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Unknown (Mie)
2022-03-26 18:46:43
懐かしいです。わたしの親戚の建物です。昔は酒屋ではなく、果物屋と乾物屋がつながって伯父兄弟が商売してました。よく地下に子供たちが集まって遊んでました。昭和三十年代のことです。載せていただきありがとうございます。
 
 
 
>Mie様 (流一)
2022-03-31 10:53:45
現在は「Nステージ国府台」(2018年10月築、12階建100戸)というマンションに替わりましたね。割と最近まで残っていたと言えます。通りから入ると、主屋の2階なので、1階を「地下」と呼んだのだと思います。その家屋がいつごろ建ったのかお聞きでしょうか? 果物屋と乾物屋だった時代もやはり「神戸食品」の店名だったのでしょうか? 屋号がありそうですね。
 
 
 
Unknown (Mie)
2022-04-02 07:44:30
明治生まれの祖父の時代からで、あのあたりは焼けませんでしたから少なくとも戦前からの建物だったと思います。
わたしの両親は通りの向かいで商売しており、隣も伯母が店をやっていました。そこも古い大きな一軒家を仕切ったもので、むかしの旅籠屋だったらしく、広い回り廊下や土間がありました。こちらはとうに壊されましたが、残っていれば間違いなく文化財級だったと思います。

市内では別の場所にまだ神戸硝子店があります。訳あって音信不通ですので建物が当時のままかはわかりませんが。

国府台から、市川大門通りを抜けて、真間小学校のあたりは万葉集にも登場する真間の継ぎ橋や手児奈堂、里見城跡など由緒ある場所で私が子供の頃は本当に綺麗な場所でした。

次々と味わいある建物が消えて行くのは寂しいものです。
 
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