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鰥寡孤独

最近、身の回りには大した変化はない。昨日は、孫娘の一人が、大学2年生で、昨年できなかった「入学式」をしたそうだ。また、妹の孫息子が憧れの高校合格と言うので妹や息子、孫息子ともども我が家を訪問してくれた。また、今日はオリンピック聖火が、豊田市にやって来るとか。沿道での見物は止めて、またテレビで見よう。

そんなことより、週刊誌を読んでいたら、興味深い記事に出会った。私は週刊誌などいちいち買っては読まない。新聞広告欄に面白い記事が出ると、どんな内容かを、インターネットで購入してある「dマガジン」で読むのだ。「週刊朝日」4月8日号に、帯津良一氏(1936年生まれ。東京大学医学部卒。帯津三敬病院名誉院長。)の素晴らしい文章があった。以下そのコピー。
ある学術集会の懇親会で、私と同年輩の方が近づいてきて、こうおっしゃるのです。 「私は実は昨年、妻に先立たれました。いまだにさびしくて仕方がありません。仏壇の前で妻の位牌(いはい)に語りかけながら、晩酌をしている次第です。先生も奥さまを亡くされていますが、孤独のさびしさはどのようにしてまぎらわせていらっしゃいますか」  それに対して私は、 「いやあ、私は女友達も男友達もたくさんいますから、さびしくはないですよ」  と正直に答えました。すると、彼は黙って立ち去ってしまいました。言い方がよくなかったかもしれません。悪いことをしました。  私も亡くなった家内のことを思わないわけではありません。病院の私の部屋には3体の観音像と共に家内の写真を飾っていて、毎朝、延命十句観音経を唱えています。  しかし、だから私が孤独を感じているかというと、そういうことではないのです。  孤独という言葉は儒教の四書のひとつ『孟子』に以下のように出てくることから生まれたのだそうです。 「老いて妻無きを鰥(かん)と曰(い)い、老いて夫無きを寡(か)と曰い、老いて子無きを独(どく)と曰い、幼にして父無きを孤(こ)と曰う。此(こ)の四者は、天下の窮民にして告ぐる無き者なり」  四者を合わせると鰥寡孤独になるのです。この四者は窮民として救済される対象でした。私は鰥(やもお)にあたるので、鰥寡孤独の資格は十分です。
年齢を重ねるにつれて、家内だけでなく、1人、2人と仲間が脱落して少なくなっていきます。しかし、気功の仲間は老若男女、まだたくさんいますし、晩酌の相手にもこと欠きません。新型コロナウイルスの自粛をものともせず、毎晩のように会合の予定を入れています。  本誌で対談したことのある上野千鶴子さんが、最近『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)という本を出して話題になっています。上野さんはこう言います。「ひとり暮らしは『孤立』ではない、ひとりで死んでも『孤独死』ではない」(同書)。だから「在宅ひとり死」ということばを作ったそうです。さすが、上野さんですね。  老いることによって孤独が深まるという考えは間違いです。  少なくなってしまった昔からの仲間は、男にしても女にしても、魂が成熟して味わいを増してきています。特に女性の色気は年とともに深まるのではないでしょうか。つまり、量の不足は質でカバーされるわけです。  さらに死が近くなるにつれ、先に逝った仲間たちが蘇(よみがえ)ってきて、来世で再会する楽しさがひしひしと身に迫ってくるのもいいものです。老いは決して孤独ではないのです


現在世界中で蔓延しているコロナウイルスによる死者は物凄い数に上る。その為に孤独に陥る人も多いだろうと思う。孤独の中で戦い抜いた脚本家橋田壽賀子氏が亡くなった。享年95歳。氏は「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」などテレビでの有名作品を多く手鰍ッて「文化勲章」も受賞している。しかし私は、氏が文件t秋に投稿したりした「安楽死への要望」に注目していた。氏の一文をコピーしておく。

人さまに迷惑をかける前に死にたい。それが私の望みです。 家族がいれば、子どもや孫の成長を見届けたかったり、できるだけ生きていて欲しいと望まれることでしょう。けれども私は、夫に先立たれ、子どもはなく、親しい友人もいない。天涯孤独の身の上です。 仕事は嫌というほどやったし、世界中の行きたい場所へ行きました。もうじゅうぶん生きて、やり残したこともなく、思いを残す相手もいません。 いまはまだ自分で生活できていますが、足腰が立たなくなったらどうしましょう。行きたいところへ行けず、食べたいものを食べられなくなったら。いつの間にか認知症になって、何もわからなくなってしまったら。 食事から下の世話まで人さまの手を借りるなら、そうなる前に死なせてもらいたい。これは、尊厳とプライドの問題です。死ぬときに、痛いのや苦しいのも嫌です。だからいつどうやって死ぬか、自分の意思で決めさせてもらいたい。それには安楽死しかありません。 ヨーロッパのいくつかの国やアメリカのいくつかの州では、安楽死が合法です。だから日本でも認めてもらって、わざわざ外国へ行かなくてすむようになれば助かります。こんな願いは私だけだろうと思いながら『文藝春秋』(2016年12月号)に「私は安楽死で逝きたい」を寄稿したところ、読者の方々から賛同の声がたくさん寄せられました。「私も安楽死に賛成です」「頑張って、法制化の旗振り役になってください」と、声をかけられる機会も増えました。 そんな大それたことはできませんけど、私と同じように考える人は思いのほか多いようです。そんな人たちが、安楽死という死に方をごく当たり前に選べるようになればいいな、と思います。ある程度の年齢になったら、「そろそろ、おさらばさせて下さい」と申し出る権利があっていいのではないですか?

しかし氏は、結局、「安楽死」はかなわず、2月下旬から急性リンパ腫の治療で東京の病院に入院。3月からは自宅のある静岡県熱海市の病院で治療を続けていたという。4月4日に自宅で息を引き取ったと伝えている。泉ピン子さんらが臨終を見とったそうだから、孤独死ではなかったのが救いだ。

コメント一覧

shuttle
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わいわいさん

コロナに罹って、死んでいく人が毎日かなり出ています。死はすぐ隣にあると言う感じです。私たちの年齢ともなれば、死への覚悟はあって当然でしょう。幸い私たちは孤独から縁のない人生を送れて幸せでした。以て瞑すべきでしょうね。
わいわい
お蔭で「鰥寡孤独」という四字熟語に初めて出会うことができ、ひとつ賢くなったような
気になりました。帯津氏の「老いは決して孤独ではない」との言葉に同感できる現在の
自分は幸せと、感謝している次第です。橋田氏の最後が孤独死でなくて、本当に良かった
と思います。私は「尊厳死宣言書」に署名してありますが、日本における「安楽死」法制化
に賛成する者の一人でもあります。
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