Kereta dan Kucing

・・・猫と懐かしい列車に出会う旅・・・

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一畑電鉄デハ60 現役時代の記憶

2013-12-03 01:20:01 | 中小私鉄
先日ラストラン(廃車回送?)の記事を掲載させて頂いた一畑電鉄デハ60ですが、確か現役時代にも撮っていた
筈だと思い、古いポジを漁ってみたのですが、デハ20やデハニ50は何コマも撮っているのに、デハ60を撮ったコマ
は以外と見つからず、辛うじて撮っていたのは、既に休車となり川跡の留置線に押し込められた後の姿でした。

そんな中、唯一見つかった走行シーンがこちら。デハ20のついでに撮った急行列車の先頭にデハ60の姿が!!

後方にはデハ60と同型だったデハ90が連結され、全て元西武551系だけで3連に組成された豪華な編成でした。

しかし当時は在来型旧型車を撮るのがメインだった為、この手の元西武車はマトモに撮っておらず、こんな見事な
編成だったにも関わらず折り返しの運用すら撮っていないのが、今となっては悔やまれます。

松江温泉駅に停車中のデハ90形。この当時京王5000系を改造した2100系ワンマン車が既に入線しており、日中
運用の殆どはワンマン車が充当され、お目当ての在来車(デハ20)の運用は朝・夕のみの限定運用でした。

西武車に関しては日中の運用もあった記憶があるので、自分ではもう少し撮っていたような気がしたのですが・・・。
まあ当時は総武流山電鉄に行けば”あかぎ号・なの花号”が毎日走っていましたし、わざわざ松江に来てまで元西武
551系を撮らなかったのかも知れません。

私が初めて一畑電鉄に訪問した1996年当時の松江温泉(現松江しんじ湖温泉)駅。

まだ昭和初期に建てられた古い駅舎が健在で、駅舎内には雑貨屋のような売店や木製ラッチが残るなど、古い映画
のワンシーンのような、趣きある終着駅だったのを思い出します。
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一畑電鉄デハ60最後の怪走??その②

2013-11-30 23:52:40 | 中小私鉄
一畑電鉄で比較的有名な撮影地である大寺駅に到着するも、天気の影響か?付近で撮ってる人も疎らな様子です。
隣に居たファンの方と「デハ60、あの状態で本当に動けるのですかね~?」といった話をしていたところ、出雲市方面
からパンタグラフをスパークさせながらデハ60が近づいて来ました。まさか本当に自力で走行して来るとは・・・!?

やがて、ゆっくりとした速度で大寺駅を通過。悪天候でもこの速度なら問題無く撮影出来ます。

大寺駅通過後、ゆっくり近づいて来るデハ60。呆気に取られつつも必死にシャッターを切りますが、スピードが遅い
為、思った以上にコマ数を切れてしまいました(笑)

デハ60の特徴といえば、やはり一粒で2度美味しい前面ですね。こちらはデハ551オリジナルの前面。

一方、こちらはクハ1651から移設した前面。551系と601系を同時に味わえるこの車両、西武赤電カラーを纏った
姿を一度で良いから見てみたかったです。

目の前を通り過ぎた後、少し加速しながらイベント会場となる雲州平田駅へ。もしかしたら、私達撮影者の為に
運転手さんがわざわざ徐行してくれていたのかも知れませんね。

後続の電車で雲州平田駅に向かうと、一畑電鉄の現役車両勢揃いでデハ60との撮影会が開催されました。

西武時代から引き継いで使われた小さな急行板まで登場です。そういえば朝の急行はデハ60とデハ80・90が3連を
組み使用され、軽快な釣り掛け音を轟かせながら走っていました。

車内も公開されていたので入れて頂くと、草臥れた外観とは裏腹に丁寧に整備されていて驚きました。

社員の方のお話によると、他車に故障が発生した場合何時でも運用に就ける状態を維持してきたそうで、車体こそ
経年劣化が進んでいましたが、車内や床下機器などは入念な手入れが施されていた様子です。

撮影会も終盤になり、持参した「快速急行」のサボを付けて頂けないか?スタッフの方にお願いしたところ、快く応じ
て頂き、更に「雲州平田」に改名され消滅した「平田市」の行き先まで掲出して下さいました(笑)

撮影会終了後は車内で部品のオークションが開催され、落札された行先表示器や社紋などが、その場で次々と取り
外され、イベント終了時には何とも寂しい姿になってしまったのを思い出します。
そして数日後には早くも解体が開始されてしまったとの事でしたが、どちらかの前面の一部をファンの方が買い取り、
西武沿線に里帰りしたとの噂を最近聞きました。とっくにスクラップになってしまったかと思われたデハ60が一部だけ
とはいえ里帰りしていたとは嬉しい限り!!どんな状態かは不明ですが、末永く保存される事を願うばかりです。


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一畑電鉄デハ60最後の怪走??

2013-11-29 23:56:07 | 中小私鉄
2006年の秋、鉄道の日に関連したイベントで、唯一の釣り掛け車として在籍していた一畑電鉄のデハ60型が引退
するのを記念してイベントが行われる!!との情報を聞き、往復夜行の2泊1日で一畑電鉄に訪問した事がありました。

一畑電鉄に訪問するのは10年ぶりだったのですが、川跡駅は何も変わっていなくてホッとしたのを思い出します。

運転されるのは午後だったので、いつもデハ60が留置されている川跡駅の側線に行って見たところ。

お目当てのデハ60はモーターカーと共に定位置で留置中で、動く気配すら有りません。

近くに寄って細部を観察してみると、予想していたよりも経年劣化が激しい様子。

イベントリリースに「老朽化の為、乗車は出来ない」と書いてあったのも妙に納得です。

雨トイをはじめ車体の各部に錆びが浮き、本当に走れるのか疑心暗鬼になってきました。

西武551系最後の生き残りだった同車だけに、綺麗な姿でのラストランを期待していたのですが・・・。

ひょっとしてラストランというのは、モーターカーに牽引された廃車回送になるのでは!!と思いつつも、10年前
の訪問時にお気に入りだった撮影地、大寺駅へと向かう事にしました。

やがて午前中は晴れていた空も、急に暗雲が漂い始め・・・・・。


つづく。
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真岡鉄道・真岡駅の保存車両 その③

2013-10-27 23:56:18 | 中小私鉄
鉄道公園として整備された真岡鉄道・真岡駅構内ですが、キハ20の後ろには貨車がズラリと並べられ展示されて
おります。まずはヨ8000、8016号車、こちらも美しく整備されていました。

少数ながら未だ現役のヨ8000、大物車が動く時に連結される程度で、滅多に見かけなくなりましたね。

続いて怪しげな木造無蓋車が連結されていたのですが、標記を見てビックリ!!何と一畑電鉄のト60でした。

デハニと共に工臨で活躍したこの車両、一体いつの間に真岡に来たのやら・・・。

その後ろには、またまた見覚えのある木造有蓋車が!!新潟の蒲原鉄道からやって来たワ12でした。

1999年の蒲原鉄道廃止時、村松の駅で見て以来の再会に感慨もひとしおです。

編成のしんがりを務めていたワフ!!これは何処の私鉄から来たのだろうか?と疑問に思ったのですが、

案内によると鷹取工場製の国鉄ワフ16形で、水島臨海鉄道にて保管されていた車両だとか!!

整備された貨車達が展示されている一方で、西側の側線には未整備の貨車達の姿も・・・・。

下回り付きで現存するのは希少なヨ5000!!何時の日か”たから号”カラーへの復元を期待したいです。

ヨ5000の隣には、これまた希少なワフ29700も展示されていました。

機関車に比べ地味な存在な貨車までも、きちんと保存し展示している真岡鉄道には頭が下がりますね。
構内だけでも良いので、これら貨車とSLを連結したシーンを是非一度見てみたいものです。
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真岡鉄道・真岡駅の保存車両 その②

2013-10-16 23:57:04 | 中小私鉄
SLのカタチをした真岡駅の駅本屋から少し進むと、構内の一部を利用した保存車展示スペースが設置されており、
こちらには綺麗に整備されたキハ20-247をはじめ様々な車両が保存されておりました。

タラコ色が眩しいキハ20-247、もう1両のキハ20-213は是非とも一般色に復元して欲しいところですね。

キハ20-247は車内も公開されており、窓側に枕が付いた、あの懐かしい椅子に座って休憩する事も可能です。

いざ車内に入ると、この系列の車両に乗り様々なローカル線を旅した想い出が蘇ってきました。

続いて今年の4月にオープンしたばかりのSLキューロク館へ。お目当ては9600では無くこの車両。
船の科学館に係留されていた羊諦丸の船内で見て以来の再会となりました。

羊諦丸と共に解体されると思っていただけに、真岡鉄道へのお輿入れが決まった時は本当に嬉しかったです。

2重窓もそのままに展示されるスハフ44-25、常磐線のサボも似合いますね。

しかし一方で床下を見たところ、冷房用ダクトの配管が増設されていたので、走行する事は事実上不可能に・・・。

当初、車内を喫茶店に大改造するとの事でしたが、実際は建物内に売店を設置し車内はオリジナルのまま飲食スペ
ースとして活用する方針になったようですので、最低限の設備として冷房の増設は致し方ないところですね。

何時の日か、スハフ44の後部にキハ20が連結されたSL列車の旅!!なんて出来たら最高なのですが・・・。
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真岡鉄道・真岡駅の保存車両

2013-10-11 23:50:27 | 中小私鉄
先週末は、台湾でいつもお世話になっている友人達が来日したため、蒸気機関車好きの友人達と共に、真岡鉄道
に訪問してみました。前回訪問したのはSLが運転された直後の1995年だったので、約18年ぶりの訪問となります。

下館駅に到着するとやって来たSL回送列車。個人的にはSLよりグレーHゴムのDE10に注目です(笑)

その後、先回りしてSL列車を撮影する事に!!台湾のSLは頻繁に撮っていますが、日本の蒸気は実に久しぶり(笑)。
すっかり秋めいて来た情景を走るSLの姿を見ると、四季のある日本の素晴らしさを改めて実感しました。

C12といえば台湾のみならず、戦時中に供出された車両がインドネシア国鉄にも在籍し、80年代頃まで現役だった
そうで、廃車後せめて形だけでもジャワ島の何処かに残っていないか?と探しているのですが、見つかりません。

SL撮影後は、鉄道公園も併設されたSL形駅舎が特徴的な真岡駅へ行く事にします。

真岡駅というと、併設された迷彩色の機関庫が印象的でしたが、すっかり近代的に変わってしまいましたね。

前回訪問した際、構内には様々な車両が留置されていましたが、撮影出来なかったので今回改めて撮影する事に。

まずはかつての国鉄・真岡線の主だったキハ20-213。車内は倉庫として活用されているようで、再塗装され塗装
こそ綺麗なものの、ガラスが一部割れたりHゴムが塗り潰されていたりと、少々残念な状態です。

続いてDE10-95、これも前回訪問時に留置中だった気がしますが、近年再塗装されたようで比較的綺麗でした。

元神奈川臨海鉄道のDD55が何らかのカタチで残っているかな?と淡い期待をしたのですが、当然有る筈もなく(涙)

そして、跨線橋を渡り反対側に行くと、最初に目に付いたのは不思議な色をしたDE10??

この車両、JRからダイレクトに譲渡されたかと思いきや、JR四国から関西フレートサービスを経由して譲渡されて
来たとの事で、色こそ違えど塗り分けは関西フレートサービス時代のものを踏襲したとの事でした。

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流鉄”なの花”号にお名残り乗車!! 

2013-04-30 23:53:09 | 中小私鉄
一昨日をもって引退してしまった流鉄こと総武流山電鉄”なの花号”ですが、最終日は西武時代の”奥武蔵”を
彷彿とさせるマークが付いたそうで、西武引退前のイベントで401系と手を組んで最後に秩父線に入線した701系
757Fらしい見事な幕引きとなりましたね。私は最終日には別の用事が有ったので行けませんでしたが、その前
に久しぶりに流山線沿いを散策がてら”なの花号”にお名残り乗車をして参りました。

常磐線新松戸で下車し、まずは幸谷から小金城趾へと歩きながら畑と絡め一コマ。すっかり宅地化が進んだ流鉄
沿線ですが、幸谷~小金城趾間だけは第4種踏切が残るなど、昔とさほど変わらない長閑な風景が見られます。

小金城趾駅に到着後は、馬橋から流山線に沿って流れる新坂川を入れてみました。

いつも川べりに浮かんでいるカルガモを一緒に入れたかったのですが、この日に限って1羽も居ません(泣)

続いて鰭ヶ崎駅を過ぎた先にある、定番のポイントで”なの花”を待ちます。撮影スポットの少ない沿線で雑木林
をバックに撮れる所は、昔からこの場所くらいしか有りませんでしたね。

改めて良く見ると、電連のカバーが西武時代のイメージした黄色になっているのに加え、流山方の先頭車のみ、
窓上部に張られたスモークフィルムが綺麗に剥がされています。

鰭ヶ崎から平和台まで歩く途中、更に増えた沿線の住宅に驚きつつも、撮りながら歩いている内に流山に到着。

この駅舎と改札口だけは私が小学生の頃から全く変わっておらず、何時訪れてもホッとさせられますね。

そして折り返し馬橋行きの”なの花号”に最後の乗車!451系や551系と同じ色の化粧板もこれで見納めに・・。

久しぶりに乗車しましたが、2Mならではのパワフルな加速に加えワイルドな乗り心地は相変わらず健在でした。
そういえば初めて101系”流星”が入線した時、エアサスの乗り心地の良さを改めて実感したのを思い出します。

流鉄では聞けなくなるAK-3のサウンドを堪能しつつも、あっという間に馬橋に到着。変わらない流山とは対照的に
すっかり変わってしまった馬橋駅。バックに建った駅ビルは何時見ても違和感が有ります。

最後は常磐緩行線のホームから常磐線との並びを狙いますが、残念ながらE531系しか来ませんでした。

西武時代から思い入れの有る2000系”なの花号”の引退はとても残念ですが、後輩の801系や旧101系よりも長く
活躍し、流山最後の西武旧顔車になるとは夢にも思いませんでしたね。本当に長い間お疲れさまでした。
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鉄道コレ17弾発売!!旧型車が健在だった頃の琴電

2013-04-26 23:58:25 | 中小私鉄
本日より鉄道コレクション第17弾が発売となりましたが、今回は上田交通・箱根登山・庄内交通・京福福井・琴電
と久しぶりに地方私鉄の小型電車が充実していて圧巻でしたね。中でも琴電の旧型車は1000形・3000形の2形式
が製品化され、シークレットには3000形の345号が選ばれるなど琴電ファンとしては大喜びです。

2003年に行われた仏生山工場公開の際に並べられた300号と120号、この時300号は復元されたばかりでした。
10年後、まさかNゲージのプラ完成品で模型化されるとは!!夢にも思いませんでしたね(笑)

有名撮影地、塩屋~房前間を行く3000形335号、シークレットとなった345号の写真を探したのですが、ポジのまま
で紙焼きすらしていなかったので、機会をみてスキャンしたいと思います。

1997年夏に撮影したカットで、丁度琴平線に1100形が入線する直前でした。

最後は1998年3月、いよいよ長尾・志度線への冷房車導入も決まり、置換え寸前の時期に撮ったカットです。

山形交通からやって来た870と玉野市営から来た750のコンビ!!コレが製品化されれば大喜びなのですが・!!

旧型車が営業列車から引退して以来、すっかりご無沙汰してまっている琴電ですが、今年こそはうどん屋さん巡り
も兼ね久しぶりに訪問してみたいですね。
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惜別!!総武流山電鉄”なの花”号 

2013-02-03 23:52:29 | 中小私鉄
昨年夏、”青空”号が引退したばかりの流鉄流山線でしたが、今度は”なの花”号までも引退するという大変
残念なニュースが入って来ました。これで流山線に在籍する元西武701・801系列は全滅に・・・・。

”青空”亡き後、次は”なの花”の番ではないか?と、思ってはいましたが・・・
予想以上に早くその日が訪れてしまいましたね。

”なの花”号の魅力といえば、やはり西武時代を思わせるイエローのボディです。

種車となった701系757Fは、西武時代に快速急行・秩父行きのイベント運用に充当された編成でも有りました。

今となっては過去の情景となった、在りし日の馬橋駅。

この数年後、バックに駅ビルが建とうとは思いも寄りませんでしたね。

まだ入線から間もない頃の”なの花”号(1998年撮影)。

この当時はATSのプロテクターが取付けられておらず、行き先も幕のままでした。

でも初代”なの花”が活躍したのが1984年~1997年でしたので、初代より2代目”なの花”の方が長く活躍した
事になりますね。果たして”なの花”の名前は、無事3代目に踏襲されるのでしょうか(1985年撮影)??

引退する4月28日までは、少し時間が有りますので、久しぶりに撮影がてら沿線を散策してみたいと思います。
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総武流山電鉄・釣り掛け車引退の頃・・・・

2012-07-08 23:41:35 | 中小私鉄
いよいよ引退を1週間後に控えた「青空」号ですが、流鉄では以前より引退する車両に対し、ささやかな
装飾を施し送り出すのが通例でした。しかし引退時期に関しては、現在のように事前に告知される事は
無く、初代「なの花」や「流馬」が平日の運用を最後に、突如引退し焦ったのを思い出します。

1999年2月に引退した「流星」号、この時は西武から101系が譲渡されるとの情報が入り「流星」か「若葉」
がのどちらかが廃車となるのは確実でした。でもボロボロだった「若葉」より状態の良かった「流星」が先に
廃車になると聞き、当時は驚きましたね。

引退前日に「さよなら」の文字が車体に入り、翌朝のラッシュ時運用を最後に引退となりました。

続いて1999年6月に引退した「若葉」号、こちらは1200系最後の編成とあって、西武時代のカラーリング
をモチーフにした、前後で異なるデザインのヘッドマークも製作されました。

3連釣り掛け車の中で最後まで残った「若葉」号の晩年は、何故か前面しか塗装が補修されず、側面の
塗装は退色が著しいままで、まさに満身創痍といった状態だったのを思い出します。

そして2001年5月、最後の釣り掛け車「あかぎ」号の引退の日、この時は事前告知が行われ、流山駅で
撮影会も開催されましたので、多くのファンで賑わいました。

でも今までの引退とは異なり、この「あかぎ」号の代替新車の入線は無く、今思うと、この頃からTX開業
に備えた合理化の一環として、保有車両の減車が開始されていたのかも知れませんね。

その後、2000系2代目「流馬」号の引退までは撮りに行きましたが、あまりの人の多さに甲醒めしてしまい、
以後の2000系「明星」3000系「流星」「若葉」の引退イベントは結局行かず仕舞いです。

来週は「青空」号も趣向を凝らしたヘッドマークを付けて貰い、沢山の人達に見送られて行くのでしょうね。
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