コメント
ライダースクラブ
(
かねしん
)
2013-01-31 02:14:37
古本屋によって、というところが樹生さんらしいですね(笑)
ぼくはネットで気になるバックナンバーをたまに買っては読んでいます。
樹生さんのブログファンというのもあってかぼくも多少の雑誌を読んでみてライダースクラブは自分に合っているように感じます。
が、古いライダースクラブはホントに難しくて何がなんだかさっぱりな部分も多いです(笑)
専門家が読む記事なのか?とたまに思ってしまいます。
でも根本健氏のジャーナリズムは凄く好きです。
たまに別のジャーナリストが書く記事によっては読んでいてイライラするようなものもあるんですが、根本氏のは読んでいて気持ちが良いです。
なかなか雑誌も読む時間が無いんですが、たまに時間を作ってはバックナンバーを買って読んでみたいと思います。
読むこと
(
樹生和人
)
2013-01-31 21:39:58
かねしんさん、こんにちは。
ライダースクラブ、特に根本健氏が編集長だった頃の本は、相当にとんがっていて、挑むような雰囲気がありました。
今までにないバイク雑誌を作ろうとしていたのだと思います。
1980年代、ライダースクラブとは違う方法論でライテク記事を展開していたつじつかさ氏も好きでした。つじ氏は常に研究を薦めていて、この5年間くらいは、日本的というか古武術的な体の使い方と、スポーツ医学とを合わせたような論の展開をしています。結果として80年代の根本氏の論と似てきているところもあって、しかし、両者は、表面上は逆のことを言っているように見えた80年代から、本当は同じことを、違うアプローチで言っていたような気が私はします。
どっちが正しいとか、どっちが偉いということではなく、私は両方から影響を受けましたし、どちらも好きです。
和歌山俊宏氏も、昔からきちっとバイクライディングを研究し、論究してきた人です。
彼の論も好きです。
宮崎敬一郎氏も好きです。
私も文章が好きでないバイクジャーナリストはいます。
しかし、大切なのは、自分がどう乗りたくて、何を求めているか、ということ、そしてその「今の自分」にしっかり立脚しつつも、自分と相いれない考え方に対しても、できるだけアンテナを開こうとしていることだと思います。
もちろん、趣味ですから人と自分の命や財産を奪うことがないように気を付けて、好きに楽しめばいいのですが、その好きな世界の奥深いところや、本当に心ふるえるような楽しいところには、やはり憧れます。
音楽なんかでも同じだと思うのです。
本当に全力で調べて、走って、考えて、理論化していった、そういうライディングの理論を読みたいと思います。
それは、やはりお手軽なものでは無理なのだとも思うのです。
ポイントは、書き手が自分の優位さを誇示したがっているのか、少しでもライディングの真実に迫ろうと必死でいるのかにあると思うのですが。
もちろん、それは、読み手の読む姿勢にも同じことが言えるでしょうね。
これだと思ったら、わかるまで読む。わからなくても、わかろうと迫り続ける。それが読むことだと思います。
数少ない論理的雑誌
(
スガ
)
2013-01-31 23:34:35
東京出張のお楽しみ。
良いですね。楽しみがあるって。
私は、おはずかしながら当時、読んでいませんでした。
文字を読むのが苦手な事に加えて、書いてある内容が理解出来なかったのです。
当然、ライディングもメタメタで、ひどいものでした。
ですが、根本さんと片山敬純さんがヨーロッパで、
db-1に乗って走ってるビデオだけは、何度も何度も観ました。
オートバイを生活の一部として楽しむ。
ヨーロッパのバイクは、手応え足応えが違う。分かって作ってるよね。
とか、まだまだ未熟なんだといつも思ってました。
ライディングは、その後も進歩しませんでしたが、あの時の仲間で、未だに乗ってるのは私だけに成ってました。
未だに乗ってるのも、あの時のビデオの中の台詞、オートバイを生活の中の一部として楽しむ!ができる様に成りたいという思い、
ライディング技術が向上しなかった悔しさが、大きく影しています。
楽しめるバイクライフ。
いつまで乗れるか分かりませんが、目指して行きたいです。
楽しむ
(
樹生和人
)
2013-02-01 19:14:09
スガさん、こんにちは。
片山選手と根本氏がDB1や、XL600、VFR750などでイタリアを走り回るビデオですよね!
当時近所のレンタルビデオ屋さんで見つけて、何回も借りてみていました。
大好きなビデオ作品です。
泉優二氏が映像の監督をしていたと思います。
ヘリからの空撮まであるという、すごい作品でした。
ああ!買っておけばよかった!
あのビデオの中の二人のように、自在に、猛々しく、しなやかに、大人びて、子供っぽく、本当に楽しそうに走れたらいいなあと思います。
私も憧れはあるものの、それははるかに遠く、でも時々ひとりで「ついてくるかあい~」「おっとお~」とか、
「ここは公道です。僕はいい子のライダーですみたいな…うそをつけ!」とか、ツーリング中に思い出して一人で言ってみたりして笑ったりもしています。
はたから見ていたら、かなり気持ち悪いおっさんですね。
楽しむバイクライフ。目指したいです。
一台一台一人一人の
(
kaori
)
2013-02-03 06:30:02
樹生さんおはようございます。
昨日は日中の温度があがりました。
あきらかにオーバーワークで過ごしています。
20項目余りのライディングの箇条書き。
なるほど、なるほど~と読んでました。
ワタシはライテク本は手にしたこともありません。
限定解除時代も教本もなかったころなので
自己流もいいとこなので勉強になります。
感覚だけの走りの中でも
・進行方向の正中線にバイクをかならず乗せる。
・バイクの重量の中心に自分の丹田を沈める。
・クランクケース中の地球ゴマをいつも感じる。
いつも感じるようにしています。
バイクは速度域、カーブ、上り下り、加減速
すべてそれぞれの動きがあって、本当に
奥が深いです。
バイク個体の特徴の付き合いを加えると、
ほんと一台一台一人一人の様々な走りに
なるから個性的です。
バイクの面白さ
(
樹生和人
)
2013-02-03 21:30:17
kaoriさん、こんにちは。
kaoriさんの今回挙げた3項目、
1つめは人車統合のバランスと進行方向との整合。
2つめは、人+車のバランス。言い換えれば、ライダーの荷重の意識の持ち方。
3つめは走行状態にあるバイク単体の動きにくい「動作中心」(これを根本氏は動的重心と言っていましたが、「動的重心」がこの場合物理学的に正しい用語かどうかは留保が必要なようです。)の感得。
…と、基本的なことでありながら、ここ最近の和歌山氏やつじ氏の展開する、乗車理論と相通ずるものがあります。
「丹田」という器官は体にないけれども、丹田を感じて(もっと先に行くとその意識も捨てていいようですが)動いた方が、体の具合がよくわかり、動きの質が向上する…。
バイクの重心そのものは、エンジン停止時でも1万回転で回っていてもかわらないとしても、動きの中心は明らかに変化する…(これはジャイロ効果で説明できますが、実際のバイクではホイールのジャイロ効果も加わり、サスの上下動やエンジン回転の上下動も加わるので、かなり複雑になりますけれど…)。
kaoriさんが言うように、「バイクは速度域、カーブ、上り下り、加減速すべてそれぞれの動きがあって、本当に奥が深い」と思います。
バイクも種類ごとに違うし、ましてバイクは4輪よりも圧倒的にライダーの体重のかかり方の影響が大きいので、同じバイクでも乗り手ごとに乗り方は違ってくるし、これに操作の個性、走り方の好みも加わると、もう、同じものは二つとないという感じですよね。
歩くという動作は共通でも、歩き方に一人ひとり違いがあるように。
それもまた、バイクの面白さだと思いますし、そういう意味で他の人の走りを見ることが、とても楽しく、勉強になるのも、これもまたバイクの楽しさだと思います。
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樹生さんのブログファンというのもあってかぼくも多少の雑誌を読んでみてライダースクラブは自分に合っているように感じます。
が、古いライダースクラブはホントに難しくて何がなんだかさっぱりな部分も多いです(笑)
専門家が読む記事なのか?とたまに思ってしまいます。
でも根本健氏のジャーナリズムは凄く好きです。
たまに別のジャーナリストが書く記事によっては読んでいてイライラするようなものもあるんですが、根本氏のは読んでいて気持ちが良いです。
なかなか雑誌も読む時間が無いんですが、たまに時間を作ってはバックナンバーを買って読んでみたいと思います。
ライダースクラブ、特に根本健氏が編集長だった頃の本は、相当にとんがっていて、挑むような雰囲気がありました。
今までにないバイク雑誌を作ろうとしていたのだと思います。
1980年代、ライダースクラブとは違う方法論でライテク記事を展開していたつじつかさ氏も好きでした。つじ氏は常に研究を薦めていて、この5年間くらいは、日本的というか古武術的な体の使い方と、スポーツ医学とを合わせたような論の展開をしています。結果として80年代の根本氏の論と似てきているところもあって、しかし、両者は、表面上は逆のことを言っているように見えた80年代から、本当は同じことを、違うアプローチで言っていたような気が私はします。
どっちが正しいとか、どっちが偉いということではなく、私は両方から影響を受けましたし、どちらも好きです。
和歌山俊宏氏も、昔からきちっとバイクライディングを研究し、論究してきた人です。
彼の論も好きです。
宮崎敬一郎氏も好きです。
私も文章が好きでないバイクジャーナリストはいます。
しかし、大切なのは、自分がどう乗りたくて、何を求めているか、ということ、そしてその「今の自分」にしっかり立脚しつつも、自分と相いれない考え方に対しても、できるだけアンテナを開こうとしていることだと思います。
もちろん、趣味ですから人と自分の命や財産を奪うことがないように気を付けて、好きに楽しめばいいのですが、その好きな世界の奥深いところや、本当に心ふるえるような楽しいところには、やはり憧れます。
音楽なんかでも同じだと思うのです。
本当に全力で調べて、走って、考えて、理論化していった、そういうライディングの理論を読みたいと思います。
それは、やはりお手軽なものでは無理なのだとも思うのです。
ポイントは、書き手が自分の優位さを誇示したがっているのか、少しでもライディングの真実に迫ろうと必死でいるのかにあると思うのですが。
もちろん、それは、読み手の読む姿勢にも同じことが言えるでしょうね。
これだと思ったら、わかるまで読む。わからなくても、わかろうと迫り続ける。それが読むことだと思います。
良いですね。楽しみがあるって。
私は、おはずかしながら当時、読んでいませんでした。
文字を読むのが苦手な事に加えて、書いてある内容が理解出来なかったのです。
当然、ライディングもメタメタで、ひどいものでした。
ですが、根本さんと片山敬純さんがヨーロッパで、
db-1に乗って走ってるビデオだけは、何度も何度も観ました。
オートバイを生活の一部として楽しむ。
ヨーロッパのバイクは、手応え足応えが違う。分かって作ってるよね。
とか、まだまだ未熟なんだといつも思ってました。
ライディングは、その後も進歩しませんでしたが、あの時の仲間で、未だに乗ってるのは私だけに成ってました。
未だに乗ってるのも、あの時のビデオの中の台詞、オートバイを生活の中の一部として楽しむ!ができる様に成りたいという思い、
ライディング技術が向上しなかった悔しさが、大きく影しています。
楽しめるバイクライフ。
いつまで乗れるか分かりませんが、目指して行きたいです。
片山選手と根本氏がDB1や、XL600、VFR750などでイタリアを走り回るビデオですよね!
当時近所のレンタルビデオ屋さんで見つけて、何回も借りてみていました。
大好きなビデオ作品です。
泉優二氏が映像の監督をしていたと思います。
ヘリからの空撮まであるという、すごい作品でした。
ああ!買っておけばよかった!
あのビデオの中の二人のように、自在に、猛々しく、しなやかに、大人びて、子供っぽく、本当に楽しそうに走れたらいいなあと思います。
私も憧れはあるものの、それははるかに遠く、でも時々ひとりで「ついてくるかあい~」「おっとお~」とか、
「ここは公道です。僕はいい子のライダーですみたいな…うそをつけ!」とか、ツーリング中に思い出して一人で言ってみたりして笑ったりもしています。
はたから見ていたら、かなり気持ち悪いおっさんですね。
楽しむバイクライフ。目指したいです。
昨日は日中の温度があがりました。
あきらかにオーバーワークで過ごしています。
20項目余りのライディングの箇条書き。
なるほど、なるほど~と読んでました。
ワタシはライテク本は手にしたこともありません。
限定解除時代も教本もなかったころなので
自己流もいいとこなので勉強になります。
感覚だけの走りの中でも
・進行方向の正中線にバイクをかならず乗せる。
・バイクの重量の中心に自分の丹田を沈める。
・クランクケース中の地球ゴマをいつも感じる。
いつも感じるようにしています。
バイクは速度域、カーブ、上り下り、加減速
すべてそれぞれの動きがあって、本当に
奥が深いです。
バイク個体の特徴の付き合いを加えると、
ほんと一台一台一人一人の様々な走りに
なるから個性的です。
kaoriさんの今回挙げた3項目、
1つめは人車統合のバランスと進行方向との整合。
2つめは、人+車のバランス。言い換えれば、ライダーの荷重の意識の持ち方。
3つめは走行状態にあるバイク単体の動きにくい「動作中心」(これを根本氏は動的重心と言っていましたが、「動的重心」がこの場合物理学的に正しい用語かどうかは留保が必要なようです。)の感得。
…と、基本的なことでありながら、ここ最近の和歌山氏やつじ氏の展開する、乗車理論と相通ずるものがあります。
「丹田」という器官は体にないけれども、丹田を感じて(もっと先に行くとその意識も捨てていいようですが)動いた方が、体の具合がよくわかり、動きの質が向上する…。
バイクの重心そのものは、エンジン停止時でも1万回転で回っていてもかわらないとしても、動きの中心は明らかに変化する…(これはジャイロ効果で説明できますが、実際のバイクではホイールのジャイロ効果も加わり、サスの上下動やエンジン回転の上下動も加わるので、かなり複雑になりますけれど…)。
kaoriさんが言うように、「バイクは速度域、カーブ、上り下り、加減速すべてそれぞれの動きがあって、本当に奥が深い」と思います。
バイクも種類ごとに違うし、ましてバイクは4輪よりも圧倒的にライダーの体重のかかり方の影響が大きいので、同じバイクでも乗り手ごとに乗り方は違ってくるし、これに操作の個性、走り方の好みも加わると、もう、同じものは二つとないという感じですよね。
歩くという動作は共通でも、歩き方に一人ひとり違いがあるように。
それもまた、バイクの面白さだと思いますし、そういう意味で他の人の走りを見ることが、とても楽しく、勉強になるのも、これもまたバイクの楽しさだと思います。