ホラー映画の世界へようこそ

ホラー映画をこよなく愛する阿部ピロシのコラム。あなたの知らなかったホラーがここにある・・・。

第16回『鎮魂ホラー:ジェイコブズ・ラダー』

2005-02-23 22:42:22 | Weblog

(今回は完全にネタバレです!)

ご紹介するのは『ジェイコブズ・ラダー』(1990)。
この作品、「わけわからん」と嫌う方もいらっしゃるでしょう。
それでも僕はこの作品を推します。
「死」に向き合った、真摯な作品だからです。
説明するのが非常に難しい作品ですが、早速参ります。

ベトナム戦争のただ中――
主人公:ジェイコブらの部隊が、ジャングルで休息を取っている中、
突如として銃撃戦が始まる。
飛散する血しぶき、切断される手足…
ジェイコブは腹部を銃剣で切り裂かれる。

時は経ち、現代――
ジェイコブは郵便局員として働いている。
前妻とは別れ、同僚のジェジーとボロアパートで同棲中。
ジェイコブは近頃、奇妙な幻覚を見る。
ベトナムの光景…「フラッシュバック」だ。

しかしそれだけではない。
説明の付かない不気味な幻覚が、
次第に激しく、頻繁に彼の日常を侵していく。
これは一体どういうことだ?
俺は一体どうなってしまうんだ!?

…と、こんな感じで話は進んでいきます。
この作品、何が凄いのかというと、
ジェイコブの見る凄まじいまでの幻覚のシーンです。
幻覚シーンに比重がかかりすぎているため、
物語展開は完全に不条理なものになっています。
(一応これには理由があるのですが…後述)

地下鉄で横になって眠りこけている男の下半身から覗く、
巨大な生殖器を思わせる突起。
急にジェイコブを襲った車に乗っている、
ゾンビとものっぺらぼうともつかない異形の人間。
ホームパーティーの会場で、
ジェジーをレイプし、ズタズタにするおぞましい怪物…

地下鉄の駅は何故か施錠されていて地上に出ることができず、
行きつけの精神病院(フラッシュバックの治療のため)に行っても、
主治医の存在も、自分の診療記録も抹消されています。
看護婦の頭には腫瘍のような、醜い角が生えているし、
同じような幻覚に苦しむ部隊の友人は、
何の脈絡もなく車の中で爆死してしまいます。

こう書いてしまうと殆どギャグみたいですが、
全編を流れる空気は大真面目、そして絶望的です。

中盤、高熱を出したジェイコブは、只でさえ寒気が酷いのに、
医者の指示で氷水の風呂に漬けられます。
暴れるジェイコブ。取り押さえにかかるアパートの住人。
こんなのが現実なわけがあるか!これは夢に決まってる!

――と思った途端、ジェイコブはベッドで目覚めます。
傍らで寝息を立てる、別れたはずの妻。
そして隣の部屋には子供達。さらには幼くして死んだはずの末っ子。
夫婦の会話、親子の会話。全て何の違和感もなく進みます。
…今までのは全部悪夢か!よかった幸せで――

――と思った途端、彼は再び氷水風呂の中で目覚めます。
アパートの風呂の天井、心配そうに見守るジェジー。
ホッとした表情の医者、そしてフラッシュバック。
やっぱりこっちが現実だったのか。ジェイコブは泣き出します。
このシーンに、本編の絶望的な雰囲気が集約されていると言えるでしょう。
ジェイコブ演じるティム=ロビンスはとても背が高く、童顔なのですが、
それが逆に、絶望ムードを助長しています。
以後彼は、事あるごとにかつての幸福な家族を思い出し、
泣いて暮らすようになります。

友人が爆死した謎を解明するため、ジェイコブら部隊の仲間は
法律家に軍隊の調査を依頼します。
しかし何者かの圧力で、調査は続行不可能となります。
この辺りから唐突に、話は陰謀サスペンスっぽくなってきます。

そして色々あって背骨を痛め、病院に搬送されたジェイコブ。
「次はX線照射だ」とレントゲン室に運び込まれるはずが…
病院の廊下を進むにつれて、壁は汚く、病棟も廃屋のようになっていきます。
そしてジェイコブは次々に、異様な光景を目にします。
ガラスに頭を打ち付ける精神病患者、足が異様に短い患者、上半身だけの黒人、
豚のような全裸の患者、叫び声、血塗れの床、バラバラの肉体、肉片。
そして両眼のない(!)医者が、彼の眉間に注射を突き刺します。
この病棟のシーンはおぞましいことこの上なく、
ジェイコブでなくとも、これが夢であることを願わずにいられません。
(※話は逸れますが、プレイステーションで
「バイオハザードより恐い!」と高い評価を獲得したホラーアクション:
「サイレントヒル」の世界観は、多分このシーンのイタダキでしょう)

終盤、ジェイコブは全ての原因が、ベトナム戦争で秘密裡に投与された
闘争本能を増幅させる薬剤:ラダーにあることを知ります。
そしてあの銃撃戦が、その副作用で起こった「同士討ち」だということも。
彼の幻覚もまた、ラダーの仕業だったのです。
全てはどんな手段を使ってでも勝利を得んとした、国家の陰謀だったのです。

…と、ここまでで終わっていれば、
本作は斬新でよくできた反戦映画ということになり、
戦争はいけませんね、と単純にまとめることも出来るでしょう。
「戦争で心に傷を負った後の社会生活より、思い出への逃避の方がマシだ」
という“真実”の作品として位置づけることも出来ます。ここまでなら。
この作品がとんでもないことになっているのは、
ここから先のオチのためです。(以下ネタバレ)



かつての我が家でヘロヘロになって座り込むジェイコブ。
ふと気がつくと、周りの様子がどうもおかしい。
玄関を開けると、死んだはずの末っ子が立っている。
これは夢か現実か…あれ?俺ひょっとして…とっくに死んでる?
ジェイコブは末っ子に手を取られ、
光あふれるの階段(ラダー)を登っていく――

――ベトナム野戦病院。出血多量により、ジェイコブ死亡。
全ては死ぬ間際に見た、彼の一瞬の夢だった――完。


何と物語作成における最大の禁じ手:「夢オチ」!!
た、確かにこのオチだと不条理な展開も解決できます。なんせ夢だし。
「フラッシュバック」の方が現実で、
それ以外が全部幻想だったというわけですし。
ですがこのオチにより、物語は完全に破綻してしまっています。
ベトナムは、国家の陰謀はどうなったの?

どうにもオチに納得がいかないので、メイキングを観てみると…
監督・脚本家、誰1人として、ベトナムの話をしないのです。
作り手にとって、ベトナム云々はドラマ的な手段でしかなく、
本当のテーマは「死者が死を受け入れるまでの心の動き」。
いわゆる「走馬燈」です。

人は死を前にして、これまでの人生に執着します。
本編で彼が耽溺するかつての家族は、まさにその象徴と言えます。
しかしこれから死ぬってのに生にすがる時、
そこに不条理な地獄が、悪夢が生まれるのです。
つまりジェイコブの美しい思い出と、おぞましい幻覚は表裏一体なのです。

ベトナム兵の苦悩と救いを描いたため、
反戦・追悼映画として観ることのできる本作。
実はそれだけでなく、
「死」という永遠のテーマに真っ正面から挑んでいるのです。
そんなわけで本作には、随所に生死と切っても切れない関係の
哲学・宗教・そしてエロの要素が散りばめられています。
上述した圧倒的な幻想シーンに加え、
神経症的なカメラワーク、「よく解らない」恐怖演出も秀逸な傑作です。


余談ですが本作の末っ子役はマコーレー=カルキン。
『ホーム・アローン』で一世を風靡した彼です。子役好きは是非。
ティム=ロビンスの裸が不必要に多いので、そっち好きの方も是非。


---------------------------------------------------------------------------
HP「THE雑誌」
http://www.the-zasshi.com/

阿部ピロシのメールマガジン
「ホラー映画の世界へようこそ」
http://www.mag2.com/m/0000096790.htm

-----------------------------------------------------------