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Unknown
(
ann
)
2008-01-22 13:38:04
「世の中の殆んどは勘違いで成り立っている」
という言葉を云った人がいて、
あたしはこの言葉とても好きなんです。
「真実」を「表現」して自分の外に出してしまうと、なんか歪んでしまいそうで・・・
というか実際歪んでしまったりして怖くて出せない時あります。
だから、細かい説明するよりも行動した方が良いのかなと。
特に愛情に関してはねっ。
子供に対しても、大切な友に対しても、惚れた音楽に対しても惜しむことなくどんどん行動したいな。
そして、いまひとつ不和な親子関係をなんとなく繋げてくれる「孫」という存在って、凄いなと実感してます。
親子関係でいえば、このニュウスも凄いなと。
父は父、オレはオレ。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200801210014.html
Unknown
(
MKY
)
2008-01-22 14:22:40
>annさん
ハハハ。この息子はナイスな生き様示してますね。
写真の目が信用できる気がする。
逃げも隠れもしない奴は、信用できます。
真実が歪んでしまうというのはまったくその通りで、「解釈」というのは人の数だけ存在すると思います。
その「歪み」を恐れずに手を尽くして伝導率高く思いを表現することを生業に選んだものが「表現者」であり「芸術家」だとおもいます。
この一見、実生活からは無意味に思える「職業」がいにしえよりあらゆる社会において重宝されてきたのは、その「表現」のプロたちの「心の表し方」が人間にとって不可欠な「コミュニケーション」の究極の在り方であり、またその「表し方」そのものに、普段包み隠している奥深くに在る感情を掘り起こされることが、人々の精神生活において必須の「メディテーション」たり得るからかもしれません。
だから、僕は公私を切り分けた「芸能人」よりも公私を混同した「芸術家」のほうに、聖なる輝きを感じてしまうのです。破滅的なまでの、真実への欲求は ひとつの人生としては 危険きわまりないものでしょう。が、ピータートッシュ先輩の言った言葉が 僕には人生の訓示なのです。
I'M SO AFRAID TO DIE
BUT I CAN'T STOP TELL THE TRUTH
(死ぬのは怖い だが私は真実を伝えることをやめられない)
僕はレゲエのスタイルに特化した表現者ではありませんが、その精神はパンクとレゲエから成り立っています。生前たびたび、マフィアや政治家に拉致られて半殺しにされたり撃たれたりしながらも、口を閉ざさなかったルーツラスタルードボーイこそが「ロック」であり「ルード」であります。それが「パンク」であり「レゲエ」であります。
ボブ・ディランの言った「法律の外側で誠実に生きる」とは、文面だけからは安易に捉えられない、そうした意味も含んでいます。
そうした表現こそが、僕にとっての至高の芸術なのです。
ド
(
daigo
)
2008-01-22 20:34:16
去年の大徹頭徹尾楽しかったす
また吉祥寺行きます
今日二十八歳になりました
これからもマクドナルドには頼りません
感歎な答えを求めて何回も何回も走り回ります
アパルトヘイトみたいなところに居るんならどうにかしんとね。
nakanaka
(
yamamoto
)
2008-01-23 08:41:27
空気という言葉、なかなかの言葉です。
いいですね。
こういうことばとの出会いが、自分を深めていくのでしょうね。
じじいはじじいながら、応援しています。
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という言葉を云った人がいて、
あたしはこの言葉とても好きなんです。
「真実」を「表現」して自分の外に出してしまうと、なんか歪んでしまいそうで・・・
というか実際歪んでしまったりして怖くて出せない時あります。
だから、細かい説明するよりも行動した方が良いのかなと。
特に愛情に関してはねっ。
子供に対しても、大切な友に対しても、惚れた音楽に対しても惜しむことなくどんどん行動したいな。
そして、いまひとつ不和な親子関係をなんとなく繋げてくれる「孫」という存在って、凄いなと実感してます。
親子関係でいえば、このニュウスも凄いなと。
父は父、オレはオレ。
http://www.cnn.co.jp/world/CNN200801210014.html
ハハハ。この息子はナイスな生き様示してますね。
写真の目が信用できる気がする。
逃げも隠れもしない奴は、信用できます。
真実が歪んでしまうというのはまったくその通りで、「解釈」というのは人の数だけ存在すると思います。
その「歪み」を恐れずに手を尽くして伝導率高く思いを表現することを生業に選んだものが「表現者」であり「芸術家」だとおもいます。
この一見、実生活からは無意味に思える「職業」がいにしえよりあらゆる社会において重宝されてきたのは、その「表現」のプロたちの「心の表し方」が人間にとって不可欠な「コミュニケーション」の究極の在り方であり、またその「表し方」そのものに、普段包み隠している奥深くに在る感情を掘り起こされることが、人々の精神生活において必須の「メディテーション」たり得るからかもしれません。
だから、僕は公私を切り分けた「芸能人」よりも公私を混同した「芸術家」のほうに、聖なる輝きを感じてしまうのです。破滅的なまでの、真実への欲求は ひとつの人生としては 危険きわまりないものでしょう。が、ピータートッシュ先輩の言った言葉が 僕には人生の訓示なのです。
I'M SO AFRAID TO DIE
BUT I CAN'T STOP TELL THE TRUTH
(死ぬのは怖い だが私は真実を伝えることをやめられない)
僕はレゲエのスタイルに特化した表現者ではありませんが、その精神はパンクとレゲエから成り立っています。生前たびたび、マフィアや政治家に拉致られて半殺しにされたり撃たれたりしながらも、口を閉ざさなかったルーツラスタルードボーイこそが「ロック」であり「ルード」であります。それが「パンク」であり「レゲエ」であります。
ボブ・ディランの言った「法律の外側で誠実に生きる」とは、文面だけからは安易に捉えられない、そうした意味も含んでいます。
そうした表現こそが、僕にとっての至高の芸術なのです。
また吉祥寺行きます
今日二十八歳になりました
これからもマクドナルドには頼りません
感歎な答えを求めて何回も何回も走り回ります
アパルトヘイトみたいなところに居るんならどうにかしんとね。
いいですね。
こういうことばとの出会いが、自分を深めていくのでしょうね。
じじいはじじいながら、応援しています。