与論にきて初めて33年忌に参加しました。
与論では33年忌が最後の法事で
故人が天に昇るとされ盛大におこなわれます。
お供え物も決まっています。いちお本なんかもありますが
方言で書いてあったりして難しい・・。お供え一つ一つにも意味があります。
与論に長くいてもそうしょっちゅうあることではないので
年配の親戚に聞きながらみんなで準備していきます。
お清めの酒とピムン(干物)スーマシ(米粉を水で溶いてかためたもの)をいただき
玉串を捧げ、法要がはじまります。
そのあと親戚一同で会食、与論のこの時期の風物詩ゆーがま(アイゴの稚魚)も採れたので
みんなでおいしくいただきました
今までの法事と違うのは
最後に御前風(お祝いの席などで踊られる)を踊り
みんなでカチャーシーを踊り、天に昇って行ってくださいと送り出します。
フバの葉でつくった扇であおぎながら、天に昇りやすくするそうです。
最後は門口まで送ります。
法事も終わりほっと一息
勿論これで終わりではなく、夜遅くまで酒飲みは続きます・・
初めての経験、準備は大変だったけど、みんなでお送りすることが
出来て良かったです。
まだ少し作業が残っていますが、私は夏祭りやさとうきびの夏植えの準備があるので手伝いには行けそうにありません。
また機会がありましたら楽園荘に寄らせてもらいます。
お忙しいようですが、また与論にも
お越しくださいね
画像見ただけで後片付けが大変そう ご苦労さま。
故人への法事をずっと行い続ける事はとても大変な事だと思います。
静岡の場合も大体は同じ事なのですが、途中を飛ばして33年の法事とか又、詳しくは分かりますんが3年7年までやって あとはやらないとかよく聞きます。
法事の場合ほとんど親せきで行い出席頂く方も少なく
こじんまりと行います。
だだ最近は葬儀屋さんがやたら多くなりまして後々までも付いて回る商売感が出ていますね!
高齢化時代だから おのずとこの様になってしまうのかな(お金が掛るから大変だよ)ってな具合です。
又 大きなお屋敷ならともかく、ここ数年前から家では法事事は行いません専門業者と専門施設がセットで
法事事は与論島の皆様の様に内輪で天界へ送ってやりたい、お支度は大変ですが すっごく分かります。
ところで 御墓のあり方も沖縄に近いから形が似てたりして、ひょっとして その季節になると 墓の前で食事~お酒の様な習慣があるのかな?
なにも線を引くはけではありませんが何処までが鹿児島県で何処から沖縄県なのか?こんな質問も変ですね。
では、頑張って下さい。
きっと何時かは与論島へと思っています。
与論の人々の先祖を大事にする気持ち、ホント素晴らしいと思います。たくさん行事があって大変なこともありますが、受け継いでいかなければならない大事な文化だと思います
与論のお墓の形は内地のお墓と同じです。今年の浜下りではお墓で親戚で集まって食事しましたが、沖縄のように毎年?やるわけではないようです。でも沖縄の文化も入ってるし、内地の文化も入ってるし与論独自のもあるし、けっこうごちゃまぜな感じですかね~?たぶん・・