○ 前回は、「ビッグデータ」に関わる話の中で、「演繹(えんえき)法のようにデータを裏付けに使って仮説を検証する方が現実的」という解説をしました。今回は、データドリブンを成功に導く上で有効になる「仮説」を立てるために必要なことを考えてみます。

「具体的な方向性を模索」する日本企業。
仮説とは、「一部の事実に基づくものの、まだ確からしさの裏付けがないアイデアや説明」という意味です。まだ存在するか分からない段階であり、これからその確からしさを裏付けていく、まさに「仮の説」となります。
ビジネスの現場で仮説を立てる際には、どの領域について考えるかを意識しておくことに大きな意味があります。というのも新規事業を創出する際の仮説と、既存ビジネスを効率化するための仮説には、大きな隔たりがあるからです。
これは、ビジネス上の目的がどこにあるかを確認することともいえます。新規事業の創出と既存ビジネスの効率化では、その先にある具体的なアクションが全く異なります。そもそもの目的という「旗を立てる」役割は、トップマネジメントが担うことになります。
もちろん、目的を決めることは容易ではありません。日本の多くの企業がその問題に苦戦している様子は、2018年9月に経済産業省が公開した「DXレポート」から見て取れます。
ビジネスをどのように変革していくか、そのためにどのようなデータをどのように活用するか、どのようなデジタル技術をどう活用すべきかについて、具体的な方向性を模索している企業が多いのが現状と思われる。
経済産業省 デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会、「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」、2018年9月
その後、2022年7月に経産省が公開した「DXレポート2.2」にもこうした記述があります。
サービスの創造・革新(既存ビジネスの効率化ではない取組み)の必要性は理解しているものの、目指す姿やアクションを具体化できていないため、成果に至らず、バリューアップへの投資が増えていかないのではないか。
経済産業省 デジタル産業への変革に向けた研究会、「DXレポート 2.2 バリューアップ(サービスの創造・革新)の取り組み状況」、2022年7月
最初のDXレポートから4年が経過しましたが、ビジネス変革の方向性を模索し続けている日本企業は、今なお多いといえるでしょう。
目的が変われば分析すべきデータも変わる。
目的を決めることの難しさを分かりやすく説明するため、筆者の経験に基づく具体例を示します。
筆者がかつて関わった、ある企業にSFA(営業支援システム)を導入するプロジェクトで、その企業の幹部がこんなことを言っていました。
「SFAで効率化するのは良いことなので、進めてもらって構わない。ただし、私の会社の営業は既存顧客に繰り返しアプローチするルート営業ばかりのため、新規事業やイノベーションを創出するには、現在の行動データを分析してもあまり意味がない。行動データの分析から本当に欲しい示唆を導くには、営業の戦略やスタイルを変えないといけない」――。
この幹部は、目的が異なるのであれば、分析すべきデータや導き出す示唆も異なることに気がついていたのです。
この会社ではSFAの導入施策を進めていましたが、既存顧客とのやり取りから派生するデータ分析だけでは、新規市場への応用が難しいことに気づいていました。例えば日本国内で営業部門の成功例があったとしても、それがこれから進出するグローバルビジネスでは通用しない場合がほとんどです。
もしこの会社が強く新規事業の創出を目指しているのなら、SFAの導入だけでなく、事業創出のための施策も必要になります。つまり「何をしたいか」という目的に応じて取るべき施策は変わり、さらに取得すべきデータや実践すべき分析の内容も変わることになります。
第1回で述べた通り、データを分析する担当者は、分析前のデータ成型などを含むと大量の工数をこなさなければなりません。その活動を無駄にしないためにも、データドリブンを進める上で明確な目的(ゴール)の設定が重要になるのです。
データ分析からはインプットもアウトプットも生まれない。
前述の役員の言葉に、「新規事業やイノベーションを創出するには、(ルート営業の)行動データを分析しても意味がない」という指摘がありました。これは一見、当たり前のように聞こえますが非常に重要な示唆があります。
というのも、「データドリブン」や「データ分析」という言葉をある種の魔法として捉え、「ここから何か新しいものが見えてくるのでは」と期待しまうことが往々にしてあるからです。急速にビジネス活用が進んでいるAI(人工知能)などのテクノロジーが、その可能性を切り開いてくれるようにも見えます。
しかし、データ分析とは「インプット→処理→アウトプット」という構造の「処理」部分にすぎません。テクノロジーは処理を助けてくれますが、その前のインプットを自動的に生み出してくれるものではありません。
ここで「アンゾフの成長マトリックス」でいうところの「多角化」を例に考えてみましょう。多角化とは新規市場と新規顧客というセグメントにアプローチするものです。アンゾフの成長マトリックスについては、過去にマーケットワン・ジャパンが執筆した記事をご覧ください。
このセグメントにアプローチするには、既存製品や既存市場に対する営業活動とは全く異なる「仮説」が必要となります。その仮説を立てるには、新規つまり全く知らない市場や顧客のリサーチ(ヒアリングや市場調査)やデータ収集をしなければなりません。
既存製品や既存市場の分析からは、その効率化を導き出せるでしょう。しかし新規製品や新規市場を目指す際には、既存製品や既存市場の分析だけでは「見当違いのアウトプット」さえ生み出てしまいかねません。
デジタルマーケティングの現場で筆者は、同じような場面に遭遇したことがあります。顧客に効率的にアプローチする目的でMA(マーケティングオートメーション)を導入したある企業に、こうした依頼を受けたのです。
「今は自動車業界にしかアプローチできていないが、半導体業界のニーズをMAの活用によって調査したい」――。
MAは本来、「保有している顧客リスト」に対してメールなどでコミュニケーションをとるためのツールです。アプローチできていない(顧客リストを保有していない)業界を開拓したいというニーズがあったとしても、既存顧客リストを基にした分析だけで有意な結果を出すことは困難です。アプローチできていない業界を開拓するには、その業界の関係者にリサーチをかけたり、その業界の顧客リストを新たに収集したりするなど、別の取り組みが必要になるでしょう。
「インプットのない分析はできないし、結果としてアウトプットは出てこない」ことを念頭に置き、分析結果を導くために必要なインプットが何かを考えることが重要となります。
仮説からデータ分析に落とし込む青写真を描く。
ここまでをまとめると、「データ分析は仮説を前提に進める」、そして「その仮説はビジネス上の目的によって変わってくる」ということになります。
つまり「自社は何を目指すのか」「その上ではどのような戦略をとるのか」といった経営層の意思決定を理解し、「意思決定をする上で必要なデータは何か」をひもといていく必要があります。データ分析の方針は、上位にある目的から逆算することで初めて見えてくるものといえるでしょう。
もちろん「きれいな筋書き」通りにはいかないことも多いでしょう。「自社のトップは何を考えているか分からない」という悩みは、さまざまな企業で何度も耳にしました。
経営層が確固たるデータ分析のイメージまで抱いていない場合もあり得ます。データ分析が軌道に乗って初めて、イメージやアイデアがわいてくることも多いのではないでしょうか。データからはじき出される数字を見て、イメージが生まれてくることも往々にしてあるでしょう。
そのためにも、ぼんやりでもよいので、仮説の設定からトップダウンでデータ分析までに落とし込む際の青写真(ブループリント)を描いておくとよいでしょう。このときは初めからかっちりとした精緻なものを作るのではなく、トライ&エラーを繰り返して前に進めていくという考え方が有効です。
筆者は、上記に示した一連の考え方を「データドリブンの企業文化の醸成」と位置づけています。企業文化を定着させるためには、実際にデータを扱う現場だけでなく、データを活用して意思決定をするマネジメントにも、「データリテラシー」が必要となります。データリテラシーとは、データを扱い意思決定するための素養のことで、いずれ本連載で詳しく解説します。
過去のプロジェクトで筆者は、継続してデータの仮説・検証を続けた結果、クライアント企業が分析で生み出したアウトプットの質が向上したという経験をしました。さらに社内でデータを活用するイメージが定着し、マネジメントからのデータ分析に対する要望が増えた例も目にしました。
ここまで述べた仮説・検証を続けていくことで、企業は新規領域の状況を明らかにし、その結果としてつかんだ事実を元にしてさらなる仮説を立てることが可能になります。これらの活動を繰り返すことで、「ビジネスの目的」が現場に浸透し、さらにデータを基に検証が進むようになると考えています。