吹く風ネット

スカウトマン

 20代の頃、就職難でなかなか職が決まらず、足繁く職安に通っていた時期がある。
 その頃のこと、二度ほどスカウトマンに声をかけられたことがある。
 最初の人は笑顔で「いい仕事見つかりましたか?」などと言って近づいてきた。ぼくは無愛想に「いいえ」と答えた。

「今は不景気だからねえ」
「そうみたいですね」
「ところで君は営業とか興味ない?」
「営業ですか?」
「営業と言ったって、別に難しいことをするわけじゃないんよ」
「何をするんですか?」
「カタログ持って、一軒一軒家を回るだけ」
「売らんといけんのでしょ?」
「いや、別に君が買ってくれと言う必要はない。君は主婦ウケする顔をしているから、カタログ持って行くだけで、あちらから売ってくれと言うと思うよ」
「何のカタログを持っていくんですか?」
「ミシン」
「いや、いいです」
「君ならいいセールスマンになれると思うんだがなあ…」
そう言い残して、彼はどこかへ行った。

 ぼくが職安から出ようとした時、ロビーから例のスカウトマンの声が聞こえてきた。他の人に声をかけているようだった。彼に気づかれないように近づき、それとなく聞いてみると、
「…君は主婦ウケする顔をしているから…」
 と、ぼくに言ったことと同じことを言っていた。彼の目には、他人の顔はすべて主婦ウケする顔に映ったのだろう。

 もう一人のスカウトマンは、えらく体のがっしりした人だった。その人は遠くからぼくをじっと見ていた。ぼくがその視線に気づくと、彼は近寄ってきた。

「君はいい体してるねえ。何かやってるの?」
「高校時代に、柔道をやっていましたけど」
「柔道か、それは頼もしいねえ。実はね、君にピッタリの仕事があるんだよ」
「何ですか?」
「自衛隊」
 当時のぼくは自衛隊に対していい印象を持っていなかったので断ったが、今なら行っていたかもしれない。

 こういうスカウトマンは、今でもいるのだろうか?
 十数年前、失業中にハローワークに通ったことがあるのだが、そういう人にはお目にかからなかった。既に白髪頭だ
ったから、近寄ってこなかっただけかもしれない。

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