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いつも一緒に❗️

信仰はキリストから来る 3月18日

今日の聖句
ヘブル人への手紙12/2
[信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、辱めを、ものともせずに十字架を忍び、神の御坐の右に着座されました。]
   エノク牧師のメッセージ
(信仰という言葉を辞書で引くと、[経験や知識を超えた存在を信頼し、自分を委ねる自覚的な態度]という説明が出てきます。それが一般的な理解だと思います。超越的存在に対する人間の主体的な意識と態度が信仰であると。
聖書は言います。信仰とはイエス・キリストご自身が造り、完成したものであると。すなわち、全人類の(私の、あなたの、そしてあの人の)罪を贖う十字架の苦しみによって造られ、復活によって完成したキリストの救いの業そのものを信仰と呼ぶのだと。
人が自分で信じていることを信仰と言うのではありません。私自身が自分の信仰を完成するのでもありません。もう既に、キリストが完成なさった信仰がある。私達の状態がどのようなものであっても、私達の為に完成された信仰がある。ここに私達の希望があります。
キリストが私達ひとり、ひとりに、この信仰を与えてくださる。信仰歴の長い短いは関係ありません。まだ教会に行ったことがなくても、聖書を読んだことがなくても、聖書の言葉が心に届き、キリストの心に触れられる時、この完成された信仰が与えられる。あなたは救われるのです。
自分の信仰について考えたり、思い悩むのを止め、キリストに目を向けよう。信仰はキリストから来る)

ちょっと長いメッセージでしたが、私にとって、根幹を教えていただきました。天に届く愛、信仰、感情、感動はすべて親なる神さま、子なる神さま、聖霊なる神さまからしか来ないですねー

   記憶の足跡
  高校生時代 新潟高田にて

母と私の勘違いの話をひとつ〜
[せっちゃん、ホラ、ホラ来てごらん❗️]母はたくさんの年賀状を手に持って、私を誘います。[ほら、1等当たっているよ。2等も‼️すごいよー][本当だ。お母さん、良かった❗️嬉しいねー😃]2人で宝くじに当たった喜びを分かち合っていました。すると、父がそれを覗き込み、[バカか❗️手にしているのは年賀状の葉書じゃけん。宝くじとは関係ないじゃけん。]父は冷やかに2人を見つめそして、大笑い😆をして、引っ込みました。バツの悪かった2人ーしばらく静かにしていました😆
話、もうひとつ〜
我が家は元旦から3日まで、入れ替わり、立ち替わりたくさんのゲストが来ます。父が結構、上司だったので、部下の方々が3日間、毎日10人〜20人と年始にやって来ます。その都度に母と私は大忙しで、おせちを出したり、お酒を出したり〜。お正月は本当、疲れます😆
2人共、疲れ果ててーそして、2人一緒の事を思いつきました。
ホウキを逆さに立ててその上に、雑巾を被せると、お客さんが帰るということわざ❓慣わし❓都市伝説❓教え❓があり、2人で笑いながらやってみました。出来たところにお客さんの1人が[奥さん、水飲ませてください]と、台所にやってきました。そして、そのホウキを見てびっくり‼️
お水を飲んで、皆さんを誘って即即と帰って行かれました😆ごちそうをたくさん残して〜🙏私達は嬉しくてそのご馳走をいただきましとさ〜🙏🙏父は浮かぬ顔をしていました。これは母と私の秘密です😆🙏


     POEM

  こんなに
 身近に
 主を感じたことはありません
 右にも 左にも
 前にも 後ろにも
 いや 内なる中にも
 あなたでいっぱいになっています
 どうすれば 良いでしょうか〜
 こんなに愛されて❗️
 紡ぐすべがありません
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