空が灰色だから4巻の感想を書こう

2013-01-15 22:47:30 | レビュー・感想文

阿部共実さんの『空が灰色だから』の4巻が発売となりましたね。
前巻が重めの話が多かったから、という反動ではないとは思いますが、
今回は比較的明るめの話が多くなっていました。

そうは言っても、この漫画特有の、
何というか「ざわつき感」みたいなものは相変わらず健在なので、
なかなかに楽しめる趣向となっています。
もしかしたら、これからこのシリーズを読もうという人は、
1巻よりも4巻からの方がいいかもしれません。



と、普段どおり軽く紹介だけして終わろうと思っていたのですが、
この4巻に関しては、いろいろと心に残りすぎた話が二篇あったので、
それについて少し書き綴りたいと思います。

ネタバレが思いっきり含まれているので、
これから読もうという人はご注意を。

____________________________________________________________________________________________________________



第40話『マシンガン娘のゆううつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつ』

下校途中の女子高生三人。
次から次へと矢継ぎ早に喋り捲る乙香と、
おっとりのんびりとした調子で話す牛島、
そんなマイペース過ぎる二人に終始巻き込まれるアスカ。
とりわけ乙香は、あまりにも正論すぎて痛い言葉をアスカにぶつけ続けるが、
いざ一人になったときに、孤独な苦悩の時間が始まるのであった。



サブタイトルの文字数はちゃんと数えました(35文字)。
『空灰』で女子三人組が登場する話は、
身内でだべって終わるのが定番だったのですが、
それを覆してしまった意欲作です。

まぁ、劇中で乙香が感じていることは、
それなりに他人と付き合いつつ生きている人からしてみれば、
多かれ少なかれ日常的なものなんだと思います。

ついつい喋りすぎてしまった。
勢いあまって失礼なことを言ってしまった。
でも、黙っていると気まずい。
それどころか、嫌なことばかり考えてしまう。
だから喋らないといけない。
そしてまた傷つく。



前半部分を読んでいると、もうちょっと考えて話せよ、とも思います。
言っていることは正しいかもしれないが、
もっと言い方を選んだ方がいいだろうと。

しかし乙香も、まるっきし考えていないわけではありません。
それどころか、自分に対してのレスポンスを事細かに思い出し、
そしてまだ傷ついてしまいます。



   なんで私は上手く喋れないんだろう
   もう少し上手く喋れたら
   誰も不快にせず傷つけずにすむのに




友人にしてみれば、そこまで深く考えて喋った言葉ではないのです。
向こうがあまりにも厳しいことを言ってきたものだから、
こちらとしてもやや激しい口調で返した、
それだけのことです。
アスカも牛島も、まさか乙香がここまで思い悩んでいるとは
予想もしていないでしょう。

一人きりになった乙香は、
「黒い黒い血が詰まった」状態になってしまい、
好意を寄せていた男子から何の反応も無かったこと、
家族に放ってしまった暴言や、
中学時代に起きた嫌なことまでをも思い出し、
そしてまた傷ついてしまいます。



   私はこれからも
   この倦怠感を背負いながら
   何十年と生きていけるんだろうか




ラストでは、何事も無かったかのように
再び仲良し三人組の光景が繰り広げられますが、
その前ページまでの半端ない絶望ぶりを観た後では、
ただ心苦しいだけです。



   歌っていると
   嫌なこと忘れられるし
   何も考えなくていいもんね!




言ってみれば、ただの「考えすぎ」「自意識過剰」で済む問題ですが、
でも、実際はそれだけで済むわけではない。
おそらく、乙香の独白に共感してしまう人は少なからず居て、
そういった人たちが、『空灰』の熱心な読者になるんだと思います。
無論、私も含めて、です。

奇しくも、4巻の表紙は「マシンガンを構えている乙香」でした。
この作品は、いわば「読者に対する言葉による一斉掃射」なのかもしれません。



しかし。
この作品に唯一救いがあるとすれば。

乙香には、それでも一緒に遊んでくれる友人が居るわけで。
そしてアスカも、もしかしたら牛島さんも、
同じような苦悩をかかえているかもしれないわけで。
(3巻第29話『少女の異常な普通』の大垣内さんのように、
 内面は不満吐きまくりなのかもしれませんが‥‥)

そういった人たちの集合体によって、この世の中は構成されている。
そりゃあ、「苦しいのはお前だけじゃない」と言葉でだけ言われても、
何の救いにもなりませんが。

私みたいな、ちょっとした人間関係ですぐ悩み苦しむような人間が、
『空灰』で展開される後味最悪な話を「嫌だ嫌だ」と言いながらも読んでしまうのは、
そこにいくらかの「癒し」みたいなものを感じるからなのかもしれません。



あと、舌出しながら謝る乙香は、
普通に可愛いと思います。

____________________________________________________________________________________________________________



第46話『初めましてさようなら』

ある中学校で、三年前に自殺した生徒がいた。
現在でも、夜になるとその生徒の幽霊が現れるという。
そんな夜の中学校で、服毒自殺を図ろうと屋上へ昇った少女は、
噂どおりに幽霊と出会ってしまう‥‥。



阿部共実さんの漫画で、「自殺志願者と自殺した幽霊との交流」というと、
WEBで公開している『メゾンドジサツ』を真っ先に思い出してしまうわけで。
ある意味、それを練り直した感じのする短編ですね。

それにしても、このラストは‥‥。
その直前、磯部っちょがエールを贈る場面では、何度読み返しても涙腺が緩むのですが、
最後の1ページで、その涙が行き場を失います。

読み終わってから、扉のカラーページを見ると、
またなんとも言えない感覚になったり。



単純に考えれば、「仲間ができたよ!やったね!」とも
思える終わり方ではあります。
冒頭の磯部っちょも「一人は辛いよ」と語っていますし、
宮もっちゃんから「ひとりぼっちじゃないね」と言われたときに、
一瞬嬉しそうな表情を浮かべますし。

周りの人間とうまくやっていけなくて自殺した二人にとっては、
とりあえずの苦しみからは逃れられたともいえます。



でも、

磯部っちょは言います。
「自殺はあとが辛いぞ」「後悔でたくさんの毎日だよ」と。
もし、仮に地縛霊なんぞにならなかったとしても、
家族の抱える悲しみは変わらないわけです。

磯部っちょのご家族は、毎月花を添えに学校を訪れます。
宮もっちゃんのご家族だって、毎月かどうかはわかりませんが、
それでも定期的に訪れるかもしれない。
(おかげで、両親離婚の危機は免れるかもしれませんが。
 だとしたら、あまりにも皮肉な話です)

家族が花を手向け、祈りを捧げていても、
こちらの姿は何も見えない。声も届かない。

なんで死んだ自分のために、そこまでするのだろうか。
もう来なくていい。
思い出さなくてもいい。
これ以上、悲しい思いをさせたくないし、したくもない。
なぜ自分は、自殺なんかしてしまったのだろう。

そして、
そんな様子を、もう一人も、ただ見ているしかできない。
あまりにも、怖すぎて悲すぎる光景です。



生きていても辛いし、死んでも辛い。
でも、どちらにもまた救いはある。
でも、自分が死んでしまったら、身近な人を傷つけてしまう。
クラスメート達は頭の切り替えが早くても、
家族にしてみれば、そうはいかないのです。

苦しみながら生きるというのは、そういうこと。
自ら死を選ぶとは、そういうこと。
そんな重いテーマを、この作家は、
甘い甘いオブラートで何重にも包んで読者の口へ放り込みます。

キャラの可愛らしさや、会話のテンポの面白さを味わっていると、
ふとした瞬間に耐え切れないほどの苦さを味わうことになるのです。
意を決して飲み込んだとしても、もう遅く。
口に残った苦さと、胃の中から湧き上がるえぐみを味わうしかありません。



私自身、肉親を失うことの苦しみや悲しみは実感してきましたし、
もしそれが自殺だったらと思うと、理性を保っていられる自信はありません。

なぜ自殺をしたらいけないのか? と問いかけられたところで、
私にはそれに対する回答はありません。
いや、そもそも自殺がいけないことなのかも、私にはわかりません。
「周りの人間を傷つけるからだ」などという決まりきった言葉には、
何の説得力もありませんが、
それこそがただ唯一の理由なのかもしれません。

その一方で、ふとした瞬間に「ああ、死にたいな」と思うこともある。
それこそ、死ぬ気もないのに「死にたい死にたい」と呟く璃瑚奈のように。
もしかしたら将来、一線を越えてしまう可能性だってあるわけです。



それでも。
そういった中で生き続けているのが、今の「日常」なわけで。
そんな自分の生き方に、少しだけ新たな視点、考え方を、
この物語は与えてくれたような気がしました。

もちろんそれで、「よーし、これからはもう死にたいなんて言わないぞ!」などと
前向きになれるわけではありませんが。
でもまぁ、わざわざ前向きになんかならなくても生きてはいけますからね。

____________________________________________________________________________________________________________



ちなみに、今回はわりと心がモヤモヤする二篇を取り上げましたが、
4巻にはストレートに落ち込む話も、
ただひたすら笑える話も、
なんだかよくわからないけどなんかすごい気がする話も、
いろいろと揃っています。

この作家はどこまで行ってしまうのでしょうか。
私にはただ見届けるしかありませんが、
この人と同じ時代・同じ国に生まれて、
新作を読み続けることができるというのは、
ほんの僅かですが「生まれてきて、よかったかも」と思うわけです。

もちろんその背後には、絶望やら虚無やらが蠢いている状態でもあるのですが。
本当に、なんと言ったらいいのでしょうかね、この感覚。



今日はこんなところで。裄紘でした。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿