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う~ん
(
Spock
)
2009-11-01 23:33:16
ここ、ちょっと違うのではないかと、感じます・・・。
>昼と夜は繋がっている。よく活動した人はよく寝る。
>生と死は繋がっている。よく生きた人はよく死ぬ。
昼と夜は繋がっています、朝になって目を覚ますと信じているからです。
でも、生と死は、避けられないものですが、再び復活するかどうか、信じるかどうかは、人それぞれで、この点ははっきり違ってます。
エクスタシー、解脱をどう解釈できるかで、人生は何度でもやり直しが出来ると言いますが、一度きりの人生が終わったあとにどうなるのかは、人間には判りません。
人の道、仏の道、神の道、全てに通じる方は、希有であり、凡人には判りません。
宇宙生命こそ大日如来
(
PRINCOちゃん
)
2009-11-02 09:33:10
>Spockさん
死後の世界は死んだことが無いので誰も分かりません。かつて丹波哲郎だけが知っていた世界です。
私個人的には宇宙生命(愛のコスモゾーン)になると思ってます(^^)
ここからはマジメに、、、
仏教では解脱といって仏になった人間は生まれ変わりません。生まれ変わるのは苦しみの再生という考え方です。
また生死の境ですが、これまでは心肺停止、瞳孔が開くなどが死の定義だったのでしょうが、「脳死」以降どんどんあやふやになっています。生の始まりも同様にあやふやです。堕胎も罪になりません。
ちなみに「死後の世界の質問」にお釈迦様は無言で答えています。
「そんなこと考えているより毎日を精一杯生きなさい」ということだそうで、実際に宇宙人はいるか?とかタイムマシーンは出来るか?などと一緒でみんなが納得する答えは出ないと思います。
鶏と卵どちらが先か?という問いに
一神教は「神が鶏を作りたもうた」と答えるでしょうし、
科学万能の人は「卵が先だ」と言うでしょう。
仏教では因果と縁起なので
卵があったから鶏が生まれた。鶏がいるから卵が産まれた。そこにはさまざまな縁があった。
という答えだと思います。
おっと?
(
Spock
)
2009-11-04 00:17:49
えぇ? そうなんですか? 解脱とは、苦しみ煩悩の多い人生を終えて、次の生へ生まれ変わること、輪廻転生だと勝手に解釈していましたが、そうではない?
人は仏になるべく生前に業を積み、仏になるのが解脱なの? しかし、人の行く先は、極楽浄土か、地獄かで、その先、魂はそのどこかの界に永遠に留まるのだということ?
輪廻転生がないのであれば、そういうことなのだと、これまた勝手に解釈してしまいます・・・そもそも、肉体とは別の魂という存在、現世という世界以外の存在を信じるのならですが・・・。
まぁ、難しい議論は、さておいても、そういう意味では、昼と夜の繋がり、生と死の繋がりは、無限のサイクルか、一度きりのサイクルかでは、どう考えても並列ではないですね。
Unknown
(
PRINCOちゃん
)
2009-11-05 00:07:23
>Spockさん
仏教では生老病死は全て「苦」であって、輪廻とは苦しみを繰り返すということです。二日酔いでもう酒なんか飲まないっ!というのにまた楽しいからと飲んで、二日酔い、、、、ということです。解脱とは輪廻の輪から抜け出すことです。
浄土系の宗派では極楽か地獄に行くことになっておりますが、真言宗では即身成仏なのでこの身このままで仏になれると説かれてます。仏さまのように考え、仏さまのように行動すればハッピーライフということです。
ともあれ、原因があって結果がある、という考えですので、「良い結果を出すために良い種をまいて水をあげましょう」という考え方だと解釈してます。
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>昼と夜は繋がっている。よく活動した人はよく寝る。
>生と死は繋がっている。よく生きた人はよく死ぬ。
昼と夜は繋がっています、朝になって目を覚ますと信じているからです。
でも、生と死は、避けられないものですが、再び復活するかどうか、信じるかどうかは、人それぞれで、この点ははっきり違ってます。
エクスタシー、解脱をどう解釈できるかで、人生は何度でもやり直しが出来ると言いますが、一度きりの人生が終わったあとにどうなるのかは、人間には判りません。
人の道、仏の道、神の道、全てに通じる方は、希有であり、凡人には判りません。
死後の世界は死んだことが無いので誰も分かりません。かつて丹波哲郎だけが知っていた世界です。
私個人的には宇宙生命(愛のコスモゾーン)になると思ってます(^^)
ここからはマジメに、、、
仏教では解脱といって仏になった人間は生まれ変わりません。生まれ変わるのは苦しみの再生という考え方です。
また生死の境ですが、これまでは心肺停止、瞳孔が開くなどが死の定義だったのでしょうが、「脳死」以降どんどんあやふやになっています。生の始まりも同様にあやふやです。堕胎も罪になりません。
ちなみに「死後の世界の質問」にお釈迦様は無言で答えています。
「そんなこと考えているより毎日を精一杯生きなさい」ということだそうで、実際に宇宙人はいるか?とかタイムマシーンは出来るか?などと一緒でみんなが納得する答えは出ないと思います。
鶏と卵どちらが先か?という問いに
一神教は「神が鶏を作りたもうた」と答えるでしょうし、
科学万能の人は「卵が先だ」と言うでしょう。
仏教では因果と縁起なので
卵があったから鶏が生まれた。鶏がいるから卵が産まれた。そこにはさまざまな縁があった。
という答えだと思います。
人は仏になるべく生前に業を積み、仏になるのが解脱なの? しかし、人の行く先は、極楽浄土か、地獄かで、その先、魂はそのどこかの界に永遠に留まるのだということ?
輪廻転生がないのであれば、そういうことなのだと、これまた勝手に解釈してしまいます・・・そもそも、肉体とは別の魂という存在、現世という世界以外の存在を信じるのならですが・・・。
まぁ、難しい議論は、さておいても、そういう意味では、昼と夜の繋がり、生と死の繋がりは、無限のサイクルか、一度きりのサイクルかでは、どう考えても並列ではないですね。
仏教では生老病死は全て「苦」であって、輪廻とは苦しみを繰り返すということです。二日酔いでもう酒なんか飲まないっ!というのにまた楽しいからと飲んで、二日酔い、、、、ということです。解脱とは輪廻の輪から抜け出すことです。
浄土系の宗派では極楽か地獄に行くことになっておりますが、真言宗では即身成仏なのでこの身このままで仏になれると説かれてます。仏さまのように考え、仏さまのように行動すればハッピーライフということです。
ともあれ、原因があって結果がある、という考えですので、「良い結果を出すために良い種をまいて水をあげましょう」という考え方だと解釈してます。