http://morumon.com/19/モルモンは聖書を信じていますか? 末日聖徒でも聖書研究においての有名大学の大学院レベルでの学位を取る人が随分増えてきてるんですよ。 そういう研究者たちは、聖書文学協会(the Society of Biblical Literature)といった国際協会にも加入しています。 ほとんどこういう人たちは学者の立場から聖書を読むんですけど、それでも聖書を学ぶ門弟であることには変わりはないですね。 そういう人たちも平会員と一緒に、末日聖徒やその他のいわば「本の中の本」である聖書を大切に思っている人たちの為に、この聖書に関しての言語学的、文化的、歴史的或いは文学的観点から注釈書とか研究書を出版しています。
学びたいです。
LDS聖書研究同好会は、多くの嘘を混ぜた主張をしていて、教会に反対させ自分たちの同調者を増やす目的らしいですね。
あなたたちは、自分のことを聖徒だと嘘ついていますが、聖徒とは聖句ガイドにあるように、忠実な教会員のことです。
指導者たちからも、多くの忠実な教会員たちは、あなたたちを相手にしていないので、決してかかわらないように言われました。
私も祈ったので、御霊に従いかかわらないようにします。
教会員たちが教えてくれたので、騙されずにすみました。
私も友達の姉妹や兄弟たちに、騙させないように知らせています。
何人かは真実を知ってかかわらないと言いました。
真実を教えたので、感謝されました。
私は真実(あるいは事実)を知りたいという自然な動機から探究を続けてきた、生涯の求道者の気持ちでいます。(16歳から始めて今73歳。)そして末日聖徒イエス・キリスト教会で学んだ原則を実践しようと心がけてきました。隣人愛、無私の奉仕、真理の探究(学び、向上する)、社会で自分の分を果たすなど。ですから、嘘をつくとか騙すといったことは私たちに無縁な事柄です。また、人々に教会に反対させたり、同調者を増やしたりといった意思もありません。
学ぶことが好きな人、ひたすら実践するのが性に合った人、同じ教会員であっても考え方の相違する人たちがいます。しかし皆、同じ群れ(からだ)にあって、同じでないから要らないと言ってはならないと聖書は述べています。理解の目で見ていただければ幸いです。 ・
聖書を深く学ぶことが、何故に反モルモンに当てはまってしまうのかが理解出来ません。
アメリカやカナダのモルモン教会員は、沼野先生が主催されているような聖書研究は会員同士ザラに行われていますけど?
とにかく、日本のモルモン教会員は聖書をまったく読まない会員が多すぎます!キリストの御名を掲げながら何故に聖書を読まないのかが不思議で仕方がありません。聖書を深く学んで心から喜びに満たされただけで反モルモン扱いになってしまうなんて考えるだけで恐ろしいです!
私は沼野先生の聖書研究会を支持します。
あとは違うといったってどうってことない説の相違やニュアンスの違いだけであって、お化けは出てこないはずです。
ジョセフスミスの聖書の訳や預言書の解説は、霊感訳であり、翻訳相手は末日聖徒の我々をターゲットにしたものになっているのであり、ギリシャ語やヘブル語の原文からの正確な翻訳というよりは啓示、すなわち再啓示にあたるものと理解しています。 それはそれで異議はなくて素晴らしい。
一方、一般的なキリスト教会のやっているようなアプローチは最新の考古学的背景に基づいた理解のもとで、現存する原文の単語の1字づつを吟味した学術的に正確な翻訳であり、また翻訳相手はそれぞれ当時の文化圏の人々です。
相手が違うんだから翻訳が良ければ良いほど二つの翻訳結果に差が出てきて当然でしょう。 その差については啓示と学問の差であって、飲みこめばいいだけであって、モルモンの会員がクリスチャンのアプローチで研究した結果、啓示と差がでたらいちいち反モルモンだの背教だの言われたらたまったものじゃないです。
というかそこまで反モルとか言われたら、聖書を学術研究されたら困るほど教会は自信がないんかいと邪推されても。
でなければ、そうとう田舎のユニットかな。
NJさん主催の研究会には私もお邪魔したことがありまして、いわゆる指導者の方々も興味深く参加されていました。
反モルモン的と不安を煽る輩に騙されず参加を奨励いたします。
http://morumon.com/19/モルモンは聖書を信じていますか?
末日聖徒でも聖書研究においての有名大学の大学院レベルでの学位を取る人が随分増えてきてるんですよ。
そういう研究者たちは、聖書文学協会(the Society of Biblical Literature)といった国際協会にも加入しています。
ほとんどこういう人たちは学者の立場から聖書を読むんですけど、それでも聖書を学ぶ門弟であることには変わりはないですね。
そういう人たちも平会員と一緒に、末日聖徒やその他のいわば「本の中の本」である聖書を大切に思っている人たちの為に、この聖書に関しての言語学的、文化的、歴史的或いは文学的観点から注釈書とか研究書を出版しています。
アメリカで広く知られていることさえ、指導者からのルートを経ないと受け入れようとしない会員もいます。
両氏の探究目的はは反モルを募ることではありません。
研究会や著書を通して教会員が持つべき視点を理解できると思います。
私はモルモンに彼らのような、探究心を持つ会員がいることに救いを感じています。
ジョセフ・スミスも真理の探究者でありました。
動機はまったく同じです。
私はもう教会に籍はありませんが、いまでもいろんなつながりはあります。
良い面も多く知っております。良い面の方が多いこと
も理解しています。
ただ今の教会を見て残念に思うことは、あいかわらず探究する人が少ないということです。
また真理を探究することを異端視する風潮があることです。
教会に忠実であることは神に忠実であることとは限りません。
聖書を読めば、イエスの直弟子ペテロよりイエスに会ったこともない元迫害者パウロの意見が支持されたことが判ります。
先任使徒がいつも正しいわけではないと思います。
教会の中に探究者を異端視する方がいらっしゃるのは残念なことですが、素晴らしいと思うのはベテランの会員の中にも広い視野を持った方がいるということです。
理解しなくとも、誤解はあってはならないと感じています。
アドバイスされた会員も善意の忠告と考えているのでしょうが、残念ながら誤解をされているようです。
日本の教会を停滞させている理由の一つは学ばないこと。
思考停止と全体主義の賜物です。
NJ氏は反モルとは全く関係がないと感じています。
ある部分で反モルと主張が重なる部分があるかもしれませんが、反モルとは動機も目的も違います。
活発会員に言いたいことは、反モルの主張にも正しい部分があるということです。
アメリカではそのことが一部に理解され始めていると感じています。
私は、在籍中にNJ氏書かれた<死者のためのバプテスマの研究文>を拝見し、証を深めて頂いたことがあります。
それは教会から提示されなかった情報で、神殿活動の正当性を裏付けるものでした。
私自身は中立のつもりですが、会員にすれば反モルに近い立場と捉えられていました。そのような立場ですからはっきりと言えます。
両氏は反モルではありません。
ジョセフ・スミスと同じ動機をもった真理を求める立派な神の器であります。
<死者のためのバプテスマに関する研究文> この部分が抜け落ちました。
挿入致します。
こう書きたかったのです。
記号を使ったので抜け落ちたようです。
申し訳ありません。
モルモン会員に学ぶひとが少ないのは会員に問題があるのではありません
教会が会員にそうさせているのです
会員ではなく教会のシステムを構築し維持管理している側に問題があります
追記
>私の大切な人は
彼らもあなたのことをそう思ってくれていますかね?
少なくとも私ならば、教会員であるなしを問わず「人を裁くような人」とのお付き合いはご免こうむる。
>嘘ばかりの主張
だからそれが「人を裁く」ことなんだって。
それに「嘘」であることを判断するのは誰ですか?
あなたにとっては嘘かもしれないが、他の人にとっては真実かもしれない場合も多々ありますよ。
自分を絶対視するのは大変危険です。
なぜなら彼の立場は凄く手短に言うと「モルモン書は作り話だが宗教なんてそんなもの。それを理解した上でモルモン教会の価値を高めて行こう」というものです。
ネットの普及でモルモン教義がデタラメであることを知って教会辞めていく人が多いのですが、そういう情報に触れても教会に留まれるような考え方、物事の捉え方をNJさんは探ろうとしているわけです。多分これが第三の視点です。
だからモルモン会員が彼を敵視するのは勘違いも甚だしいのです。むしろ教会のために尽力しています。
読まないだけならまだしも、教会に聖書を持参して来ない会員もかなりいます。
気のせいかも知れませんけど?
私の錯覚であることを祈ります。
ありがとうございます。
とおりすがりさんのは大変勉強になりましたし、オムナイさんのは教会に霊的回復の兆しが見られているようで嬉しかったし、落伍者さんのは共感できる部分が多かったです。
そして、この学びと情報の場を提供してくださるNJ兄弟、いや沼野先生に感謝します。
失礼しました。
「モルモン教会では神を信じなくても許されるが、幹部の批判は許されない」
これ、実に名言だと思います。
モルモン教会は実は何を信じている宗教なのでしょうね?
しかしながら主は一足飛びに出来合いの教会を与えられたわけではなく、主に導かれるがゆえに光に向かっての修正主義であり、預言者もわれわれと同じ限界のある人間であるがゆえに、たまには現代の我々から見て、理解に苦しむ変なことを述べたり、明らかに間違うのは仕方のないことと理解しています。 それでもそれがあって今があるわけであり、我々なりに感謝はしているのです。
そういう理由でわれわれは、啓示を尊重しつつも、多面的な理解を深めるために学問的に妥当と思われる暦的な評価をしたいと思っているだけです。 指導者や教会を批判して冒涜したいのではなくて、単に歴史的な評価をしたいだけ。 信仰は別問題と割り切ってます。
「モルモン教会では神を信じなくても許されるが、幹部の批判は許されない」
これこそ原理主義者を端的に表した表現でしょう。 古い説教を持ち出しては、背教しただの滅びの子だのと恫喝するのが好きで、その行動は、パワハラセクハラ嫌がらせも平気であり、ちっともキリストの光を感じない。 頼まれもしないのに、求道者や弱い会員にちょっかいかけて傷つけて、主の道をふさいでばかりで反省もない。
預言者が間違うのは限界のある人間だからではなくて、神から啓示を受けていないからではないのですか?
ってゆーか、あなたは預言者のことを「明らかに間違う」って認めてるんだぁ~
神殿面接のときにそれ告白しなくちゃね(笑)
>古い説教を持ち出しては、背教しただの滅びの子だのと恫喝するのが好きで、
古い?2千年前のオリブ山の説教を学んでいる人たちが、たかだか数十年前の幹部の説教(しかも現今の教会書籍に載っている)を古いと?
でも「背教しただの滅びの子だのと恫喝のが好き」な指導者は確かにいましたね。素敵じゃないですか。さすが唯一まことの神の教会。
>求道者や弱い会員にちょっかいかけて
「預言者も明らかに間違う」ってあなたの台詞を彼らに伝えたらいかが?
当ブログ 2014/12/03 グライスの「協調の公理」を参考に書き込んで貰えれば、有難いです。
勘違いしてもらっては困る。 ビショップも原理主義みたいな彼らの言動には引っ掻き回されて困っています。
>「預言者も明らかに間違う」ってあなたの台詞を彼らに伝えたらいかが?
必用もないに、あえて伝えるつもりはありません。
明らかに彼が反モルモンから情報を聞いてきて、原理主義者の推進で傷ついていたら、こういいます。
ペテロだってノアだってこうだった。 ジョセフスミスだって度々主から叱責されている。 時の預言者は最大限の努力するが、完璧だから召されているわけではないという原則は(レベルの高さはともかく)日曜学校の会長と変わらない。
教会は指導者について、まれに間違ったり誤解されたりするようなことを述べることもあると認めていて、単に、神に召されている生ける預言者の教えを批判して嘲ったり、反抗しないように述べているだけ。くらいは伝えます。 あくまでも傷つけられた人対象にね。
>引っ掻き回されて困っています。
>明らかに彼が反モルモンから情報を聞いてきて、
>原理主義者の推進で傷ついていたら、こういいます。
生ける予言者に従うのは原理主義でも無いし、反モルモンの情報でもありません。予言者が間違っていても従えっていう話が教会の公式サイトに書いてあるんです。ここ読んで下さい。マリオン・G・ロムニー管長のところね。
↓
https://www.lds.org/manual/teachings-of-presidents-of-the-church-ezra-taft-benson/chapter-11-follow-the-living-prophet?lang=jpn
それにオムナイさんも昔は、「私は指導者の指示がよく分からなくてもまず実行してみます。そうするうちにだんだんと分かってきます」みたいな従順な態度を説いていたそうじゃないですか。
だから何があっても予言者には絶対従わなければならない、これモルモン教義です。ひょっとしてあなたは実は教会員ではないのかな?
それとも人の話を理解できないタイプの人かな?
幸いなことに私にとっては分かりやすいので、「指示がよく分からなくてもまず実行してみます。」ということは今のところ経験したことがありません。
過去の啓示やメッセージについては、必用ならば現在の預言者が適切な解説とともに引用してくれます。 「現在の預言者」の部分は、原則から言って、「現在のビショップ」に読み替えるのももちろん正しいと思うよ。
また自分の啓示として過去の預言者の啓示を自分のものにすることはもちろん構わない。自分が与えられた責任の範囲で使われることもあるだろう。
だけど召されてもいない者が、お節介するのは罪になっているかもしれません。 そもそも預言者の言葉を質にとって、嫌がらせや他人への攻撃に用いる方法が不適切使用です。
時代背景が違うどう考えても違和感のある文言や、引用されなくなって久しいような資料を出してきて、さあ神が召した過去の預言者のメッセージだ。お前もその通り信じて従え、さもなくば背教者とかののしれば、もはやサタンの方法になっているのです。
どちらにしても恫喝は出る幕がありません。 都合の良い恐怖で人身を縛ろうというのはカルトの特徴じゃないのかな。
1.予言者の言葉に関して知識がある
2.教会員に対してある程度権力を持っている
これってつまりモルモン教会指導者のことじゃないか。そんな指導者がいるのかい、怖いところだねぇ、モルモン教会(笑)