4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定) コメント日が 古い順 | 新しい順 偏見? (ZOE) 2010-08-04 12:40:34 自分はどうしても警戒心をもって中国人を見てしまいます。それは、やはり彼らを知らないからだと思います。ただNJさんの報告で、中国ではキリスト教が広がりを見せていることを知ると、同じ聖書を読む者として、彼らも同じなんだと理解できます。中国のクリスチャンといつか話す機会が訪れることを願っています。日本ではtwitterを通してクリスチャンが活発に交流しています。中国でもネット環境がより開かれたものとなればアジアのキリスト教の中心は質、量共に中国になるのかもしれません。 返信する 対中偏見レスも偏見? (NJ) 2010-08-04 14:44:57 コメントをありがとうございます。>同じ聖書を読む者として、彼らも同じなんだと理解できます。そのとおりと思います。>中国のクリスチャンといつか話す機会が訪れることを願っています。私もこれまで断片的な(あるいは一方通行の)交換しかできていませんので、もう少し語り合う機会を目指したいと思います。中国版twitter, QQにクリスチャンのグループを検索したことがありますが、まだ活発でない様子でした。 返信する 偏見は取り去らなければ (ADHD) 2010-08-06 21:44:06 私の近所に中国人の研修生(ただの研修生という名の労働者)を家に呼んで日本語を教えていた退職教員のおばあさんがおられました。亡くなられた時、中国人の研修生たちは大泣きしてました。私も個人的に「人のために働きなさい」と、いつも励まされていたので、亡くなられた時、地域の奉仕の職を捨てようと思ったほどです。NJさんをはじめ(クリスチャンでなくても)誰にでも愛を示せる方が世界中に良い影響を与え偏見を取り去って下さるのではと希望を持ってます。 返信する 賛成 (NJ) 2010-08-08 17:09:50 研修生に日本語を教えていたおばあさんのお話ありがとうございます。とてもよく尽くされたのだと思います。偏見を取り去ることは容易ではないとつくづく感じます。被害に遭ったなどの歴史が背後にあり、現在置かれている環境 -- 所得、職業など -- の越えがたい相違があるからです。それは偏見というより、生じてしまった嫌悪や怨念のようなもので、和らぐには時間の経過や物心両面の余裕が必要となってきます。それでもそれぞれが置かれた状況のもとで最善を尽くしたいものだと思います。親切を受ける側も、働きかける側も。 返信する 規約違反等の連絡 コメントを投稿 サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
それは、やはり彼らを知らないからだと思います。
ただNJさんの報告で、中国ではキリスト教が広がりを見せていることを知ると、同じ聖書を読む者として、彼らも同じなんだと理解できます。
中国のクリスチャンといつか話す機会が訪れることを願っています。
日本ではtwitterを通してクリスチャンが活発に交流しています。中国でもネット環境がより開かれたものとなればアジアのキリスト教の中心は質、量共に中国になるのかもしれません。
>同じ聖書を読む者として、彼らも同じなんだと理解できます。
そのとおりと思います。
>中国のクリスチャンといつか話す機会が訪れることを願っています。
私もこれまで断片的な(あるいは一方通行の)交換しかできていませんので、もう少し語り合う機会を目指したいと思います。
中国版twitter, QQにクリスチャンのグループを検索したことがありますが、まだ活発でない様子でした。
NJさんをはじめ(クリスチャンでなくても)誰にでも愛を示せる方が世界中に良い影響を与え偏見を取り去って下さるのではと希望を持ってます。
偏見を取り去ることは容易ではないとつくづく感じます。被害に遭ったなどの歴史が背後にあり、現在置かれている環境 -- 所得、職業など -- の越えがたい相違があるからです。それは偏見というより、生じてしまった嫌悪や怨念のようなもので、和らぐには時間の経過や物心両面の余裕が必要となってきます。
それでもそれぞれが置かれた状況のもとで最善を尽くしたいものだと思います。親切を受ける側も、働きかける側も。