ヨーロッパキャンピングの旅

キャンピングカーで走り回ったヨーロッパの紹介

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2009年ヨーロッパ旅行ーフランス・・・最終回

2010-02-06 00:14:58 | 旅行


昨日書いたイタリアのキャンピング・プラッツにはフリー・インターネットがありフランスのカレーからイギリスのドーバーまでのフェリーを予約することができた。フランスを5日で縦断するしかない。
朝 雨の中を高速道路でニース(Nice)まで行く。フランスの高速道路のほうが高くて90Kmほどで21.3ユーロも払った。ニースからはナポレオン・ルートを北にたどる。




フレンチアルプスに近い北への直線コースは山道の両側が雪で白いが道路はまだ積もっていなくてラッキーだった。周囲の山々は雪で真っ白、3年前に南下したときとはまったく異なる表情をしている。まるで私のために太陽が輝いているようで、写真を撮るのに一人大喜びしていたが、亭主は神経をすり減らして運転していた。








アルプスから遠ざかると平野が多くなってくる。雪山も遠のいて、ブドウ畑がどんどん広がり、冬の間にブドウの木の剪定で、切った木を焼く煙が一面に立っていた。時々現れるお城は城砦ではなくマンションかシャトーと呼ばれる宮殿のようなもの。日本のマンションとは意味がまったく違うから、マンション住まいの人は外国で自分はマンションに住んでいると言ったらずいぶん誤解される。





まるでサウンド・オブ・ミュージックの舞台みたいにきれいな村や山が現れるが、ヨーロッパにはこんな素晴らしい景色がふんだんに見られるのがうれしい。





周囲の山やがけに同化したようなモノトーンの町はEntravax の城下町で、タイムスリップしたような中世の町だ。





Troyes のキャンプサイトに飾ってあったブドウを搾る道具、フランスならではの道具でこれがギリシャになるとオリーブの搾り器になるだろうか?


 

フランスは3泊4日目にカレーについた。予定より一日早くついたので予約のフェリーを一日早くしてもらい、カレーのスーパマーケットでフランスの食料をごっそり仕入れ、安いディーセルも満杯にして、翌朝フェリーで帰国した。

今回の旅は全行程8010マイル、3ヶ月と1日、今回も無事に帰国でき亭主には大いに感謝した次第です。

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この旅日記は2009年のみを記載してありその前後は別のブログに書いております。 もう一つのブログ http://blog.goo.ne.jp/reikoh6 もご覧ください。

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2009年ヨーロッパ旅行ーイタリア・・・・・Way to Diano Marina

2010-02-04 20:06:52 | 旅行


ポンペイからローマの北のオルビエトまで320Km すぐ高速道路に乗り全行程を走った。トータル料金が19.9ユーロだった。
走り出してすぐ雨が降り出し何度も激しい雨で前が見えない。ローマ近辺では羊の群れが雨に打たれているが子羊があまりに小さいので驚いた。たぶん生まれて1ヶ月くらいしかたっていないであろう。英国やそれ以上北ならば羊は春しか出産しない。
ギリシャ、イタリア、南フランスで何処にでも見られる風景は柿の実った大きな木で、日本でもありふれているが、寒いイギリスでは見られない。こんなにたくさん柿が実っているがスーパーで買う柿は安くない。



 

 


素晴らしい景色を楽しみながらオルビエトにたどり着いた。ここは3年前に来て良く知っているが、キャンピングプラッツの横をローマとフローレンス間の高速電車がひっきりなしに走っているうるさい所だ。たった一晩だけだから我慢できる。
オーナーが英語が全然話せなくてフェステバルのイタリア語がわかりきっとこの地域のお祭りがあるのだろうと思っていた。その夜はキャンパーが5台停まっていたが翌朝は30台くらいに増えていた。


 

  


オルビエトからピサまでを田舎道をのんびり走る。途中で出会うのはキャンパーばかりで皆オルビエトへ向かっているようだ。何のお祭りかわからないので????でピサまで走る。


 

ピサのキャンプサイトは閉まっていてもう一軒あるはずのサイトがどうしても見つからない。大きなキャンパーで狭いピサの町を走り回ってとうとうあきらめた。町外れの大きなガレージの敷地で一泊して翌朝すぐピサの斜塔を見に行く。キャンパーを停めたところが学校の前で、壁タイルが素晴らしい。ピサはこれで3回目、見ても大して興奮するわけではないがデジタルカメラで聖堂内を写していないから、わざわざ一泊して行って見たのに、今回は写真禁止だった。がっかりして240Kmフランスに近いDiano Marinaまで高速道路を走った。

  


高速道路は海岸の無料道路と平行しているが、高い山が海岸に落ち込んでいるところが多く、山の中腹を貫いたトンネルばかりで一体どれほどトンネルを抜けたか判らなくなった。
高速道路料金も18.7ユーロ、でもこれは坂道を走り回る時間とディーゼル使用を考えてみれば安いかも知れない。

Diano Marina のキャンプサイトはすごい。今までこんなにたくさんのキャンパーを見たことが無い。キャンピングプラッツはキャンパーだけしか停まれないが、何処の国でもキャンパーは3メートル間隔以上で停まる規則がある。この場所では詰められるだけ詰めて、きっとできることなら上にも積み重ねたかったことだろうと思うほど、400台以上が停まって小さな町みたいだった。
サイトのオーナーにどうしてか聞いたところ、この週末数日はイタリア全土のクリスチャンの祭日なのだという。それにしてもどうしてこんなにたくさんのキャンパーが・・・絶句。


 


2009年ヨーロッパ旅行ーイタリア・・・・Pompei

2010-02-03 22:08:09 | 旅行


ポンペイの遺跡入場料も、ユーロ圏の65歳以上は無料だが日本のパスポートでは10ユーロ、それで英国の運転免許証を持っていった。年齢と国が証明できればよいので、もちろん無料になった。ポンペイは何度行っても感激する。
紀元後79年にヴェスィヴィアス火山が噴火するまでの一般市民の生活が良くわかる。今まで見てきたギリシャやローマの遺跡は巨大な寺院の崩れた跡か墓地位で人間が生活していたところが見えない。世界にただひとつこれだけはっきりと2000年前の人々の生きてきた様子を見られるすごい場所だ。


 

何百も積み上げられた壷は、水がめや、酒壜であろうか。火山灰の下になりそのままの形で2000年を経た現在、肉体は滅びたものの火山灰が石化してできた空洞にプラスターを注入してできた2000年前の人々の姿が、あちこち展示されている。

  

石畳の道路にはわだちの跡がはっきり残り、右下の道路は食堂街(タベルナ・通り)とサインが入っていた。店先に大理石のテーブルや火鉢があり、粉をひくための大きな碾き臼や、パンを焼いたであろう、大きなかまどなどが在る。そして碁盤の目のような通りも幅広く必ず歩道があるのがすごい。日本の田舎ではいまだに歩道の無いところもあるのに。



 

ポンペイの町からやや離れたところに在るVilla del Misteriはお金持ちのお屋敷だったらしく、各部屋にはフレスコの壁画が描かれ色あせずに残っている。床は細かなモザイクで屋根ごと埋もれてしまった数少ない遺跡である。


 

 


ポンペイには巨大な円形劇場と、小さなTheatro Grande が在る。Theatro Grande はただ今工事中で中には入れなかったが、外からかろうじて写真が写せた。
日本人団体客が3組も右往左往しており、もちろん世界中から多くの観光客が来ていて、この素晴らしい遺跡を楽しんでいた。



  

 

2009年ヨーロッパ旅行ーイタリア・・・・・Way to Pompei

2010-02-02 23:29:13 | 旅行
 

今日12月2日はシシリーを去って英国へ向かうためにイタリアを北上するはじめの日だった。朝7時半にはキャンプサイトを出発、高速道路でメッシーナーの港まで行く途中、ちょうど通勤時間にかかり渋滞がひどく、あせりの亭主に悩まされた。やっと港に着きフェリーのチケットを買ってすぐフェリーは出発、なんと10分ぐらいで対岸の港に着いた。
そこはR.D.Carabriaより10Kmほど北のVila San Giovanni(聖ジオバンニ村)だった。9時過ぎだったから亭主の喜ぶこと。これから400Kmくらいを走るのだ。

 

南イタリアは高速道路の設備が悪いからポンペイ近くまで無料で、途中は何度も道路工事のために一車線でのろのろ運転を強いられた。それに何度も激しいにわか雨が襲ってきて前方がほとんど見えなくなるくらいだった。時々現れる高い山は雪を被って白く冬の訪れを告げている。山頂や中腹に広がる町や村は、今までにもたくさん見て、写真も取り捲ったのに決して飽きることが無かった。
ポンペイの近くにたどり着いたときは又青空が広がり、遠くにあのポンペイを火山灰で埋め尽くしたヴェスィーヴィアス山(写真右下)が悠然と横たわる。

 

 

ポンペイは10数年前に来て一日中歩き回ったことが有ったが、今回はキャンプサイトが遺跡のすぐ近くに3軒もあった。それで翌日は一日遺跡めぐりをすることにして、ポンペイの町の散策に行くことにした。キャンプサイトから町までは歩いても30分ほど、遺跡の壁に沿ってゆくから、遺跡の中も一辺の距離が歩いて30分以上もする。
こじんまりとした町は尖塔が素晴らしい教会と町の広場に建つ大聖堂が立派だった。ポンペイの遺跡に行く人は多いが町を見て歩く人はあまりいないと思う。

キャンプサイトには大きなオレンジがたくさん実っていた。手が届かないのが残念。


 

 

2009年ヨーロッパ旅行ーイタリア・・・・Taormina

2010-02-01 21:16:12 | 旅行


シシリーに着いた最初の日に停まったキャンピングプラッツで、シシリーの最後の2晩を過ごした。
キャンプサイトから見えるエトナ山はシシリーを一周した10日の間に雪で真っ白になってしまった。

タオルミナ(Taormina)はキャンプサイトからバスで行けるこの島一番の観光地で朝夕眺めた山の中腹の町だった。


 


バスはキャンプサイトの近くから発着していてナクソスの町を通ってすぐ、ジグザグの急坂を上ってゆく。周囲の景色はそれこそアーとオーの感嘆詞のみ。バスは中腹のバス停で停まりそこからは徒歩になる。それ以上大型車は通行できず、町の集塵車までが小型化されていた。このタオルミナの町は以前エトナ山へ行ったときここも訪れているそうだが、あの時は脳死状態だったから、全然覚えていない。通りにはオレンジが実り、お土産店がずらっと並んでいる。陶器類が多いがこのきれいなレースの日傘はとっても気に入った。



 

 


この町はローマ人によって作られ今に至っているから、ローマの円形劇場が今も保存されている。そしてこの円形劇場から見える周囲の景色の素晴らしさは、タオルミナがただ遺跡の観光地と言うだけではない。
観光客が行きかうメイン商店街はクリスマス・デコレーションを設置するのに忙しい。古い教会の在る広場で、20人くらいの日本人団体があちこち座ってスケッチをしていた。日本からシシリー10日間のスケッチ旅行だという。旅行社の日本人ガイドは、40代の男性でイギリスへも行きたいが天気が心配でと言っていた。お互いこの10日間の上天気を大いに喜びあい,別れたがこの日が最後の上天気だったことは記しておかねばなるまい。


 

 

 

  

この由緒の在る町では観光注意書きが立っていて、上半身裸で歩いてはいけないとか通りで飲み食いをしてはいけないと書かれていた。それで思い出したが数年前、イタリアのどこかの市長が、太った女性のトップレスを禁止する条例を出して話題になった。

昼食を町のトラトリーヤで食べ、往復のバス券を持っていたが山道を歩いて降り写真を取り捲った。途中の坂道端にローマの墓地跡が残っていた。