〇 NTTコノキューが「XRグラス」をMWC2024で初披露、市場開拓は進むのか。
生成AI(人工知能)の陰にすっかり隠れてしまったメタバース。だがXR(クロスリアリティー)という文脈で見れば、米Apple(アップル)の「Apple Vision Pro」が米国で発売されるなど、大きな動きが続いている。そのXRデバイスに関して、NTTドコモ子会社のNTTコノキューが2024年半ばに提供することを明らかにした。狙いは何だろうか。
軽さとカメラ搭載が特徴。
筆者は2024年2月26日に開催された携帯電話業界最大の見本市イベント「MWC Barcelona 2024」を取材するため、スペイン・バルセロナを訪れていた。昨年開催されたMWC Barcelona 2023では、携帯電話基地局などの無線アクセスネットワーク機器をオープンなものにする「Open RAN」が大きなテーマだったが、2024年はやはり「AI」だった。
2022年末ごろからいわゆる「生成AI」が大きな盛り上がりを見せたことを受け、IT業界では様々な機器やサービスにAIを取り入れる動きが加速している。
携帯電話業界も例外ではない。MWC Barcelona 2024に展示していた企業の多くは、様々な形でのAI活用を積極的にアピールしていた。具体的には、AIによるネットワーク機器運用の最適化や、スマートフォンのオンデバイスでの生成AI処理などが挙げられる。
その一方で、関心が急低下して存在感を失っているのがメタバースだ。2023年のMWC Barcelonaではまだ盛り上がりが見られたが、2024年にはメタバース関連の展示はほとんど見かけなかった。
とはいえ、メタバースをVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を含めたXRという視点で見るならば、関心が完全に失われているわけではない。例えば2024年2月に米国で発売されたXRデバイスのApple Vision Proは、非常に高額ながらも大きな関心を集めている。
MWC Barcelona 2024では、国内企業も新しい動きを見せた。NTTコノキューである。NTTコノキューは、NTTグループのXR事業全般を担っている。2023年にはシャープと合弁でNTTコノキューデバイスを設立し、XRデバイス(XRグラス)の開発も推し進めている。
同社はMWC Barcelona 2024において、開発中のXRグラスのプロトタイプを披露した。プロトタイプということもあってか、ガラスケースの中で展示されていた。このため詳細については不明な点が多いが、特徴的な要素が2つあった。
その1つが、軽量で装着感を重視していること。一般的な眼鏡と比べるとフレームは太いが、装着しても大きな違和感を抱かないサイズに仕上げられている。
そしてもう1つの特徴がカメラを搭載していることだ。カメラを活用することで、より高度なARコンテンツやサービスを実現しようとしている様子がうかがえる。
XRグラスの自社開発に踏み切った理由。
同社はこのデバイスを2024年の半ばには提供したいとしているが、当初は法人向けに絞るという。XRを活用したソリューションとセットで提供することを想定し、コンシューマー向けの販売は現状予定していない。
この方針には、現在のXR市場を取り巻く状況が影響しているようだ。NTTコノキューの丸山誠治社長は、コンシューマー向けのメタバース関連サービスは「一気にブレークするのは非常に難しいと思う」と話す。
一方で、法人向け事業は好調だという。メタバースについては教育分野での活用が好調だ。顔を直接合わせなくてもコミュニケーションを取れるため、外国語教育や不登校対策などでの活用が進んでいるという。
XR技術を活用した遠隔地からの技術支援ソリューションも、同社のビジネスの中心になっているとする。XRグラスはこうしたソリューションに活用されることが多い。これまでにも米Google(グーグル)の「Glass Enterprise Edition 2」など、いくつかの製品が提供されている。
丸山社長によると、NTTコノキューでもこれまで他社のXRグラスを販売しており、中でも主力となっていたのがGlass Enterprise Edition 2だったという。だがグーグルが2023年に生産終了を発表。XRグラスの製品自体が元々少なかったこともあり、同社は自社開発に踏み切った。
その開発パートナーとしてなぜシャープを選んだのか。丸山氏はNTTドコモで端末開発に長く携わっていたことから、多くのメーカーと関わっていた。それらの中でシャープはXRデバイスの開発に特に力を入れており、技術やノウハウを持っていたという。このため同社と合弁会社を設立するに至ったとのことだ。
コンシューマー向けは期待できるのか。
XRグラスを遠隔支援用として活用するのであれば、カメラは不要に思える。カメラをあえて搭載する理由について丸山社長は、本格的なARソリューションの実現に不可欠だからと答えた。カメラを活用して位置を特定するVPS(Visual Positioning System)などに対応できるからだ。
丸山社長はさらに、カメラを搭載することでVlog(動画ブログ)の撮影やジョギングの指導、料理のレシピの表示など、コンシューマー向けに近いサービスも実現しやすくなると答えている。XRグラスの可能性を企業だけでなくコンシューマーに広げるためにも、カメラが必要と感じているようだ。
とはいえ機能を増やすほどデバイスの値段は上がってしまい、個人が入手しにくくなる。中国のXrealは高機能なXRグラスの機能をあえてそぎ落とし、パソコンやスマホなどの画面を現実空間に映し出すことで価格を引き下げた「XREAL Air」シリーズを提供し、コンシューマー市場での支持を得ている。
NTTコノキューが提供を予定しているXRグラスは当面法人向けということもあり、前述のように何らかのソリューションとセットで販売することが想定される。このためデバイス単体の価格を評価するのは難しい。
ただ将来的にコンシューマー向けにもデバイスを販売するとなると、価格と性能のバランスは非常に悩ましい問題となってくるだろう。
丸山社長はこの点について、現時点ではXRグラスの価格を決めていないとしながらも「価格に見合う利便性や付加価値を提供できればいい」と答えている。その上で、XRグラスを法人向けだけでなく、新しいデバイスを好むハイエンドコンシューマーにも提供したい考えを示していた。値段が高くなっても、何らかの形でコンシューマー向けに挑戦したいようだ。
もちろんコンシューマー向けにデバイスを提供するとなれば、汎用のアプリやサービスも提供する必要がある。動作するアプリを増やす上では、開発者に向けたSDK(ソフトウエア開発者キット)の提供やサポートなども求められる。当面ビジネスになるとは考えにくいコンシューマー向けXR事業に、どこまでリソースを注ぐことができるのだろうか。同社にとって悩ましいだろう。
ただApple Vision Proに高い注目が集まっていることを考えれば、何らかのタイミングでコンシューマー向けXRデバイスが急速に普及する可能性は十分あり得る。既にビジネスになっている法人向けの事業は重要だが、コンシューマー向けに将来訪れる「波」に乗り遅れないための下地を整えることも、同社には強く求められる。