九無用の用龍史進

やっぱりもったいない

千恵子抄

2014-05-25 10:59:47 | 千恵子抄































狂つた千恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴の風に九十九里の浜はけむる
千恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり千恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が千恵子の友だち
もう人間であることをやめた千恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
千恵子飛ぶ


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2014-05-18 10:52:15 | 千恵子抄









































ああ、あなたがそんなにおびえるのは
今のあれを見たのですね。
まるで通り魔のやうに、
この深山のまきの林をとどろかして、
この深い寂寞の境にあんな雪崩をまき起して、
今はもうどこかへ往つてしまつた
あの狂奔する牛の群を。

今日はもう止しませう、
画きかけてゐたあの穂高の三角の屋根に
もうテル ヴエルトの雲が出ました
槍の氷を溶かして来る
あのセルリヤンの梓川に
もう山山がかぶさりました。
谷の白楊が遠く風になびいてゐます。
今日はもう画くのを止して
この人跡たえた神苑をけがさぬほどに
又好きな焚火をしませう。
天然がきれいに掃き清めたこの苔の上に
あなたもしづかにおすわりなさい。

あなたがそんなにおびえるのは
どつと逃げる牝牛の群を追ひかけて
ものおそろしくも息せき切つた、
血まみれの、若い、あの変貌した牡牛をみたからですね。
けれどこの神神しい山上に見たあの露骨な獣性を
いつかはあなたもあはれと思ふ時が来るでせう。
もつと多くの事をこの身に知つて、
いつかは静かな愛にほほゑみながら――


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2014-05-11 10:40:39 | 千恵子抄





































ああ、あなたがそんなにおびえるのは
今のあれを見たのですね。
まるで通り魔のやうに、
この深山のまきの林をとどろかして、
この深い寂寞の境にあんな雪崩をまき起して、
今はもうどこかへ往つてしまつた
あの狂奔する牛の群を。

今日はもう止しませう、
画きかけてゐたあの穂高の三角の屋根に
もうテル ヴエルトの雲が出ました
槍の氷を溶かして来る
あのセルリヤンの梓川に
もう山山がかぶさりました。
谷の白楊が遠く風になびいてゐます。
今日はもう画くのを止して
この人跡たえた神苑をけがさぬほどに
又好きな焚火をしませう。
天然がきれいに掃き清めたこの苔の上に
あなたもしづかにおすわりなさい。

あなたがそんなにおびえるのは
どつと逃げる牝牛の群を追ひかけて
ものおそろしくも息せき切つた、
血まみれの、若い、あの変貌した牡牛をみたからですね。
けれどこの神神しい山上に見たあの露骨な獣性を
いつかはあなたもあはれと思ふ時が来るでせう。
もつと多くの事をこの身に知つて、
いつかは静かな愛にほほゑみながら――


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2014-05-04 12:26:06 | 千恵子抄



































狂つた千恵子は口をきかない
ただ尾長や千鳥と相図する
防風林の丘つづき
いちめんの松の花粉は黄いろく流れ
五月晴の風に九十九里の浜はけむる
千恵子の浴衣が松にかくれ又あらはれ
白い砂には松露がある
わたしは松露をひろひながら
ゆつくり千恵子のあとをおふ
尾長や千鳥が千恵子の友だち
もう人間であることをやめた千恵子に
恐ろしくきれいな朝の天空は絶好の遊歩場
千恵子飛ぶ


検索用・片山千恵子

千恵子抄

2014-04-28 20:20:38 | 千恵子抄















































工場の泥を凍らせてはいけない。
千恵子よ、
夕方の台所が如何に淋しからうとも、
石炭は焚かうね。
寝部屋の毛布が薄ければ、
上に坐蒲団をのせようとも、
夜明けの寒さに、
工場の泥を凍らせてはいけない。
私は冬の寝ずの番、
水銀柱の斥候を放つて、
あの北風に逆襲しよう。
少しばかり正月が淋しからうとも、
千恵子よ、
石炭は焚かうね。


検索用・片山千恵子