ジェレミーがTroilus and CressidaのTroilusを演じたOld Vic(これは前の記事のコメント欄で書いていらっしゃいましたね!)、Hamletを演じたStrand Theatre、A Voyage Round My Fatherの息子の役を演じたTheatre Royal Haymarketへいらっしゃることはもう計画中かもしれませんね。これらの劇場とまわりの様子を、全部でなくてもいくつかみせていただくことができたらうれしいです。
アステル・ストリートについての次のレポートも楽しみにしています。アステル・ストリートに住んだということは「Dancing in the Moonlight」にも書いてありましたから確実ですね。「The man who became S.H.」の記述が信頼できるか、りえさんもちょっと心配していらっしゃるようですが、この本の著者はゴシップめいた逸話を付け加えたり、ジェレミーや他の人が思ったことなどを想像で勝手に付け加えたりするけれども、逆に具体的な記述(今回の住所のことなど)はジェレミーのインタビュー記事やジェレミーの友人・知人が書いたことを丸写ししている例をいくつかみていますので、正確なことが多いと思っています。
たとえばセントラル・ドラマ・スクール時代に、ジェレミーはKensington High Streetの、週2ポンド10シリングの朝食つきの部屋に住んでいたことがあって、休日にジェレミーがスコットランドへでかけた後で、朝、屋根がベッドに落ちたというエピソードを「The man who became S.H.」からりえさんが紹介してくださいましたが、これとほぼ一字一句たがわぬ言葉使いのジェレミーの1991年のインタビュー記事をみつけました。こういう、ものすごく具体的なことについては、この本の記述はしばしば信用できると思っています。同じインタビュー記事からあと二つ引用します。「最初は母の友達とMaida Valeに住んでいたが、ドラマ・スクールに通っていた間、学期ごとに違う場所に住んだ。」「Claphamに住む前にはCamden Hill Squareの大きな家に住んでいたが、私にはあまりに大きすぎた。」Maida Valeは「The man who became S.H.」にも書かれていましたね。
それから、The Astoria ballroomの上に親友のRobert Stephensと一緒に部屋を借りていた、というのも「The man who became S.H.」からりえさんが紹介してくださいましたが、ロバートの自伝にありますから、これも本当ですね。 http://community.livejournal.com/jeremybrett(後ろへ続けてください)/90037.html 「The man who became S.H.」にあった、金曜日の夜にはカレーを食べたというエピソードも引用元を記していないのですが、ロバートが書いています。カレーが週一回の楽しいごちそうだったのですね。二人でいつも大声で笑っていた、パブに行っていた、とロバートが書いているのを読むと、若い二人の青春時代を想像できる気がします。週末ごとに下のダンスホールで喧嘩がはじまった、というのですから、このあたりはちょっと物騒な歓楽街なのでしょうか、それとも自由な若者の街なのでしょうか。
というわけで、いくつか考えられる場所をあげてみました(Kensington High StreetとMaida Valeについては、渡英前の記事で、ロンドンのジェレミーゆかりの場所としてりえさんもふれていらっしゃいましたね)。でもそちらの地理にうといので勝手なことを書いていることをお許しください。ちなみにThe Astoria ballroomがThe London Astoria (http://en.wikipedia.org/wiki(後ろへ続けてください)/London_Astoria) の地階にあったダンスホールのことならば、残念ながらこの建物は昨年閉じられて、取り壊されているそうです。
りえさんのレポと写真を拝見しながら、ドキドキしてきました。
このドキドキ感はりえさんのブログを拝見する際は毎度のことなのですが(笑)、記事の後半のりえさんの言葉を読んで、「これはジェレミーに会えるかも?というドキドキ感だ」と気づきました。
りえさんの紹介して下さるロンドン、過去と現在が混在する街の景色の中に、私もジェレミーの姿を探していたことに気がつきました。
写真を拝見していて、ジェレミーはりえさんのすぐ近くにいると感じます!
テムズ川の遊歩道、見たことある!と思いました。私が思い出したのは、デービット君がレインコートを着て長靴をはいている様子の写真でした。ベンチの少し高くなっているところから下に降りようと、片足を上げている笑顔のデービット君が、Anna Masseyの自伝「Telling Some Tails」の中にありました。
デービット君の写真の、石畳の様子や街灯の形がりえさんの写真と同じでした。確かにここですね!
画像を探してみましたが、Web上で見つける事が出来ませんでした(泣)
ベンチは脚や側面のデザインが自伝中の写真ではもっとシンプルな感じでしたので、置き換えられたのかもしれません。
街路樹は、自伝中の写真では幹が細くて枝の広がりも小さめでした。同じ木が現在では太い幹に大きな枝ぶりに成長していて、時の流れを感じました。
画像更に探してみます!長文失礼いたしました。
アステル・ストリートについての次のレポートも楽しみにしています。アステル・ストリートに住んだということは「Dancing in the Moonlight」にも書いてありましたから確実ですね。「The man who became S.H.」の記述が信頼できるか、りえさんもちょっと心配していらっしゃるようですが、この本の著者はゴシップめいた逸話を付け加えたり、ジェレミーや他の人が思ったことなどを想像で勝手に付け加えたりするけれども、逆に具体的な記述(今回の住所のことなど)はジェレミーのインタビュー記事やジェレミーの友人・知人が書いたことを丸写ししている例をいくつかみていますので、正確なことが多いと思っています。
たとえばセントラル・ドラマ・スクール時代に、ジェレミーはKensington High Streetの、週2ポンド10シリングの朝食つきの部屋に住んでいたことがあって、休日にジェレミーがスコットランドへでかけた後で、朝、屋根がベッドに落ちたというエピソードを「The man who became S.H.」からりえさんが紹介してくださいましたが、これとほぼ一字一句たがわぬ言葉使いのジェレミーの1991年のインタビュー記事をみつけました。こういう、ものすごく具体的なことについては、この本の記述はしばしば信用できると思っています。同じインタビュー記事からあと二つ引用します。「最初は母の友達とMaida Valeに住んでいたが、ドラマ・スクールに通っていた間、学期ごとに違う場所に住んだ。」「Claphamに住む前にはCamden Hill Squareの大きな家に住んでいたが、私にはあまりに大きすぎた。」Maida Valeは「The man who became S.H.」にも書かれていましたね。
それから、The Astoria ballroomの上に親友のRobert Stephensと一緒に部屋を借りていた、というのも「The man who became S.H.」からりえさんが紹介してくださいましたが、ロバートの自伝にありますから、これも本当ですね。
http://community.livejournal.com/jeremybrett(後ろへ続けてください)/90037.html
「The man who became S.H.」にあった、金曜日の夜にはカレーを食べたというエピソードも引用元を記していないのですが、ロバートが書いています。カレーが週一回の楽しいごちそうだったのですね。二人でいつも大声で笑っていた、パブに行っていた、とロバートが書いているのを読むと、若い二人の青春時代を想像できる気がします。週末ごとに下のダンスホールで喧嘩がはじまった、というのですから、このあたりはちょっと物騒な歓楽街なのでしょうか、それとも自由な若者の街なのでしょうか。
それからWyndham's Theatreでの「The Secret of S.H.」の上演前の時間に行われたこのインタビューもとても充実した内容で、ご存知でないかたには是非紹介させていただきたいのですが、
(http://homepage.virgin.net(後ろへ続けてください)/questing.beast/scrawl_pdfs1.htm の一番上のリンクをクリック。)
このインタビューの場所はSolange’s Wine Barと書いてあります。このお店でしょうか。Wyndham's Theatre からそう遠くなさそうですね。歩いて行ける距離でしょうか。
http://www.LondonDir.co.uk(後ろへ続けてください)/pages/10058114e7f/
というわけで、いくつか考えられる場所をあげてみました(Kensington High StreetとMaida Valeについては、渡英前の記事で、ロンドンのジェレミーゆかりの場所としてりえさんもふれていらっしゃいましたね)。でもそちらの地理にうといので勝手なことを書いていることをお許しください。ちなみにThe Astoria ballroomがThe London Astoria (http://en.wikipedia.org/wiki(後ろへ続けてください)/London_Astoria) の地階にあったダンスホールのことならば、残念ながらこの建物は昨年閉じられて、取り壊されているそうです。
りえさんが遊歩道を歩いて、写真でみたのはこの遊歩道ではないか、とお気がつきになったこと、たちたちさんが実際に写真をさがしあててそれを確認なさったこと、イギリスと日本の間でのそのやりとりがとても素敵でした!
うわー、特定してくださったんですね、有難うございます!!
私も、ネットで画像を探してみたんですが、全然なくて・・。
やっぱりここだったんですね、すっきりしました♪
やはり、この遊歩道で撮られた道なのですね。
では、この写真の道もきっとジェレミーも子供と一緒に散歩していたんだろうなぁ、なんて。
しかも街路樹が成長していたなんて・・・。時の流れを感じます。
そこに気付かれたたちたちさん、素敵です♪
ロンドンにはあちらこちらに、ジェレミーの面影が残っていて、本当に幸せです。
たちたちさんは、このジェレミーゆかりの地シリーズを読んでくださって、ドキドキして下さっているんですね!
嬉しいです、私も皆さんとこの興奮と喜びを分かち合いたいですもの♪
ジェレミーのものを何か発見すると、早く皆さんに言いたくて言いたくて仕方ないんですよ
また、あと4カ月。
これからもドキドキをお届けできるよう頑張ります♪
>RMさんへ
いつも素敵な情報を有難うございます!
挙げてくださった場所には、全て行くつもりです!
ケンジントン・ハイ・ストリートは、行ったことはあるのですが、息子と一緒だったので詳細な写真はとれず、また改めて行ってきます!
すごくハイソなエリアでした!これは、チェルシーにも当てはまることなのですが。
両エリアとも、通りにあるお店の高級感、住民のファッションのセンスの高さ、などロンドンでも随一の高級住宅地です。
ジェレミーが住むにふさわしいエリアだな、と思いました。
Strand Theatreは、いまだ特定できていないんですよー。
Aldwychにあるらしいので、また見てきます!
Camdenは、もちろんレポ行ってきます♪
マンチェスターは、この春から夏にかけてレポいく予定です!
Midlandホテルに、「ジェレミーと泊まっていた部屋は、分かりませんか」とメールしたら、「ごめんね、わからない」と即答で来ました。
うーん、使えません!!
でも、もちろん泊まってきます♪
で、マンチェスターに行った時、The Astoria ballroomも調べてきます。
今、ネットで軽く検索をかけても、見当たらないので、行く前にローカルのレストランサイトなど調べてみようと思います!
(訂正もして頂いて、有難うございます!確かにマンチェスターで同居していたので、マンチェスターで探そうと思います)
ウィンダムズ・シアター近くのWine barには、行ってきますね♪
Camden Hill Squareと書きましたが綴りが間違っていて、正しくはCampden Hill Squareでした!申し訳ございません。これに返事を書いてくださらなくていいですから!