詩・機械設計・森林蘇生・猫/POETRY/Machine design

杉山を自然林に戻したい。
黒っぽい杉山を見るたびに子供の頃見た青い自然林を想う。山のことのみならず生活ブログです。

タローとの永訣

2012年03月19日 21時46分32秒 | 
  メメント・モリ   
(その一 ・ タロウのこと)

二十六日の朝は僕の腕枕で目覚めたのに
二十七日の朝は
奥さんの布団の中で死んでいた
誰も思い致さない時 気づかないうちに。
猫のタロウ
突然消えてしまった君のいのち
はかなさを言い張るなかれ
君自身の場合だけでいい
あまねく
命の儚さを思い知らせようと
しないでおくれ
悲しみと虚しさをどこかに閉じ込めておくれ
十三年と十一ヶ月の君の命の時間を
僕は愛おしく思っているのだ

君と出会った頃 僕は病んでいて
医師の判断も不明確のまま
双眼の焦点が合わず
体の平衡感覚が乱れ 重苦しい心身を持て余し
仕事を追われ 無収入
何事も為すことかなわず
遊ぶことさえ出来ず
何をすることも出来ぬ不遇のときで
てもなく不具者になっていた

君と初めて会ったあの日を
忘れるものではない
心身の不如意を正さんと思い期して
四国山脈の山中で十日断食を終え
高知の町に降りてきた日
その日は五月十日
空は晴れて空気は麗しく
お城の東の通りに日曜市が出る日で
殷賑の市場のひと隅で
「もらってください」という
お母さんと女子小学生の親子に連れられて
生まれて四十五日の幼い君は
紙箱の中で
二匹の兄弟たちとともに無邪気だった
君の兄弟たちも美しかったが
僕は君を選んだ
額の八割れが目に留まったからだ
八割れ猫は豪壮な猫だ
高貴な猫だ
一緒に暮らすようになって
そのことをあらためて知らされた
座卓の上に君の好物があっても
君は盗み食いすることが無かった
君は平然としているように見えたことだ
君は何時も平然 悠然としていた
寡黙な猫
タロウ
不安定ながらも気の安らぎらしきを得て
そこはかとなく落ち着きを覚えつつも
希望が有るのか無いのか思いもせず
そんなことに思いを致すことが出来ないまま
君と一緒に居ることを
僕は選んでしまった
縁しだったか
タロウ
僕が不十分だった頃幼い君は家に来た

一年後
僕の症状は聴神経鞘腫と診断され手術
右耳の聴力をあきらめ
頭右半分の皮膚感覚を失い
右顔面のゆがみを余儀なくされた
三半規管の働きが無くなって
視野は激しく揺れ動き
視野の歪みを受け入れられないまま
貧に逢い 失意 孤独の日々
回復を採るか 生を捨てるか
一年過ぎても回復の実感が無い
二年過ぎて 一昨年と比べると
やや良くなっているように思える
そのような遅々とした回復の具合
不運のときは
多くの人は不運の友と距離を持つ
時として僕は死を想像した
死の誘惑と不孝を避けるべしという生の義務
子が親より先に死ぬほどの不孝は無いとの
思い
惑いの日々に
タロウ
君が居てくれた
失意の十年近く
君は僕の心を和ませるためのみに
居た

そのことの大きな意味を
君が居なくなった今 僕は知る
孤独な僕の傍らに居て君は無心の瞳を見せて
死が意味を持たないことを告げるかのようで
君の瞳を忘れない
君のしぐさを忘れない
君の眠りを忘れない
君の足を爪を尻尾を
暗かった僕の心を伺うような
君の凝視を忘れない
肉体の痛みは生きていることの実感だから
じゃれあって引っ掻かれた痛さを忘れない
若い日の鍛錬にと五十回のハイジャンプ
猫じゃらしに飛びつく君を忘れない
家中走り回って
座卓の脚に頭をぶつけた君を忘れない
障子を襖を壁を引っ掻いて
ぼろぼろにした君を忘れない
窓辺に座って飛ぶ鳥を見つめていた
君の目の動き
透明の瞳の横顔を
僕は忘れない

あの朝の
動かなくなった君を見て僕は悲しかった
命は必ず終わるものと知ってはいたが
君を喪失することがこれほど唐突にあるとは
思ったことが無かった
棺桶を作って
その中に君を横たえながら
僕は大声で泣いた
あの頃君が居なかったら僕は
日々の重苦しさに耐えられなかったかもしれぬ
父が逝った日
僕は厳粛な思いで
悲しみは数日後まで湧いてこなかったが
タロウ
君の死はただひたすら悲しい
僕は声をあげて泣いた

君の死の三日後
火葬場で君の肉体は消えてしまった
炉の屋根から立ち昇る煙は
君の体を焼きつつ黒から青へと変わり
やがて半透明の揺らぎを見せて陽炎のように
君の元素を
空気の中へ
拡散させていった
君は宇宙の元素となった
いつか僕も元素となる日
君と混ざり合うことだろう
古い石切り場の隅にある火葬場は
すぐ傍を谷川が流れ
二月の終りの日 
近くの藪で鶯が鳴き始めていた
タロウ
君の死を悲しみつつ
僕は生きることを愛しているらしい
    



(二〇一二・三月・二日)


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