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THE VOICE

村上春樹 残念 ノーベル文学賞

また、受賞できませんでしたね。

私は村上春樹さんのファンでもありませんが、受賞は日本人として喜ばしいことですので、ノーベル文学賞発表には毎回それなりに注目はしています。

今回も含めて、発表後の残念報道には慣れっこになってしまいましたが。。

でも、、
やっぱり日本語(英語、あるいはヨーロッパ系言語以外)で書かれた文学は不利ですよね。翻訳されたらもはや、それは違うものなんじゃないでしょうか。私もレベルは全く違いますが、ビジネスや普通の文章の翻訳はした経験がありますが、翻訳はした人によって出来上がりは違ってきます。

文学なら特に、翻訳者の原文での理解度も重要でしょうし、別の言語に置き換える単語や表現も、様々な使い方から一つを選ぶわけですから。

どう考えても、原文=翻訳にはなり得ませんよね。近づける事はできるでしょうが。。日本語独特な微妙な言い回しなんかは難しいと思いますよ。

例えば、新しく張り替えたばかりの畳の上に寝転んで、青臭い匂いを感じながら昼寝をした。なんて文章があったら、畳をどう外国語に訳すのでしょうか?辞書には、ストローマット(藁の敷物)とあるはずですが、その言葉から外国人が我々が日本人として知っている畳を想像する事はできないでしょう。ましてや、新しい畳みの匂いなんて表現は、外国語にはできないんではないでしょうか?注釈として、畳みとはなんぞや、新しい畳みの匂いとはなんぞや、その匂いに対して日本人が持つ感覚、といったものをいちいち説明するか。。

日本には美しい日本語があり、独特の文化、伝統、価値観があり、、そういったところから生まれる文学は、原文である日本語でしか本当の意味での理解はできないんじゃないでしょうか?

村上春樹さんも、彼が書いた(翻訳者が訳したものではなく)ものを、そのまま読み、理解できる人が選考していたら、もうすでに受賞していたかもしれませんね。
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