Stadt

主に北条司原作の漫画シティーハンターについて語ってます

気付いたときにはいつだって遅い

2013-07-08 01:07:54 | 二次創作
「結婚するんだってな」

いつになく真面目な顔でミックが告げたのは、全く脈絡のないものだった。
遼とミックは行きつけの飲み屋で肩を並べて飲んでいる最中であった。
「ハァ?何、お前もう酔ったのか…」
当然ながら遼に結婚という言葉は無縁だ。戸籍がない以上結婚なんてしようがない。
怪訝な顔で見つめると、ミックは大げさに肩を落とした。
「お前こそ、何とぼけてるんだ。カオリのことだよ、カオリ」
「香、んな馬鹿な」
いや、ありえない。


「お前まさか聞いてないのか?」
目をこれでもかというくらい見開いている。
「…何も聞いてねーよ。お前も嘘つくならもっとリアリティのある嘘をつけよな」
付き合いきれん、とその話題は軽く流した。
ただ、何となく酔いも覚めてしまったので今夜は早めに切り上げることにした。


「おかえり、遼。早かったのね」
家へ帰ると普段と何ら変わらない香が遼を出迎えた。
何かを隠してる様子もない。
ミックの奴がからかい半分で吐いた嘘だと承知の上で遼は一応探りを入れてみる。

「あのさ…お前。」
「何?」
平然としている香を前に、躊躇いが出る。
「け…」
「け?」
「だから…け」
「だから何よ?まさかアンタまた碌でも無いことしでかしたんじゃないでしょうね」
「ち、違う。俺はただミックから聞いてお前が結婚…」

「あら、もう聞いてたの?遼にはあとで言おうと思ってたのに。でも幾ら何でも結婚なんて…
どんな伝え方したのよ」


「な、何だやっぱり」
と言いかけたのを香の言葉が遮る。
「ただ先方のご両親に会いに行くだけなのに。」
「え?」
両親に会う、という言葉に血の気が引くのが分かった。
「ミックったら本当にどんな伝え方したのかしら。聞かなかった?今週の日曜日に会いに行くのよ」
「そ、そんなに急に!?俺は一言も聞いてないぞ!」
「だから、後で言おうと思ったって言ってるでしょ!それに…」
「それに、、何だよ」
「遼は興味ないと思って。特に男のことなんて関心ないだろうし。
それに今回のことは遼には直接関係ないしね」
面と向かって関係ないと言われるともうどうしたらいいか分からなかった。
そうだな、というしかない。


結婚なんて…と香は言っていたが先方の両親に会うということは近い将来結婚も充分あり得る。
どこかで変わらないでいられる気がしていた。
あいつも年頃だしなァ。
ガシガシと頭を掻きむしる。
ああ、どうすりゃいいんだ。
いや、何もするべきではないのか。
ただ見守れば良い。簡単なことなんだ…
こんなところで槇村の気持ちを味わわなきゃならんのか…

「んで、相手はどんな奴なんだ?」
コーヒーをいれる香の背中に向かって語りかけた。
「え?あぁ、とってもいい人よ。紳士的だし、素敵なひとよ。珍しいわね、アンタが男に関心持つなんて」
「ま、一応な。」
「気にはしてくれてるのねー」
「そりゃあ、俺はお前の保護者的立場だしィ」
「ありがと、でも心配しなくて大丈夫よ」

大丈夫、という言葉が小さな刺のように刺さった。
俺は肉親でも恋人でもなんでもない。
アイツの人生に口出しなんてできないんだ。


※※※※※

「それじゃ、行ってくれるね。勝手に飲みにくんじゃないわよー」
小奇麗にした香を前に咄嗟に手が伸びる。
「何?」
気がついたら腕を掴んでいた。
「…しっかりやれよ」
「うん、ありがとう」





結局何も出来なかった。
いや、それでいい。
何度も言い聞かせた。

ただ、何故だろう。時計の秒針の音が嫌に耳に残る。
一体、何時間経っただろうか。

何となく今までのことが思い出された。
怒る香、泣く香、喜ぶ香
そして笑う香

――あの自分の名を呼ぶ声

全部、隣から無くなってしまうのか。

急に息がうまく出来なくなった。
ただ息苦しさだけが残る。
居ても立ってもいられなくなり
香がどこに居るのかも知らないくせに俺は外へ向かって走りだした。
俺は一体なんなんだ。
何がしたいんだ。
俺は香の幸せを誰よりも願う立場にいなきゃならないのに

…結局、俺は手放したくないんだ。


「遼!」
「…香」
偶然、本当に偶然帰ってきた香と出くわした。

「どうしたの、さてはアンタあたしが居ない間に飲み歩こうと…」
「違うみたいね。息切らせて何かあったの?」
「……いや」
「それより、お前の方はどうだった…上手くいったのか?」
「うん。それはバッチリ!まぁそんなに難しくないもの。ご両親も認めてくれたみたいだし。
丸く収まったわ」
「そうか…」
良かったな、その一言がどうしても喉から出てくれない。
「何よ、あれだけ気にしてくれたくせに反応が薄いわね!」
「香、お前に話がある」
「話?良いわよ。その前に立ち話もなんだし家帰る?それとも報酬も貰ったし久しぶりに外で何か」
「あぁ…ん?報酬?」
「うん、実はね。成功報酬その場で現金でくれたのよー、お陰で助かっちゃった!
しかもあんな簡単な依頼でこれだけもらっちゃった。本当気前のいい人で良かった」

「お前…」
「ち、違うわよ。そりゃ婚約者のフリするだけでこんなに貰ったら申し訳ないって一度は断ったわよ。
でもどうしてもって言うから…」

「ちょっと聞いてる?」

「あぁ…クソ、あの堕天使め」
わざとあんな伝え方しやがったな…
「香、悪いな。やっぱ俺、急用ができた。先帰っててくれ」

「え!?話があるんじゃないの?ちょっと!りょおー」



おまけ

「で、話ってなによ。あんた怖い顔してどこに行ってたの?」
「ま、ちょっとな。あぁ、さっきの話なんだけど」
「俺は槇村にはなれないって話」
「?全く話が見えないんだけど…」
「香、コーヒー淹れてくれ。俺は疲れた」
「はぁ?意味分かんない。どうしてあんたが疲れんのよ。仕事して帰ってきたのはあたしだっつーの!」
文句もいいつつキッチンへ向かう香を眺めながら遼はゆっくりと息をついた。


END
















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