BOOTHにて、富士そば同人誌「フジソバマニア」を出品しています。この記事では「フジソバマニア」を制作するに至った経緯をふりかえります。
富士そば同人誌 制作前夜③はこちら。
全店制覇を目指してしばらくは、とくに大きな発見はありませんでした。つゆの味にカルチャーショックを受けたものの(前回参照)、それ以外のことは割とすんなり順応していたように思います。ただ、店舗によってつゆの味や接客が見事にバラバラで、妙に感心したことを覚えています。『偉いぞ! 立ち食いそば』に書いてあったことは本当だったのか、と。
店舗を巡りはじめて数ヶ月が経った2014年8月、大きな転機が訪れました。「珍そば」との出会いです。「珍そば」とは、富士そばの店舗限定メニューのなかでもインパクトが振り切っている珍品のこと。言い換えるなら「めちゃくちゃ変なそば」「超珍しいそば」といったところです。
参考記事:富士そば・オブ・ザ・イヤー2022
▲富士そば市ヶ谷店(2014年撮影)
市ヶ谷店を初訪問した際、店頭のショーケースに何気なく目をやると、ソレはありました。「冷し肉トマトそば」。品名からして、ただならぬ雰囲気が伝わってきます。メニューサンプルを見ると、そばの上に真っ赤なペースト状のものがドロリと乗っています。トマトペーストなのでしょうが、あまりにも変化球すぎる。理解が追いつかず「これ、お店で出して大丈夫なやつなのか?」と思ったほどです。
▲衝撃の「冷し肉トマトそば」
洗礼を受けるつもりで注文。そしたら、実物はさらにすごかった。精巧につくられたメニューサンプルとはいえ、所詮は無機物。「リアル」のインパクトには到底及びません。
混ぜて食べるのか、そのまま食べるのか。正解がわかりません。覚悟を決めてそのまま口に運ぶと……あれ? 思いのほか悪くない? というか、つゆとトマトの酸味が意外なほどマッチします。「そばも人間も見た目で判断してはいけない」。そんな教訓めいた気分にさせられます。
見た目はヤバい。けれど味は悪くない――。普段の外食ではまず得られない体験。頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃です。このときはじめて「珍そば」の破壊力とそれを平然と販売してしまう富士そばの恐ろしさを知ったのでした。
しかし、初遭遇から間もなく「冷し肉トマトそば」は、終売してしまいました。あっけない別れです。あとになり、店舗限定メニューは提供期間が極端に短いことを知りました。
それからというもの、私は憑りつかれたように「珍そば」を追い求めるようになりました。あの衝撃をもう一度味わいたい、誰よりも早く「珍そば」を発見したい……。券売機から消えてしまう前に……。これはいまでも私の行動原理になっています。
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衝撃の出会いからおよそ9年、今生の別れだと思っていた「冷し肉トマトそば」がまさかの復活を果たします。きっかけは、あるテレビ番組の企画でした。「各界のマニアの望みを叶える」というもので、マニアの一人として私に白羽の矢が立ったのでした。
「冷し肉トマトそばをもう一度食べてみたい」。私のリクエストを受けて、制作会社が調査を開始。うれしいことに当時の店長はいまも現役で、いまは神谷町店を担当しているとのこと。収録当日に神谷町店を訪れると、店長みずからお出迎え。「冷し肉トマト」は数ヶ月続いたロングセラー商品だったこと、当日富士そば本部がトマト系メニューの開発を推奨していたことなど、貴重な裏話が聞けました。
▲令和の「冷し肉トマトそば」。美しい。
そしてとうとう「冷し肉トマトそば」とご対面。思い出が美化されることは多々ありますが、このときは完全に逆パターンでした。店長自ら調理してくれたこともあり、令和版の「冷し肉トマトそば」は盛りつけも美しく、見るからに美味しそう。市ヶ谷店で食べたものとは、雲泥の差です。実際のところ完成度も高く、最後の一口まで美味しくいただけました。
もしかしかしたら、私が市ヶ谷店で食べた「冷し肉トマトそば」は、アルバイトスタッフが調理していたのかもしれません。まさか、9年越しに“本物の味”に出会うとは……。この奥深さもまた「珍そば」の醍醐味です。
珍そばの記録はこちら▼
富士そば原理主義|深淵なる珍そば・奇そばの世界