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Unknown (キューピー)
2019-03-22 16:06:21
柳通りまで行かれ、さらにその奥の4軒長屋まで到着されたようで、ご苦労さまでした。
清水一行の親が経営していたのは、上の写真の右側の一番奥の家です。現在、借家となっていて誰か住んでいるらしい。
また、この写真にある幅1メートルの路地はどんずまりではなく、赤線のあった時期は本通りまで続いていて相互に出入りすることができた。昭和50年ころに、人間が行き来できる私道は準公道と認める、と区役所から指示があったため、本通りの家が路地を塞いでしまった。このため、この4軒長屋を見つけることはマニアでなければ難しい。
 
 
 
>キューピー様 (流一)
2019-03-24 09:31:29
いずれ消えていくものなので、目にしておくのも意味があるような気がして出かけました。
路地から本通りに抜ける隙間があるのかもしれないと疑って、奥の突き当り迄行ってみましたが、確か、立入禁止のような掲示が出ていて、本通りへは抜けられないようでした。とすると、この路地にあったカフェーはずいぶんと不利な立地だったようだなと思いました。しかし、かつてはちゃんとつながっていたとは! 例の「ぬけられなす」の看板がかかっていたのかもしれませんね。
 
 
 
Unknown (キューピー)
2019-03-24 16:15:06
この路地は不便ではなかったようです。
本通りから外れて一歩中に入っているため、遊びに来た遊客にとっては人目につかないため、カフェーに入りやすかったらしい。
また、何かの雑誌にこの本通りの入り口に「抜けられます」の看板がかかっている写真を見た記憶があります。
 
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