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権力と物語 (りくにす)
2017-05-09 12:41:46
お体の調子がよさそうでなによりです。
全然違う話で恐縮ですが、5月6日の憲法のNスぺで百地章氏が「私たちは物語を求めているのです。権力に興味はありません。権力にはそんなに魅力はありませんから」という聞き捨てならない発言をしていました。
面白い小説を求めている人と、国家の物語を求めている人を混同しないでいただきたいです。
…という怒りを込めてブログ記事書きました。

それにしても従順なものから切り捨てていくって、完全に悪役の行動ですね。
 
 
 
ブログよみました (stravinspy)
2017-05-09 21:26:48
ああ、百地はファンタジーにして誤魔化そうとしているわけですね。
かなり性質が悪いですが、アホな国になると面白い小説も読めないですからね。
だいたいアベが首相で面白い物語なんかできませんよ。
非常に質の低いバカ国家の話でしかも笑えないという。

百地が好きな物語は百地が読めばいいのであって、ぼくらがそれに付き合う必要はないのですよね。
 
 
 
ご高覧ありがとうございます。 (りくにす)
2017-05-10 12:23:29
ブログ記事に書き漏らしたのでもう一つになってしまったのですが、日本会議なり百地氏なりが求めているのが「物語」と同義かもしれないけど「意味」です。
番組冒頭には靖国神社に集まる若い男女が映され、「戦死した人に感謝」と発言します。
補給もなしに変な場所に連れていかれて餓死した兵隊にも感謝しているんでしょうね。
一方『はてしない物語辞典』にはバスチアンの表面的な「英雄になりたい」願望の裏で「母の死の意味」を求めているのだ、とはっきり書いています。このあたり、うまく言えないけどもやもやしてしまうのです。
話は変わりますが、自称「表現の自由」戦士はかつて『はてしない物語』を読んでいたかもしれないと思ってしまいました。
女王幼ごころの君はあらゆる悪から害を受けませんし、旅人が悪いことを願っても叶えてしまいます。何が起きても平気でいられるのは幼こころの君だけなのですけどね。この点と、バスチアンが読者をどうこうしようと意図する本が嫌いだということとが相まって、道徳より「表現の自由」を至上とする勘違いが起きたのかなと思います(正直言うと私もそうでした)。
全くの邪推ですが。
そんな風に誤読できる本はほかにもあると思うし、差別をなくそうという教育を受けてないだけかもしれません。愛情不足も考えられるので、アイウォーラおばさまの「変わる家」に滞在させてあげたいと思います。
 
 
 
「意味」はめんどくさいですね (stravinspy)
2017-05-12 01:26:57
否定しにくいです。
「因果」でものを考える人類は意味がなさそうなことにも意味を求めるし、
これを否定すると人生を否定しかねませんし。
ほんまに難しいです。
 
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