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Unknown (コーヒールンバ)
2010-06-11 22:25:53
僕もこの日記に同意します。
ただ起こそうとしているのは誰かなんでしょうか?一人の人間に起こせる事とは想像出来ません 感覚が麻痺してしまった人々、その裏側にある権力の魔性というものが感じられてなりません。組織とは人にとってどういうものでしょうか?今、僕はもっと少範囲での話し合いの連鎖が必要だと思います


 
 
 
Unknown (ニコ)
2010-06-12 14:10:41
私も以前はそう思っていました。

しかしいま中国に住み2年になりますが
その考えはやっぱり甘かったかも。という気持ちに揺れ動いています。
中国がチベットに軍の力を持ってして征服していったという事は一般の中国国民は全く知りません。
なぜなら中国国民はあれは「解放だったのだ」と信じているからです。そう政府に思いこまされているのです。日々の報道や教育によって。
政府が中国国民を殺した天安門事件も彼らは知りません。
政府が決断し、実行した事は、その目的とは別の大義によって国民に知られていきます。
もし、日本から米軍基地が無くなり、自衛隊も無くなってしまったら、それこそどうやって日本を守るのでしょう?
国民レベルでは、確かに誰も戦争なんてしたくないでしょう。人レベルで考えたら、日本が武力放棄しても大丈夫でしょう。
でも国として考えたら話は別だと思います。
国民の意思と必ずしも一致しないのが国だと思います。
私はこれからも一人の人間としては、三宅さんと同じ事を言うと思います。
しかし、日本人としては言えません。
もし今の政権が突然、「軍備を一切放棄する」といい、「もしも攻め込まれたら誇り高く、悪魔に殉じよう」といったら私はまったく喜べません。
三宅さんの意見を否定したいわけではありません。
何度も書きますが私もそう思っているからです。
でも、この問題を考える際には
『多分』、(戦争は)ありえない。とか
世界世論が黙っている『はずが無い。』
といったような不確実な理屈でなく
もっと踏み込んだ議論が必要なのだと思います。

なんにしても、私たちは考え続けていかなければいけないのですね。

いつも勉強させてもらっています。
ありがとうごさいます。
 
 
 
Unknown (nini)
2010-06-12 21:55:04
戦争をしないと破産、死んでしまうという国があるのでしょうね

でなければ、
どうして好んで、殺し合いの戦争などするものでしょうか
 
 
 
武器を捨てよう (ままだ)
2010-06-18 04:24:34
武器がなくなればいいと思う。勿論食べていく為の狩猟の道具は必要です。でも、傷付け合う為の武器はなくなればいい。

人類の大多数がずっと考えてきた事だね。

中国の清の時代、阿片対策の欽差大臣になった林則徐は一生懸命情報を集め、国際法を勉強し、政治手腕を発揮し、大国イギリス(ヨーロッパ列強)に対応した。
イギリスでも、他列強国でも、林則徐を代表とする清の対応が当たり前の意見だとする人々がたくさんいた。諭帖四条はすごい。
現代ならなお、まさに武器を棄てて国際関係を結んでいくべき。

まぁ林則徐は、最終的にイギリスにびびった皇帝に職をとかれてしまい、その結果イギリスに対応できる人物がいなくなり阿片戦争植民化が始まってしまうが…。

人間は歴史から学ぶ事がたくさんあるはず。先人から学ぶ事がたくさんあるはずだ!
 
 
 
小石族 (SUNSON1)
2010-06-21 16:59:42
このセンス、この感覚、この想いにわたしは賛同します。まさに「小石族」かと。たった一人の行動でもそれは世界中に影響を与える。だから自分はちっぽけで無力だなんて思わないで、ちょうど“小石”を海に投げ込む気分かもしれないけど、その“小石”が立てる波は世界中の海に伝搬していく。そういう感覚の大切さを、「小石族」というふうにオノ・ヨーコさんが名づけたものです。
 
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