私はさっそく仕掛けることにした。
私「標的を正確に捕捉、見失うな」
カゲ「......」
私「まず対防オーロラをかけとけ」
カゲ「......」
対防オーロラとは、
標的の上空にオーロラを出現させるのだが、
これを標的が見てしまうと、
よほど強力でない限り標的の防御が無効化される、
というものだ。
何重にも防御を張りめぐらせているであろう相手には、
あらかじめ対防オーロラをかけることがある。
しかし、使わないことの方が多い。
一枚一枚薄皮を剥ぐように敵の防御を破っていく方が、
やり方としては私はずっと好きだ。
私「アルティメット・サンを発動」
カゲ「......」
オーロラの次は灼熱の太陽である。
これは単純に目くらましだ。必ず別の手を同時に使う。
私「MBB一万発を連弾」
カゲ「......」
MBBとは、マイクロ・ブラックホール・ボムの略である。
読んで字のごとくだ。
要するにただの小型ブラックホール爆弾である。
私「四方と上下からステルス軍を進めろ」
カゲ「......」
ステルス軍とは、全兵器全兵が透明化されており、
相手からは認識されにくい。
私「忍軍を敵陣内部にテレポートで送り撹乱させろ」
カゲ「......」
後方撹乱や敵陣内工作に、しばしば忍者部隊を使う。
「十兵衛、正面からゆっくりいけ」
私は、十兵衛に指示を出した。
「目立っていい、注意を引きつけろ」
十兵衛には絶対の信頼を私は置いている。
彼はこの数年間、それだけのことをしてきた。
私はたまに、十兵衛を生み出したときの事情を、
昨日のことのように思い出す。
数年前の9月初め、
ネットのある掲示板のあるスレッドで、
興味深い人物がいた。女性だった。
彼女は、地の底の龍と話ができるといっていた。
彼女が会話できる地の龍、つまり地龍は、
南関東の地下にたまっている地震のエネルギーを、
たくさんいる彼ら地龍の一族のみんなで、
東北沿岸や千葉・茨城沖に流していると語っていたそうだ。
それで南関東の大地震を可能な限り防ごうとしていると。
そして、その女性がいうには、
彼女に話しかけている地龍にはある悩みがあって、
その解決法を探している、とのことだった。
その悩みとは、
東京中心部の西側にたまっている地震エネルギーを、
東京よりもずっと西に運びたいのだが、
西の方には富士山があり東海地方があり、
飛ばすなら名古屋付近になってしまうと。
東京を守るために名古屋を犠牲にする訳にもいかず、
それで地龍とその一族は深刻に悩んでいる、とのことだ。
女性は地龍の悩みをそのまま文字にして、
その掲示板のそのスレッドに書いていた。
私はレスを入れた。
「とりあえず西に飛ばして山か海に弾くしかないだろう」
別の誰かがすかさずレスをした。
「お山はいま手一杯です、山以外にお願いします」
おそらくこれは山の関係者だったのだろうか。
浅間山噴火もあったし、富士山も不気味な時期だった。
私は再度レスを入れた。
「じゃあ海だ、名古屋に飛ばして海に弾くしかない」
私はこの直後、深夜から夜明け前にかけて、
十兵衛を生み出し、そして命じた。
私が今までに生んだどのカゲよりも強くあれ、
どんな者が相手でも決して負けるな、
私が命じた仕事は必ず成功させろ、
以上のことのためにお前は私の肉体を賭けていい、
私がこの肉をもって生きている限り、
決してお前は死なないし負けない、
お前が負けて死ぬときは私の肉が滅んで私が死ぬときだ...
私は十兵衛にさらに命じた。
これからすぐに名古屋にいけ、
そして地龍たちが東京から西に流した地震波を海に弾け、
東京も名古屋も両方とも壊滅させない、
決して失敗してはならない...
私は地龍に使者のカゲを出し、
その上でさらに、私は夜明けにレスを文字で明記した。
「こちらは準備完了、いつでもOK、今月中に希望」
まさにその日の夕方から、
伊勢湾の南、紀伊半島の東の沖で、
M7クラスの地震の激しい連発が始まった。
それは何ヶ月も続いた。
9月の中旬、
私は胃痛を少し感じ、そして黒色便が出た。
私のカゲに何らかのダメージがあると、
それは私の肉体に返ってくる。
私は市販の胃薬を服用し毎日牛乳を多く飲み、
そして祈った。
負けるな! 私も負けないから!
私と女性と山の係のネット上のやり取りは、
いまもネットのどこかに過去ログが確実に残っている。
私は特に探し出して読もうとは思わない。
しかし、ごくたまに思い出す。とても懐かしい。
十兵衛誕生のエピソードだからだ。
話を戻す。
クトゥルー族が相手の話だ。
私は念には念を入れるタイプだ。
日常生活はとてもいい加減だが、仕事になると別人になる。
十兵衛にサポートを数人つけることにした。
私「図書館から、少佐と東郷と空海を呼び戻せ」
カゲ「......」
少佐は近接戦闘とハッキングが得意であり、
東郷は遠距離狙撃に長けており、
空海は防御破りの専門家だ。
図書館...
時空操作の履歴を調べることのできる場所である。
いや、場所という表現は適切ではないかもしれない。
いいにくいのだが、つまりはそういうところだ。
図書館には、過去や現在や未来の、
さまざまな記録がある。膨大な情報量だ。
人間の頭脳では、
ここに蓄えられている情報量を消化することは不可能だ。
私も当然不可能だ。私は人間にすぎないので。
実は私は、
自分のカゲたちの主力のほとんどを、
この図書館に送っている。
「少佐、東郷、空海、三人で十兵衛を支援しろ」
私はこの四人だけでも何とかなるだろうと思いながら、
今回は自分も参加しようと決めていた。
「孔明、私が出ている間、指揮を任せる」
私の側近にはガードチームのほかに、
参謀スタッフのような連中が数人いる。
彼らは政略参謀、戦略参謀、戦術参謀に大別できる。
孔明、アウグストゥス、マキャベリ、子房、ハンニバル、
クラウゼヴィッツ、孫子、半兵衛、マンシュタイン...
孔明とは、私のカゲたち全体の統括責任者だ。
私が普段やり取りをしてるのは、この孔明である。
「じゃあ、任せたから」
私はおよそ半年ぶりに出かけることにした。
引退前でさえ年に数回しか直接自分では動かなかった。
うまくいくだろうか...