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阿羅漢ってすごいネ (Unknown)
2008-12-03 11:33:49
悟りシリーズとても良かったです。


でも、正直言うと、消滅してしまうのなら一来果まででやめとこうかなぁ、なんて考えちゃってます(笑)←凡夫らしい思考回路

悟りにこだわらなくても、煩悩を減らせば減らしただけ苦しみは減るので、煩悩減らしに重点を置いて悟りはその副産物くらいに考えておくと良いかもですね。
 
 
 
きっと「愛」に還る (ものぐさ)
2008-12-03 12:22:45
と勝手な妄想でニヤニヤしているものぐさです。

どんな表現を用いたとしても、そこにあるのは
「真理」だと思って読ませて頂きました。

目指している場所は、同じだと・・・

交通手段は違っても辿りつきたいゴールが
同じならばマイペースで、しかも移り変わる景色も
楽しみながらいきたいですね~。

自分の身の丈をしっかり受け止め、「今」の一歩を
大事に歩いていけたら、いずれ辿りつけるかも~
と妄想の暴走が止まらない今日この頃です(汗)
 
 
 
超低レベルの質問 (じゃんりゅっく)
2008-12-03 12:39:02
すいません。あまりに低レベルで聞くのも
はばかれる質問なのですが。

こういう悟りのステージについては
仏陀自身が自分の言葉として語っているのですか?
それとも弟子みたいな人が
後から考えたものなんですか?

なんか武道でいう級や段、自己啓発セミナーの
初級・中級・上級・マスターコースみたいな
匂いがして、どうも「無理やり作った」ような
うさんくささを感じるのですが。
 
 
 
消えられるんだ… (caocao)
2008-12-03 12:46:50
消えられるって、なんてステキな。
フッと、ね。
いいなぁ。
 
 
 
なんというか (Fam)
2008-12-03 13:53:01
量子学の物質、反物質の対消滅のような印象を受けますねΣ(゜д゜lll)
今のような意識があるとは思えませんが、その域に達する(ものすごいミクロな世界にまで自己を分解していく)と消えるってそういうことなのかなって。
意識ももしかしたら人間の目に見えないだけで物質なのかもしれません。人が死を迎える時、数グラムでしたっけ?軽くなるとか。その意識体(とりあえずそう呼ばせてね?)がさらに意識体である自己を分析(分解)していくと・・・消えるって。
消えるっていってもそこには何もないのかな?多分そこには「空」が残るはず。物質と反物質が対消滅したって残るもの。が「空」なのかなあ?空=宇宙そのものってことなのかなあ。そこまで解ってしまった者が阿羅漢?( ̄~ ̄;)??
 
 
 
Unknown (MKK)
2008-12-03 14:24:14
ここの金子というヒーラーからとんでもないパワハラを受けています。

生命のヒーリング
http://www5.ocn.ne.jp/~heal/

ポジティブ意識の知恵
http://ardl.de-blog.jp/hsa/

今は会員制になっているここの掲示板において、
金子氏から、私が成りすましの書き込みをしたというデマを流され、
誹謗中傷されました。

金子氏が知られたくなかった情報を私が掲示板に書き込んだのが原因です。
それで私を成りすましをやっているとデマを流して私の投稿が信用ならないものであるかのように
情報操作・印象操作しようとしているのです。

こいつは、私がセッションに行ったときに渡したコア・トランスフォーメーションという本を読み、
それを勝手に自分の商売にしました。著者の了解も取らずに、勝手にコア・トランスフォーメーションという名前を冠した
セラピーを始めて、この4年間に渡ってお金を稼いできたのです。

心理板にコア・トランスフォーメーションのスレがありますが、
そこでもたびたび宣伝の書き込みをしていた模様です。

そういうことを暴露されそうになったので、急遽掲示板を会員制にして
一般の人には見られないようにし、会員にはウソの情報を流して私を悪者に仕立て上げ、
洗脳しようとしています。
 
 
 
百万回生きたねこ (ぽん)
2008-12-03 14:32:05
死んだ猫だったか?

ロングセラーのこの絵本のお話を思い出しました。
ストーリーは割愛しますが。

ふっと消える。

残されたものはどんな思いなのでしょうね。

悟りって孤独なのかな。

悟ったことがないからわからないや。
 
 
 
ちょっとビックリ (ken2)
2008-12-03 14:43:04
昨日のコメントに返事をいただいていたのに、さらに今日のブログでとりあげられていたので、ちょっとビックリ、ちょっとうれしい、そしてちょっと恥ずかしい思いです。
私も雲黒斎さんの昨日の返事にあったように、個がなくなって全体に溶け込むようなものかなとは思いますが、人間には把握できないレベルでしょうから、議論してもしょうがないとは思います。
そんな事を考えるより、その前にやるべき事や目指すべき事がたくさんあるでしょう。
ただ、目指す先が消滅で終わりでは、やってられないという思いで、質問させていただきました。
きっと、個がなくなっても想像を超えたすごい世界が待っていると思いたいです。
 
 
 
Unknown (ら・む~)
2008-12-03 20:04:41
今まで ちっともわからなかったこのシリーズですが

今日の記事は

すーと入り

「そっかー」「なーんだ」みたいに感じました。

すごく楽になりました。

長い間 もやもやしていたものがはずれていきました。

ありがとうございますm(__)m
 
 
 
おつかれさまでした。 (pyo)
2008-12-03 21:16:32
シリーズ面白かったです。
勉強になりましたし。
次のシリーズも楽しみにしています。
 
 
 
「消える」という表現ですが (pyo)
2008-12-03 21:29:07
二次元視点から三次元の立体世界を語っても理解が難しいかな~・・・
さらに一次元から三次元って想像外だろうな~・・・
と考えてみると、
三次元の肉体的感覚と言葉でさらに遥かに高い次元であろう阿羅漢果について語っても語りきれないのかもな・・・
とまぁそんな風に感じました。

ただ、「消える」というのを私的に解釈すると
根本の宇宙エネルギーと同化しちゃう、ということかな、と。

根本の宇宙エネルギーと同化しちゃうと
全ての宇宙の存在にエネルギーとして注がれて同化していくものでしょうから
そのエネルギーを受けている私たち生きとし生けるもの全ての中に阿羅漢は存在する。

たまにスピリチュアル系の情報をみていくと
「誰もがキリストの魂を持っている」
という表現に出会いますが
あ、こういう意味なのかなと思いました。
 
 
 
お疲れ様です! (苺@携帯)
2008-12-04 12:32:22
シリーズの完結、お疲れ様ですー♪

私の感想は
「頭で理解する事じゃなく、自分でその領域に入っていくしかない。」
です。

議論は意味がないと思いました。
知識も私は要らないかも知れないです。
感じる事の方が最近は大切です。
感じて見つめる・・一人遊びみたいですが、クセになります(^^)
 
 
 
原始仏教の教えは (ナナミ)
2012-03-17 23:12:56
原始仏教の教えは冷徹そのものですね。極楽へ行って永遠に幸せに暮らすとかではなく、ただ消滅するだけ。消滅することでこそ苦から逃れられる、存在することは、どこまでいっても苦でしかない、とは、ともすればニヒリズムに陥ってしまいそうな思想だと思います。

小池龍之介氏は、悟って消えることを「究極の自殺のようなもの」と著書で断言なさっていました。そして同時に、悟りとニヒリズムは全く別物だとも、ご自身のサイトでおっしゃっていました。

日本の仏教は大乗仏教ですが、この大乗仏教の教えだと、悟った者は仏になって、未だ救われない衆生を救うために活動するということだそうですね。

私はこの考えた方のほうがいいなあと思います。
あるネットで知った日本の保守派の方がおっしゃるには、「原始仏教から毒を抜いて、改良したのが日本の仏教」だそうです。原始仏教を否定するわけではないですが、私も大乗で言われていることの方がしっくりきます。

せっかく仏教のお話をしてくださったというのに否定的なことを言ってすみません。一連の仏教のお話は面白かったです。ありがとうございました。
 
 
 
どーしてもわかりません。教えてください。 (修行ムシ)
2013-06-16 18:29:56
はじめまして雲黒斎さん。

ドキドキしながら投稿してます。

このブログを知ってから
毎日、ワクワクです!
楽しく全部読まさせていただいてます。

先日はトークライブにも行かせていただき
その時に
質問したかったのですが、
はずかしーくて
手をあげれませんでした。

私は、
仏道に入るのですが
どーしても以下の事がわかりません。

比叡山延暦寺で高層の方たちに
説法したと話しされてたので
ぜひぜひ
私にも聞かせて欲しいです(^O^)

本当よろしくお願いします。



お経や真言。
もともとは
ブッタが
みんなに説法したものがまとめて書いてあるみたいな
風に聞くけど、
それを仏さんや仏像、曼荼羅に
唱えて
どー意味があるんですか?

仏さんたちは
聞いとるのかな?

聞いて嬉しいのかな?

っみたいな
もっとあるのですが
よろしくお願いします。


 
 
 
修行ムシさんへ (仙人老師)
2013-06-18 05:09:15
あくまで個人的な意見ですが…
黒斎さんが答えるまでのつなぎとして、と思って下さい。
黒斎さんの過去の記事に
宗教関連のカテゴリの
正見.2http://blog.goo.ne.jp/namagusabose/e/cbd8e5c1b877580b14ced40177324809
というのがあります。
そこにも書いてありますが、何か、あるいは誰かを有り難がって拝んでも意味はありません。
寺として信者や坊さんを増やすために必要なのかもしれませんが、悟りの境地に達するために必要な事ではありません。

“仏さんや仏像、曼荼羅に唱えて
どー意味があるんですか?”

私がこの質問に答える事は出来ません。
ただ、悟りの境地に達するために必ず必要な事ではないと思います。

真理を本質的に理解し、八正道を実践すれば、悟りの境地に達するのは難しい事ではないと思います。

お経や真言が、ブッダが説法したものであるならば、それを仏像に向かって唱える事で何の意味があるのでしょうか?
意味があるように感じられますか?
私には意味があるようには感じられません。
人が介在する事による改悪な気がします。

“煩悩”の一つ、“戒禁取”だと思います。
おかしな話ですよね?
宗教の本場と言える場所で、形式に囚われているなんて。

私にはわからないだけで、何か意味があるのかもしれませんが…

不快に思われるかもしれませんが、一つの意見として聞いて下さい。
 
 
 
仙人老師 さんありがとうです。 (修行ムシ)
2013-06-19 00:19:04
苦行で悟りは開けない!
それは
このブログを読んでるので解ります。

お坊さんの
役目って
悟りを開くモノだけでは
ないと信じたいですが
どうなんでしょうか?

いろいろな戒を授かって
お経を唱える事で
何かあるのか?
って言うことが
しりたいのです。

よろしくお願いします。
 
 
 
修行ムシさんへ (仙人老師)
2013-06-19 05:41:52
私には修行ムシさんの質問に明確に答える事は出来ません。

“いろいろな戒を授かって
お経を唱える事で
何かあるのか?”

この行為自体にはくどいようですが、
意味があるとは思えません。

ただ、もし、正しい“在り方”を理解し、実践できるお坊さんがいるのであれば、ブッダがかつてしていたように、人を導く事ができるのではないしょうか?

逆に、お坊さんが間違った事を理解し、実践をすれば、それは人の道を誤らせる行為になると思います。

やり方には意味がなく、在り方に意味があると思います。
お坊さんの在り方に意味があるような気がします。

修行ムシさんの質問は申し訳ないですが、自分には答えにくいです。

やり方に意味がないと私は思っているのに、こういうやり方って何か意味がありますか?って聞かれていらっしゃるので…

失礼な物言いになっていたらすいません。
どなたか修行ムシさんに答えて下さい。
お願いします。
 
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