応対と一階の突き当たりのゆっくりと座れるラウンジの椅子が気に入っている、白い内壁と木のフロアーの空間が静かな時間を与えてくれる。設計は「簡素にして品格あり」といわれた吉村順三(1908-1997)、日本の伝統とモダニズムの融合を図った建築家である。
「天一美術館」は個人収蔵美術館として97年に完成した。吉村順三の遺作となった作品である。美術館の考え方は入り口から入って出てくるまでの間美術品を鑑賞しながら廻ってくるという単一動線が基本だが、移動しながら谷川の自然が眼に入ってくる設計手法は実に絶妙である。スロープの先の大きな四角い窓ガラス越しに見える切り取られた四季折々の風景、植え込み、谷川の水を巡らせた池・・・、洗練されたデザインと自然との対比から伝わってくる感覚はなんともいえない感覚になる。展示品は有名な岸田劉生の「麗子像」を始め、熊谷守一、青木繁など一級の作品ぞろいだから何度訪れても飽きることはない。訪れる人もあまり居ない、こじんまりした美術館ならではの落ち着いた雰囲気を味わうことが出来る。
吉村順三は建築学会賞はもちろんのこと日本芸術院賞などを受賞し、皇居新宮殿の建設の基本設計にもかかわり94年には文化功労者となった。作品には東京狸穴の「国際文化会館」、「愛知県立芸術大学」、「奈良国立博物館新館」、群馬には草津の「音楽の森コンサートホール」などがあるが、どちらかといえば「軽井沢の山荘」をはじめとした数多くの住宅作品に他の建築家にはない独特の作風が感じられる。それは、日本の古建築の実測と観察を通して培われたものである。皇居新宮殿の基本設計の際に朝日ジャーナルに寄せた一文、「建築家として、最もうれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。日暮れ時、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯が付いて、一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか」、吉村順三の建築への真摯なやさしい眼差しを語っている。
「簡素にして品格あり」といわれた吉村順三、今週号の日経アーキテクチャーにも載っている。吉村順三の住宅におけるさりげないディテールー「手すり」のデザインについて紹介されている。「手すり」の握りやすさ、ビロードを巻いた「手すり」の暖かさ、いくつかの丸棒や角棒を脇に置き感触を確かめながら設計をしていたという。決して目立つ、これみよがしの表現にはなっていなくてもさりげない優しさを表現する建築家だった。みなかみ町の「天一美術館」、吉村順三のこういった味わい深いディテールを訪れるたびに発見するのも楽しい、そして、そこには谷川の自然に囲まれた静謐な空間と時間がいつも流れている。自宅から車で30分、こんがらかった頭の中を整理するには最高の場所だ。(文中敬称略)
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「天一美術館」は個人収蔵美術館として97年に完成した。吉村順三の遺作となった作品である。美術館の考え方は入り口から入って出てくるまでの間美術品を鑑賞しながら廻ってくるという単一動線が基本だが、移動しながら谷川の自然が眼に入ってくる設計手法は実に絶妙である。スロープの先の大きな四角い窓ガラス越しに見える切り取られた四季折々の風景、植え込み、谷川の水を巡らせた池・・・、洗練されたデザインと自然との対比から伝わってくる感覚はなんともいえない感覚になる。展示品は有名な岸田劉生の「麗子像」を始め、熊谷守一、青木繁など一級の作品ぞろいだから何度訪れても飽きることはない。訪れる人もあまり居ない、こじんまりした美術館ならではの落ち着いた雰囲気を味わうことが出来る。
吉村順三は建築学会賞はもちろんのこと日本芸術院賞などを受賞し、皇居新宮殿の建設の基本設計にもかかわり94年には文化功労者となった。作品には東京狸穴の「国際文化会館」、「愛知県立芸術大学」、「奈良国立博物館新館」、群馬には草津の「音楽の森コンサートホール」などがあるが、どちらかといえば「軽井沢の山荘」をはじめとした数多くの住宅作品に他の建築家にはない独特の作風が感じられる。それは、日本の古建築の実測と観察を通して培われたものである。皇居新宮殿の基本設計の際に朝日ジャーナルに寄せた一文、「建築家として、最もうれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。日暮れ時、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯が付いて、一家の楽しそうな生活が感じられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか」、吉村順三の建築への真摯なやさしい眼差しを語っている。
「簡素にして品格あり」といわれた吉村順三、今週号の日経アーキテクチャーにも載っている。吉村順三の住宅におけるさりげないディテールー「手すり」のデザインについて紹介されている。「手すり」の握りやすさ、ビロードを巻いた「手すり」の暖かさ、いくつかの丸棒や角棒を脇に置き感触を確かめながら設計をしていたという。決して目立つ、これみよがしの表現にはなっていなくてもさりげない優しさを表現する建築家だった。みなかみ町の「天一美術館」、吉村順三のこういった味わい深いディテールを訪れるたびに発見するのも楽しい、そして、そこには谷川の自然に囲まれた静謐な空間と時間がいつも流れている。自宅から車で30分、こんがらかった頭の中を整理するには最高の場所だ。(文中敬称略)
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