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小林家について (川越小林家住宅)
2020-02-05 17:10:35
小林家の者です。たまたま貴ブログを拝見致しました。いろいろお調べ頂き有難うございます。当家の屋号は山田屋です。幕末からの資料が残っています。明治26年の大火後すぐに二代目が店蔵を上棟。明治28年に建てられた住居棟は私たちも過ごした建物です。敷地の奥にある文庫蔵は、初代が明治16年に建て川越大火にも焼け残ったものです。蔵の中には様々な品が残っています。小林家の公式ホームページも作っておりますので、お時間があればご覧いただければ幸いです。
 
 
 
>小林様 (流一)
2020-02-07 13:07:42
ご教示ありがとうございます。なぜか、「小林家住宅」のホームページには気が付きませんでした。文庫蔵はほとんど宝の山ですね! その収蔵品を「蔵だより」で解説付きで紹介しているのが興味深いです。
早速、判ったことはブログ本文に追記しました。
 
 
 
Unknown (定マニア)
2020-02-16 23:15:09
テレ玉を観ると、1日一回は、ホワー(尺八の音)風が語りかけます、旨い旨すぎる、埼玉十石饅頭。ふくぐらじゃ、♪くらづくり本舗、こりゃうまい。のCMが。無性に気になって、本当にくらづくり本舗の本店に行ったことがあります。個人的には、ふくぐらより、ぽくぽくがおすすめ。ご紹介されている近代建築もひととおり見て楽しかったですが、喜多院周辺の花街跡の建築と、喜多町2丁目の人情横丁の建築も紹介していただけると嬉しい。
 
 
 
>定マニア様 (流一)
2020-02-18 09:58:40
「十万石」は行田ですね。そこのHPでCMを観ました。十万石饅頭はどうということのない外見ですが、食べてみないと納得できない、という定マニアさんの好奇心には参りました。
「喜多院周辺の花街跡」は知らなかったので「赤線跡を歩く」であらためて調べてみました。まだ少しは痕跡が残っているようですね。「人情横丁」とは札の辻交差点を少し北へいった、入口に4軒のバーなどの看板が架かっている路地のことでしょうか?
 
 
 
Unknown (定マニア)
2020-02-19 05:18:29
行かれてましたか!嬉しい、正確には弁天横丁でしたね。赤線とは関係ない場所だとは思いますが、ロケに使われそうな場所ですよね。中でも、丸窓がある長屋を見た時は、京都に行ったことがないので、感激でした。
 
 
 
川越市”くらづくり本舗”の鬼瓦の”まつ毛”の件 (kupukupu)
2020-10-04 00:00:08
こんにちわ。
貴殿のブログ,建築散歩時の参考にさせていただいております。
鬼瓦のまつ毛ですが,
手元にある 川島宙次著 主婦と生活社発行 ”滅びゆく民家”3部作の屋根・外観の本の P152,153に
これに関して簡単な記述があり ”殺生釘”と呼ばれているようです。
私もこれまでに実地や書籍等の資料でも実際に目にしたのは,くらづくり本舗の1点のみだったのですが,
”殺生釘”でネット検索したところもう少し詳しい記述があり,それらをまとめると
火除け,魔除け,烏除けなどの意味合いや,示威的装飾の要素もあり,
殺生釘がついた鬼瓦が全国に100くらいありそうなこと,
京都近辺では明治から第一次大戦の好景気の頃に流行ったことなどがわかりました。
なお,青森あたりでは殺生釘のある蔵がまとまって残っている地域があるのか
それを観光材料にしているようです。(2010年時の記事)
 
 
 
>kupukupu様 (流一)
2020-10-05 09:47:18
ご教示ありがとうございます。ちゃんとした名前があったのですね。殺生釘という名前からすると、鳥よけのような感じです。関西から東にみられるということですが、数はごく少ないようですね。実用的なものではないので、あまりはやらなかったのでしょうか?
 
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