【12】
平成10年結婚。ぼくは実家を出て今のマンションに移る。
そこに移ってから2年間ほど、頭痛に悩まされる。前の家で色々な気配に悩まされていたぼくは、てっきりその気配の主を新しい家に連れてきたのかと思っていた。しかしそれは違っていた。ある本に、『新築の家やマンションの多くは、ホルムアルデヒドを含んだ接着剤を使っている』と書いてあった。それが原因で、頭痛や目がチカチカすることがあるということだ。それがわかってからおよそ半年の間、わが家は休みの日には窓を全開するようになった。
ホルムアルデヒド騒ぎが一段落した頃から、ぼくの体はまたしても宙に浮くようになった。その力はアップしていて、自由に動けるようになったのだ。最初は玄関まで歩いて行った。回を追うにつれて更に力が増しているように思い、ドアに手を差し込んでみた。やはりそうだった。手はドアを突き抜けて、体ごと外に出てしまった。
「もしかしたら」
と思い、そこ(マンションの6階)から飛んでみようとした。が、もしこれが霊のしわざだとしたら怖いので、やめておいた。
とはいえ、出来るかも知れないことをしないのはもったいない。ということで、ドアを突抜けられるようになって何度目かに、それを実行してみた。
「おお!」
ちゃんと飛べるじゃないか。目の下にぼくの車がある。隣の病院の屋根がある。コンビニの上を越えた。
しかし、ちょっと変だ。確かにその位置にその建物があるのだが、微妙に風景が違うのだ。
「これはいったいどういうことなんだろう」
と思った瞬間、ぼくは布団の中に戻っていた。夢を見ていたのかとも思ったが、夢を見ている時の少しぼやけた感覚とは違って、意識がハッキリしているのだ。
それから毎晩のようにぼくは空を飛んだ。しかし風景は相変らず違っている。うちの前のマンションに向って行った時、煌々と灯りがついている一室が見えた。ところがそこは、そのマンションにはないはずのジムなのだ。しかも真夜中なのに、そこで何人もの人がトレーニングしている。さらにマンションがえらく高層の建物になっていた。そう、すべてが現実の姿とは違っているのだ。
「もしかしてこれは、自分の想像なのかもな。そんなくだらんことに寝る時間を費やしたくない」
とぼくは思うようになった。
さらに空を飛んだ後は、すごく疲れる。その疲れは朝になっても取れず、そのせいで通勤時に事故に遭いそうになるし、仕事上でミスを連発するし、だんだんぼくは飛ぶことに嫌気が差してきたのだった。
そこでぼくは空を飛ぶことをやめることにした。そう決めてからしばらくの間、肉体から離脱しそうになったこともあったが、自分の意志でそれを止めた。おかげでだんだん離脱現象はなくなっていった。現在はまったく空を飛んでない。