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千匹どころか万匹のハエ (ゴンベイ)
2007-08-19 11:57:50
子供の頃に内臓があらわになった犬の死体に無数のハエがたかっているのを見たことがあります。河原に大量の魚が打ち上げられて無数のハエがたかっているのを見たことがあります。

硫黄島のような閉鎖領域を除けば、太平洋戦争中で日本軍で最も死傷率が高かった戦線はフィリピンです。昨年の夏過ぎに亡くなった義理の叔父は陸軍の機関銃兵で、南方と本土の補給線確保のために中支からフィリピンに送られ、栄養失調になりながらも何とか日本に生還しました。母の兄である叔父は看護兵でしたが、陥落後のマニラ近郊で米軍キャンプへ銃剣と手榴弾程度の武装?で万歳突撃をして銃殺されたそうです。部隊はほぼ全滅で、兵士だか看護婦が生き残ったものの使命としての伝えていただいた切れ切れとした情報が遺族の受け取ったすべてで、遺体や身に着けていた遺品などは何一つ帰ってくることはありませんでした。恐らく伯父の死体には千匹どころか万匹のハエがたかったことでしょう。米軍による日本兵の死体処理の多くはブルドーザーにより土をかぶせることだったそうです。今もって伯父がどこに眠っているのか分かりません。墓には出征前に切り取っておいた遺髪だけが納められています。

イラクやアフガン、ダルフールなど世界各地で千匹も万匹ものハエがたかった死体はごろごろありますが、日本人の我々は、写真ですらまずは目にすることがありません。朝日の社説子が、ほど遠い「清浄」な世界に住んでいることがよくわかります。
 
 
 
戦争の悲惨さを語ることの限界 (ドコモダケ)
2007-08-19 15:02:40
 戦争の悲惨さを語るということ、それはつまり、戦争になったら我々がそうなるかもしれないという一種の脅しです。それは決してポジティブな考えではなくネガティブな考えの一種だとおもうのです。
 脅しで人を動かすのは限界があるとおもうのは私だけでしょうか?
 ことさらに悲惨さをあおり、人々の恐怖心を煽ったところでその結果出てくる人々の行動は果たして社会にとって有益であるかどうか疑わしいものです。
 決して無意味だといいたいのではありませんが、悲惨さを語ることと未来に向けた希望のあるメッセージはセットだと思うのです。そして、出来れば悲惨さが心に残るのではなく、未来への希望(例えば平和な世界の仕組等)が心に残るようにしなければ、本当の意味での平和は永遠にやってこないような気がします。
 なんとなく、暇なときにどういう仕組があれば世界が平和になるかを考えている今日この頃です。
 世界の軍事費に税金をかけられたら・・・なんて、おもったりもします。
 
 
 
Unknown (これお・ぷてら)
2007-08-19 19:16:40
>ゴンベイさん

私も幸か不幸か、ハエがたかるのをみたことはあります。人が死んで放置されたらこうなるというところまでは想像がつく。

けれど、コメントの中段にあるゴンベイさんしか語ることのできない、動かしがたい事実にまさるものはないでしょう。人の心をうごかしうる。
まず、経験あるものが醜さから眼をそらすことなく、狂気に人間は陥る可能性をもつ生きものだということを周りに伝えることからはじまるのではないでしょうか。


>ドコモダケさん

どうなんでしょうね。戦争を語るという場合は、戦争それ自体が非日常の世界ですから、醜さや非人間的な側面を事実として語ることをあらかじめ意味していると私は思います。逆にいえば、人間はそんな醜さや非人間的なものをいつでも生み出す生物だということを伝えることなのでしょう。
仰るように、未来への希望を考えることのできる生き物のはずです。考えるためには、同時にそれとは対極にある醜さや非人間的なものもまた理解しないといけないのでしょうね。

>世界の軍事費に税金をかけられ…
ドコモダケさんらしい提案で、以前ニモコメントいただきましたが、現にある軍事費に負荷をかけるいいアイデアかもしれませんね。
 
 
 
朝日の社説子 (やまかわ)
2007-08-20 22:09:12
中学生に呼びかけるような社説は
朝日の社説子の
自らを尊しとする不遜な態度を
端的に表現していますな。
 
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