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かおるこ 小説の部屋

私の書いている小説を掲載しています。

テスト記事 2

2021-12-21 13:13:35 | 小説

 本日もテストのための投稿です。

 以下の文章はリヒャルト・シュトラウス作曲、オペラ「ナクソス島のアリアドネ」のプロローグの部分を小説化したものです。

   *****

 ・・・今夜このお屋敷では、お客様が集っての宴会の後にはオペラが上演されることになっている。

 その名も「ナクソス島のアリアドネ」。若き作曲家がこの日のために力を注いで作曲した正統派オペラである。
 お屋敷の一階には広間があり、これまでにもたびたび音楽会や演劇が催されていた。その広間には数日前から、荒れ果てた絶海の孤島、すなわち、ナクソス島のセットが設けられていた。
 さて、広間での宴会は佳境を迎え、そして、間もなくオペラの開幕時間を迎えようとしていた。
 舞台裏のオペラ出演者の控室では準備が進められている。そこには楽屋が幾つもあり、ピアノが一台、それに最後に打ち上げれる花火なども置かれていた。
 オペラの出演者たち、とくに、主人公アリアドネ役のプリマドンナは楽屋に閉じこもって念入りなメイクの真っ最中だ。しかし、どう見ても、オペラに出演するとは思えないようなピエロの衣装を着た人や、仮面を手にした人たちが何人もウロウロしていた。これは何かわけがありそうだ。

 そこへ当家の執事長が召使いを伴って現れた。今夜の準備状況の確認のためである。執事長は控室への階段をゆっくりと下りていく。その後を追うようにして、六十歳がらみの紳士がやってきた。今宵のオペラの作曲家の先生に当たる音楽教師である。
「ここにおられましたか、執事長殿、お屋敷の中をずっと探し回っておりました」
「ほほう、何かご用がおありですか」
 呼び止められた執事長は大仰に振り返ったが、音楽教師だと分かると、
「今夜の催し物の準備で、大変に忙しくしております。なにしろ、こちらのご主人様はウィーンで一番のお金持ちでありますから、あれやこれやとお申し付けが多いのです」
 そう言って階段を下りていこうとする。
 音楽教師は執事長が階下に着くや、素早く前に回り込んで押しとどめ、
「一言だけです」
 と切り出した。
「いま聞いたばかりなのですが、それが、本当とは思えないようなことでして、その話を聞いて驚いているところでございます」
「手短にお願いします」
「今晩、このお屋敷で催される祝宴で、私の弟子が作曲家したオペラの後に、まさかとは思うのですが、別の出し物が用意されているとか・・・」
 音楽教師は一言だけでは収まらず、言葉を選びつつ、遠まわしに事実を確かめようとしている。執事長は、そんなことは百も承知だとばかりに打ち上げ花火の入っている箱を覗き込んだ。
「・・・それも、イタリア喜劇のような滑稽な芝居が上演されるそうで、そんなことはあってはならぬことです」
「どうしてですか」
「やってはならぬことです!」
「何ですと」
 執事長は花火の箱の蓋をバタンと閉めた。音楽教師の言葉にいささかお冠の様子だ。衝撃で花火が爆発しそうな勢いに、召使いはもとより、そこに居合わせたピエロたちも何事かと驚いた。
「そんなことは作曲家が許すはずがありません」
「『許す』とは・・・当家のご主人様以外に誰が許すというのでしょうか。そもそも、あなたたちは、ご主人様のお陰で音楽を披露することができるのではありませんか」
「私が申し上げているのは、初めのお約束と違うのでないかということです」
 音楽教師はなおも食い下がる。
「ナクソス島のアリアドネは今夜の催しのために作曲されました」
「その点は、取り決められた報酬と、さらに、幾ばくかの謝礼を添えて、私がお渡しすることになっています。なにかご不満でも」
「お支払い能力のことではありません。ナクソス島のアリアドネは非常に真面目な作品です。上演の仕方も大事なんです」
「しかし、盛大な食事の後で、どのように催されるか、それは当家のご主人様のお決めになることですから」
 執事長は、屋敷の主人が決めたと言いながら、まるで自分が差配しているかのような話し方である。音楽教師はいまにも怒りだしそうな権幕だ。
「オペラを腹ごなしの余興のように扱われるとは!」
「いいですか、食事が終わったら、まず、オペラが上演され、そして9時には花火が打ち上げられる。そこにある花火を盛大に、ドカンと・・・」
 ピエロが『ドカン』に合わせて両手を広げ、舞い上がった花火が広がるマネをした。執事長は満足そうに頷いて召使いに花火を運び出すように指示した。
「オペラと花火、その間に喜劇が挟まれたというだけのことです・・・よろしいですかな。では、これにて失礼いたします」
 執事長は反論を許さず、さっさと階段を上っていった。音楽教師が何か言おうとしたが、花火を持った召使いに遮られてしまった。
 当日の、しかも、開幕直前、予定になかった喜劇が割り込んできた。その分、オペラは上演時間を短くカットしなければならないだろう。アリアドネの歌うアリアを削らせるか、それともバッカスの歌を何小節か割愛するか、どちらにしても、弟子が納得するとは思えない。
「弱ったな・・・弟子の作曲家に何と言って説明したらいいのやら」
 音楽教師は作曲家を説得するため、重い足取りで舞台のセットの奥へと歩いていった。

 今度は、ピンと髭を生やした将校が現れ、お目当ての楽屋の前に立ち止まった。ツルビネッタのいる楽屋である。案内をしてきた召使いが楽屋のドアをノックする。
 ツルビネッタはオペラの後で上演される喜劇の主演女優で、その喜劇の題名は「浮気なツルビネッタと四人の愛人たち」。まさに地で行く逢引だ。
「ここにツルビネッタさんがいらっしゃいます。お化粧もできているかと」
「下がってよろしい」
 将校は召使いを押しのけ、気取った様子でツルビネッタの楽屋へ入っていった。せっかく逢引のお膳立てをしたというのに、すげなく突き飛ばされたとあって召使いは面白かろうはずがない。
「女と見れば見境もないんだから、まったく、とんでもない将校だ」
 そうは言うものの、召使いは将校が入ったツルビネッタの楽屋のドアの前で見張り番をした。知らずに誰かが入ろうものなら、それこそ大騒ぎだ。

 ちょうどそこへ、オペラ、ナクソス島のアリアドネの作曲家が駆け込んできた。こちらは三十歳前後の若者だ。
 作曲家は楽屋の前に立っている召使いを見つけると、
「君、君、すまないが、バイオリンを呼んでくれないか。最終的な打ち合わせをしたいんだ」
 と頼んだ。
「バイオリンは来られませんよ、第一、足がありません。それに、今ごろは人の手に掴まれているのでね」
 召使いが作曲家の言葉を茶化した。
「僕がバイオリンと言ったら、それは演奏家のことだよ。楽器のことじゃないんです」
 作曲家はからかわれているとは知らず、真面目に受け答えした。
「ほほう、それでしたら、その人たちは、これから私が行くところにいるはずです。あなた様とお喋りしているヒマはございません」
「どこですか」
「食堂です」
「なんですって、開演間近だっていうのに、のんびり食事をしているなんて」
「私が食堂と言ったら、それはお客様のテーブルのことです。我々が使う食堂ではないんです」
 召使いは先ほどのバイオリンの一件を見事にやり返した。反対に、作曲家は一本取られたようなものだ。
「お客様の宴席の場で演奏しているわけです」
「それなら、アリアドネ役のソプラノ歌手とアリアの稽古をするとしよう」
 作曲家がソプラノ歌手、すなわちプリマドンナの楽屋と思い込んで、ツルビネッタの楽屋に近づこうとしたので召使いが手を振って制した。中では将校とよろしくやっている最中だ。たとえ作曲家といえども入れるわけにはいかない。
「あなたが話したいというお人はそこにはいません。決してお入りにならぬよう」
「僕はオペラの歌手とはいつでも打ち合わせができるんだ」
 召使いはそれには答えず、ピエロをツルビネッタの楽屋の前に座らせると、エヘヘと笑いながら立ち去った。
「ふむ、僕を一人、ドアの前に置き去りにして行ってしまった」
 作曲家はバイオリン奏者にも、歌手にも会えず、イライラしてせわしなく辺りを歩き回る。
「今夜、いよいよ僕のオペラが上演されるんだ・・・ああ、けれど、まだ直したいところがたくさんある」
 突然、作曲家の頭にメロディーが浮かび、誰に聞かせるともなく口ずさむ。
「♬全能の神よ、ああ、このときめきを~♬」
 メロディーを五線紙に書き留めようと作曲家はポケットの中を引っ張り出したが、紙は見当たらない。
「そうだ、バッカス役のテノールに教え込まなくちゃ。バッカスは神であることを、そして純情な青年であることを」
 作曲家がバッカス役の歌手の楽屋はここだったかなと、ノックしたとたん、内側から乱暴にドアが開けられた。飛び出してきたのは、バッカス役のテノール歌手と鬘師の二人だ。
 バッカスは「こんなものを被らせようというのか」と、カツラを投げつけた。鬘師はそれを拾い上げて「仕事はきちんとやっているじゃありませんか、あなたの怒りやすい気質が問題なんです」と顔を真っ赤にして言い返した。
 オペラのことで頭がいっぱいの作曲家は苛立っている鬘師を呼び止めた。
「何か紙をお持ちではありませんか、いま浮かんだメロディーを書き留めたいんです」
「持ってません」
 バッカスの態度に憤った鬘師は作曲家の頼みに耳を貸している余裕はない。あっさり頼みを断った。
 尋ねる相手が悪かったのだ、またしても一人取り残される作曲家だった。

 

【注釈】

1 本作品を書くのにあたって参照したのはオペラのCDに付いている「歌詞カード」です。このオペラはドイツ語で書かれており、歌詞カードには、ドイツ語、日本語(あるいは英語)でセリフが書かれています。

2 ナクソス島のアリアドネの作曲家が駆け込んできて召使いに向かって、
「君、君、すまないが、バイオリンを呼んでくれないか。最終的な打ち合わせをしたいんだ」       

 というところでは、実際にオーケストラのバイオリンがいかにも練習しているような音合わせを「ギギーッ」と奏でます。

 最終的な打ち合わせはドイツ語で、Verstandigungsprobe(aにはウムラウト)英語のリハーサルです。最終的のところは、原文のままだと、簡単で短いという修飾語が付いています。

 

 

 


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