コメント(10/1 コメント投稿終了予定)
Unknown
(
RYU
)
2009-02-17 23:50:45
加藤周一は、日本社会をもともと多元文化が共存して来たと考えているようですが、それを統合する郷土社会なり、右翼思想なりが、かつてはあったと思うんです。
人権を守るという意味では、力を持った集団による搾取から守るという事が肝心で、規範が形を失っただけに、個人が非人道的言動や犯罪をする危険性があるのではないでしょうか。
国家が人格を有しているとすれば、その源は憲法でしょうね。現行憲法の解釈拡大で自衛権や主権を守るための、国家の人権を侵されないようにするための法整備は必要だと思いますが、米国の意向が強く反映された憲法なので、一度国民投票を行って、現行のままで良いと日本のものとするべきです。
時代の変化、人口移動、新中間層の増加によって規範を失った人心を統合し、社会不安を抑制するためには、しっかりした指導者が誕生してもらうしかないんじゃないですかね。
また、著書を読みます。
>RYU_さん
(
これお・ぷてら
)
2009-02-18 19:10:36
>加藤周一は、日本社会をもともと多元文化が共存して来たと考えているようですが、それを統合する郷土社会なり、右翼思想なりが、かつてはあった
のでしょうか。具体的にいうとそれは何なんでしょうか。
>規範が形を失っただけに、個人が非人道的言動や犯罪をする危険性があるのではないでしょうか
>規範を失った人心を統合し、社会不安を抑制するためには、しっかりした指導者が誕生してもらうしかない
規範以前の、生活基盤がしっかりしていること、RYUさんの言葉を借りれば「人権を守る」条件が整っていることが、社会不安を抑制する契機になるのではないかと私は考えますが。
今回いただいたコメントには、こんな疑問をもっています。
参考になるでしょうか?
(
RYU
)
2009-02-18 21:09:52
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/taguchikosou.htm
ttp://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/2521.html
引用では「日本文化を本質的に雑種文化と規定し、これを国粋的にあるいは西欧的に純粋化しようという過去の試みがいずれも失敗した事を説いて、むしろ雑種性から積極的な意味をひきだすよう提言」
とありますが、雑種文化とは多種多様な生活や人格が共存してきた、という事だと思いました。江戸時代には階層社会として秩序立っており、西洋化と国粋化のせめぎあいが始まったのは、近代化が進んでからで、戦争も起こるようになる訳ですが、江戸時代に平和が保たれていたのは、上に立つ者が規範意識を持ちながら、近隣のアジア諸国と文化同質性が根幹にあり、経済的繋がりは希薄であっても価値観外交が可能であったからだと思います。
戦後、大衆化によって、指導者依存ではなく、自由な生き方をする個人に、規範を見出だすようになったのに、異端を排除する傾向がありますよね。それは、三百年続いた江戸時代の間に、集団主義が深く根付いたからではないかと思います。戦前に軍国主義に向かったのは、国民がファッショに弱く、自身の思想信条よりも場の空気、集団主義を重視してきたからだと思います。
Unknown
(
RYU
)
2009-02-18 23:50:05
であるので、牽引力のある指導者が国民の求心力にならないと、マスコミの世論操作によって、政権運営が阻害され、国難を解決するための政策の実行力が発揮できないという事です。社会全体よりも個人主義を重視する、遊び人やタレントのような人達が日の目を見るようでは、国民一人一人が主役となって社会問題を解決する、議論するような民主主義の本領が損なわれると。
それから、分極多党制になってしまうと、政界を超えた集団指導体制となり、マスコミ、世論、ブロガーといった統合性のない大量の意見と歩調を合わせながら政策を選んで行くので、混乱するように思います。多党が牽制し合う事によって、派閥政治のように政局に左右されるようになるのでは、と。
>RYU_さん
(
これお・ぷてら
)
2009-02-19 15:54:52
コメントありがとうございます。
ただ、私は、「それ(多元文化=引用者)を統合する郷土社会なり、右翼思想なりが、かつてはあった」というRYU_さんの指摘に違和を感じているわけです。
もっといえば、郷土社会が、あるいは右翼思想があなたの言葉を借りれば「多元文化」を統合できたためしがあったのか、ということです。
この点は、今回のご説明でも明らかにされていないと私は思うのです。
また、権威(主義)的な指導者を待望されるような論点については、私は賛成できません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
名前
タイトル
URL
コメント
※絵文字はjavascriptが有効な環境でのみご利用いただけます。
▼ 絵文字を表示
携帯絵文字
リスト1
リスト2
リスト3
リスト4
リスト5
ユーザー作品
▲ 閉じる
コメント利用規約
に同意の上コメント投稿を行ってください。
コメント利用規約に同意する
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
人権を守るという意味では、力を持った集団による搾取から守るという事が肝心で、規範が形を失っただけに、個人が非人道的言動や犯罪をする危険性があるのではないでしょうか。
国家が人格を有しているとすれば、その源は憲法でしょうね。現行憲法の解釈拡大で自衛権や主権を守るための、国家の人権を侵されないようにするための法整備は必要だと思いますが、米国の意向が強く反映された憲法なので、一度国民投票を行って、現行のままで良いと日本のものとするべきです。
時代の変化、人口移動、新中間層の増加によって規範を失った人心を統合し、社会不安を抑制するためには、しっかりした指導者が誕生してもらうしかないんじゃないですかね。
また、著書を読みます。
のでしょうか。具体的にいうとそれは何なんでしょうか。
>規範が形を失っただけに、個人が非人道的言動や犯罪をする危険性があるのではないでしょうか
>規範を失った人心を統合し、社会不安を抑制するためには、しっかりした指導者が誕生してもらうしかない
規範以前の、生活基盤がしっかりしていること、RYUさんの言葉を借りれば「人権を守る」条件が整っていることが、社会不安を抑制する契機になるのではないかと私は考えますが。
今回いただいたコメントには、こんな疑問をもっています。
ttp://homepage3.nifty.com/katodb/doc/text/2521.html
引用では「日本文化を本質的に雑種文化と規定し、これを国粋的にあるいは西欧的に純粋化しようという過去の試みがいずれも失敗した事を説いて、むしろ雑種性から積極的な意味をひきだすよう提言」
とありますが、雑種文化とは多種多様な生活や人格が共存してきた、という事だと思いました。江戸時代には階層社会として秩序立っており、西洋化と国粋化のせめぎあいが始まったのは、近代化が進んでからで、戦争も起こるようになる訳ですが、江戸時代に平和が保たれていたのは、上に立つ者が規範意識を持ちながら、近隣のアジア諸国と文化同質性が根幹にあり、経済的繋がりは希薄であっても価値観外交が可能であったからだと思います。
戦後、大衆化によって、指導者依存ではなく、自由な生き方をする個人に、規範を見出だすようになったのに、異端を排除する傾向がありますよね。それは、三百年続いた江戸時代の間に、集団主義が深く根付いたからではないかと思います。戦前に軍国主義に向かったのは、国民がファッショに弱く、自身の思想信条よりも場の空気、集団主義を重視してきたからだと思います。
それから、分極多党制になってしまうと、政界を超えた集団指導体制となり、マスコミ、世論、ブロガーといった統合性のない大量の意見と歩調を合わせながら政策を選んで行くので、混乱するように思います。多党が牽制し合う事によって、派閥政治のように政局に左右されるようになるのでは、と。
ただ、私は、「それ(多元文化=引用者)を統合する郷土社会なり、右翼思想なりが、かつてはあった」というRYU_さんの指摘に違和を感じているわけです。
もっといえば、郷土社会が、あるいは右翼思想があなたの言葉を借りれば「多元文化」を統合できたためしがあったのか、ということです。
この点は、今回のご説明でも明らかにされていないと私は思うのです。
また、権威(主義)的な指導者を待望されるような論点については、私は賛成できません。