あかいおじさん

2008年10月03日 | 日記
※この物語はノンフィクションです。



もう1年ほど前の事だろうか、私はベースを背負って自宅に帰る途中であった。
帰宅路は狭い路地を通るのだが、交通の便もあってその道は狭い割りにいつも人通りが多かった。


時間は夕方を過ぎた頃だろう、辺りは少し夕闇に覆われていた。
いつもは人通りが多いこの道に、その日はなぜか私一人しかいなかった。
私は肩を手でほぐしながらいつものようにその狭い路地を歩いていた。

すると後ろの方から「チリン、チリン」という音が聞こえた。


自転車のベルだ。


誰かが自転車でこの道を通るのだろう。
邪魔にならないように私は道の端に移動した。
すると案の定自転車が近づいてきた。
そのまま自転車は私に近づき、私の右側を通って私を追い越した。


たわいもない、狭い路地で起こる普通の出来事だ。
しかし私は今追い越していった自転車を見て少しはっとした。


その自転車は異様なくらい真っ赤だったのだ。
それも元々あった色を改めて赤く塗ったような感じである。
その自転車に乗っている人間は後ろ姿から察するに50、60代の男性だ。
髪は白髪混じりの短髪で、服は少し汚い服を着ていた。


その自転車の色に少しびっくりしたものの、なんのことはない、ただの自転車とおじさんだ。

私はすぐに意識を歩くことに戻した。
しかしすぐに、意識をまたその自転車に戻すことになる。


私から前方に5mほど行ったところで、その自転車が止まったのである。


おやっ、と思った。

周りには何もない。
私は不思議に思いながらもその自転車に近づいていった。
2mほど近くまで行くと、その赤い自転車に乗ったおじさんがゆっくりとこちらを振り向いた。

その表情は満面の笑みであった。
そしてどこか親近感のある顔だった。


そのおじさんは振り向くなり私に、はっきりとこう言った。































きみ、琴をやるの?





















ん?琴?



私の頭は混乱した。
琴(コト)とはあの日本の伝統楽器の事だろう。
今の私の状態を見て、私が琴をやる人間だとどうやって判断したのだろう。
きっと背負っているベースを琴と勘違いしたに違いない。
うん、きっとそうだ。

しかしそう思うだけでは私の混乱はおさまらなかった。

なぜなら私は琴をやったことがあったのだ。
そう、あれは中学2年生のころだ。


その年は選択授業があった。
サッカー、バスケ、バレー、テニス、などから自分で選択した授業を受けるのだ。
その選択の中になぜか、「音楽」という選択があった。
中学2年生の男子だ、もちろん私はみんなと楽しくバスケとかサッカーとかしたい。


私は第一希望「バスケ」、第二希望「サッカー」、第三希望「音楽」、にした。


なぜ第三希望を音楽にしたのか今では分からない。
たぶん第三希望など、書くだけで絶対にならないと思っていたのだろう。
しかしその考えは今後改めることになる。

友人がバスケ、サッカーに決定する中、私は第三希望の「音楽」になったのである。







まぁいい、気軽に楽しもう。

そう思って「音楽」の授業が行われる教室に向かった。


教室のドアを開ける。
まだ誰もいないようだ。
そしてその教室にある楽器を発見する。



そう、それが琴だ。



選択授業の「音楽」は琴の授業だったのだ。
全くもって問題ない。
気軽に琴を楽しもう。


しかし様子が違った。


教室に入ってくるのが女子ばかりであったのだ。
次々と教室に女子が入ってくる。










ざわ…ざわ…




最終的には女子20人に対し、男子2人だった。








な…なんだこの状況…?

こんな状態が週1で?!




ま…じ…?


















うおおおおおおおおおおおおおお





















地球に生まれてヨカター!































そう、中学生だった私はすごく嬉かった。
しかもその女子の中にちょっと好きな子も混じっていて、なおさらだ。

私の琴との思い出はそんな甘酸っぱいものだ。
もう何年も前の話になる。








ん?

このおじさんは何者だ?
おっ…俺のあの甘酸っぱい思い出を知っているのか!





だっ、だれだっ!



教師かっ?!

校長かっ?!

父親かっ?!

殺し屋かっ?!






そうやって私が「あかいおじさん」を疑っていると、
私が何か言葉を発する前にその「あかいおじさん」はこう言った。




























ぼくも、琴、やっているんだよ。



































き、貴様も琴をやるのか…?!








私の「あかいおじさん」に対する警戒心は薄れなかったが、そのおじさんは終始笑顔だ。
私はもう少し「あかいおじさん」を威嚇するような、怖い表情をするべきであったかもしれない。
しかし私はそのおじさんに負けないくらいの笑顔をみせてやった。


私の特技は「作り笑顔」だ。

幼少期に多くの人間と接する機会があった。
その経験から人間と仲良くするための手段で有効なのは「笑顔」だと分かった。
愛想よく笑顔を作っていれば嫌われる事は少ない。












例えばこんな笑顔だ。










警戒している人間にこそ笑顔を作る。
だからこの「あかいおじさん」に対しても笑顔を作ることにした。

そして結果、おじさんの「きみ、琴をやるの?」という問いに私は笑顔で
「あ、はい。」と答えた。

このやりとりは時間にするとほんの数秒だったろう。
だがまるで宇宙を旅したような膨大な時間をこのおじさんを過ごした気分になった。



一瞬、間を置いて「あかいおじさん」は私の「あ、はい。」に対しこう答えた。






























ぼくね、広島で生まれて横浜で育ったんだよ。
今はここら辺に住んでいるんだ。
































えっ…自己紹介?!








そう、「あかいおじさん」は私の「あ、はい。」を無視して自己紹介を始めたのだ。

そこからはもう「あかいおじさん」のペースだった。
聞くところによると、この「あかいおじさん」はここら辺で琴の習える教室を探しているらしかった。
そして普通の琴よりも小さいタイプの琴を弾くらしい。

私はこの地帯で琴の教室が分からなかったので、正直に
「ここら辺では分からないです。」
と答えた。

すると、「あかいおじさん」は「そうか、そうか。」と満面の笑みで頷いた。


本当に正直に言うとここら辺じゃなくても分からない。


他にもその「あかいおじさん」といろいろと会話したのだが、なぜか思い出せずにいる。

ほどなくしてそのおじさんは「ありがとう」と言って
また赤い自転車に乗ってどこかへ行ってしまった。

なぜ琴の話題で知らないおじさんと会話したのかはもう謎だが、
そのおじさんについて分かったことがある。

広島生まれの横浜育ち、今は都内某所に住んでいる。
そして普通の琴よりも小さいタイプの琴を弾く。
移動は赤い自転車。



















やっぱり知らないおじさんだ








「あかいおじさん」との会話を終え、また自宅に帰るために歩を進めた。
しかし少しばかり歩いた頃、私の頭にある不安がよぎった。







俺が今背負っているものはなんだ?

ベース…じゃない…?









こ…琴なのかっ?!















「あかいおじさん」と琴の会話をする事によって
私は今背中にあるものがベースである自信がなくなっていた。
いま背負っているものはベースの皮をかぶった琴なんじゃないか、と。

周りはいつの間にかに人通りが多くなっていたが、私は足早に歩いた。
今まではベースだと思っていたもの、それがなんなのかを早く確かめたかった。

家についてすぐに私は背中のものを床におろした。
そしてケースをゆっくりをあける…










こっ…これはっ?!











そこにあったのは紛れもなく私の眼には琴だった。
どこからどう見ても私の眼には琴そのものであった。




これが琴。




そしてこれが今までベースだと思っていたもの。





似てるっ!
いやむしろ同じものだっ!

やはり私が今までベースだと思っていたのは琴であったのだ。
ベースの皮をかぶった琴だったのだ。

早期発見できて良かった、と私は胸を撫で下ろした。
と同時にとんでもない事に気付いてしまった。





ま…まさか世の中のベースと呼ばれているもの
全てが琴なんじゃないか…?






まっ…まさか……な…



























(「あかいおじさん」第1巻完)





次回予告
『謎の組織「琴の事なんか知りません」が秘密を知ってしまった井上の命を狙う!!
そしてまさかの「あかいおじさん」の娘登場?!
果たして井上は「あかいおじさん」と奇跡の再会できるのか!』












ここまで読んでくれた方へ
ここまで読んでくれた方には私から「暇人レベル47」の称号を与えます。
ちなみに私は「暇人レベル81」の称号を持っています。

私の暇つぶしに付き合ってくれてありがとうございました。
もちろん次回なんてありません。
後半ぐだぐだでしたが、「あかいおじさん」と出会った事、琴の話など全て真実です。

あの人、本当になんだったんだろう。

(答えはたぶんベースを琴と勘違いした普通のやさしいおじさんです。)