空蝉ノ詩

蝉は鳴く。地上に生きる時間は儚く短い。それでも蝉は生きていると。力の限り鳴き叫ぶ。私も今日、力の限り生きてみようか。

359編 嘘

2018-05-23 18:59:34 | 阿呆烏


初めから嘘だとわかる嘘は
心知れた仲間による悪戯な嘘
許せる嘘

人を騙したり陥れる嘘は
許せない嘘

嘘の上塗りをする嘘は
国民を小馬鹿にした嘘
奢った政治家の嘘
一番許せない嘘

中条きよしの歌にある嘘
「折れた煙草の吸殻で
あなたの嘘がわかるのよ」
男の狡さがみえる嘘

358編 嫌な時間

2018-05-20 20:22:05 | 阿呆烏
嫌な時間

「ちびまる子」または「サザエさん」のオープニング曲が流れると
日曜日(休み)が終わり
月曜日が始まる
仕事(学校)が始まる
気持ちが暗くなり
行きたくない
(生きたくない)
憂鬱な日曜の夜になる

356編 遠くへ行きたい

2018-05-10 14:20:09 | 阿呆烏
遠くへ行きたい

歌にもある
遠くへ行きたい
知らない町を歩いてみたい
知らない海を眺めてみたい

昔民放テレビ番組で放映されていた旅番組
余は観たことはなかった
この寂しい詩とメロデイーは
心に滲みる

いまの状況から逃避したい
誰も知らないところで
ひっそりと暮らしたい
世間から離れ
古いアパートで
独り暮らしたい
逃避の歌
それとも
素敵な女性(ひと)と巡り会う



354編 人並の生活?

2018-05-08 04:31:30 | 阿呆烏

人並の生活? 

自宅の小さな庭に
〔庭というほどでもないが・・・〕
ハルジョンが咲いている
俗に貧乏草と蔑称されている
余には好きな花であるが
貧乏が取り憑くので
貧乏草を見たら
抜き取るか
踏み潰すという
余には出来なく
枯れるまで大切にしている

余が貧乏なのは
貧乏神が取り憑き
居心地の良さに
余から離れていかない
貧乏神が離れないのは
余が根っこからの怠け者であるからだ
子どもの頃から怠惰脆弱な性格は変わらぬ
飽きっぽく職場を転々とし
いまは人並以下の年金受給

人並の生活って
何を基準に言うのであろうか
雨風をしのぐ小屋(家)があり
食べることに困らない
食べ物は米味噌汁にありふれたおかず
贅沢に割烹料理とかレストランで外食は出来ず
着る物も家にあるものをとっかえひっかえ着る
自宅にお風呂はあるから毎日は入れる
車は軽自動車キャンバスで満足し
十万km以上は走行する
走り切れるまで走る
人並の生活には至らぬが
余はこれで「良し」とする
そうそう贅沢なPCBSが映るTVもある
これで文化的な生活はできる
知的な生活は単行本は手にできないので、いつも文庫本を購入

いまの生活水準から脱却できる資力もなく
今更足掻いて年金受給者である余は
運命を変えるような劇的変化は望めも無く期待もない
死するまで貧乏神は棲みつき
余はハルジョンを見ながら
一人の妻と息子beagle元気で暮らす

350編 行ってみたいな よその国

2018-05-06 05:32:20 | 阿呆烏
行ってみたいな よその国

「海は広いな大きいな」が歌い出しの『海(うみ)』の最後に
「行ってみたいな よその国」
今の時代は
ハワイでも
どこの国でも
気軽に行ける時代になった

貧乏な私には よその国は夢の国
ときどきふと思うことがある
行ってみたいな よみ(黄泉)の国
よみの国は「片道切符」になってしまう

349編 鏡に映る向こうの世界

2018-05-05 04:43:15 | 阿呆烏
鏡に映る向こうの世界

私の背より大きい鏡の前に立つ
もうひとりの「わたし」が立っている
話しかけても
何も喋らず
鏡は
右と左が反対の世界なのか
妄想に浸り
鏡に映っている
もうひとりの「わたし」と
入れ替わり
私は鏡に映る向こうの世界に入っていきたい
その世界は
欲求が満たされる世界であり
悩みは失せるのであろうか

鏡の向こうは虚像なのかもしれない
他人様から苦笑されるような戯言を書いてしまった

348編 現世(いま)に生きる

2018-05-04 15:34:11 | 空蝉
現世(いま)に生きる

死んだら
どうなるのか
永遠の眠りにつき
覚醒することができない

現世の人に尋ねても
死後の世界を知るものはない

試しに死んでみようか
と思うのだが
現世に戻る路は閉ざされ
還って来れなくなる

死んだらお終い
思うようにいかない現世だけれど
残された人生
僅かな人生に賭け
現世(いま)を精一杯生きてみようか

346編;人生劇場

2018-05-03 04:28:56 | 空蝉
人生劇場

毎日変わらぬ日の繰り返し
変わるのは日めくりカレンダー
そして
確実に死に向かっている
人生は砂時計のようなもの

予告もなく
突然
人生劇場の幕は
降りることもある


人生劇場の終焉は
いつやって来るかは
死神だけが知っている