小説練習用

小説を練習するブログ

機甲昆宙サナギンガー「第一話 小さきもの」

2007-03-24 19:47:40 | Weblog
8月。全ての生き物が、その溢れんばかりの光に振り回される季節。

せいろの中みたいに蒸された空気の下敷きになった、見渡す限りの田んぼの真ん中を、
まさにゴーイングマイウェイといった形で一本の道が突っ切っている。
その煮えくり返ったアスファルトの道を、森野ヒロシは両親に連れられ、
汗をぬぐいながら歩いていた。

真夏の午後三時、油蝉の声が耳につく。
まるで耳元で鋸をひかれているみたいだ。
牙を剥きだした太陽は、肥大化して広大な青空にでん、と居座り、
3人にその存在をいやというほど誇示している。
おじいちゃんみたいだ、とヒロシは思った。ここはおじいちゃんの世界。
おじいちゃんが全てを支配しているのだ。
祖父の家は、このどこまでも続きそうな真っ直ぐな道の突き当たりにある。
道がいきなり途切れ、そこに突然祖父の家が建っているのだ。
あれもおじいちゃんそのものだとヒロシはいつも思っていた。
「もっとしゃんとしなさい」父親が後ろにいるヒロシを見やってたしなめた。
「おじいちゃんがまた怒るぞ」
おじいちゃんは僕が何してもどうせ怒るじゃないか、
とヒロシは心の中で言い返した。
陸軍のえらいさんだったか何だか知らないけど、
僕にいつも同じ(一言一句全く同じ!)戦争がどうしたこうしたという
話をしては、興奮してくると突然僕がひ弱だといって怒り出すのだ。
僕はおじいちゃんの孫だけどおじいちゃんじゃないのに。

それから10分ほどして、3人は祖父の家に到着した。
白壁で囲まれた巨大な日本家屋が、黒い屋根瓦を夏の光に反り返らせて
ヒロシたちを出迎える。
家なのに、少しもほっとしない。
庭の松の木の一本一本が「しゃんとしろ」と怒鳴っているように
ヒロシには思われた。
「あぁ、着いた」母親が安堵のため息を漏らす。
大人にだって遠いんだ。
10歳の僕に遠くないわけがないのに。
と思いつつ、そんな事を口にすると何を言われるか分かったものではないので
ヒロシはまた、黙っていた。


「来たか」玄関先に立っているおじいちゃんは、去年と同じようにニコリともせず、そう言った。
「少し休憩してよろしい。30分。」それだけ言うと、
おじいちゃんはかかとからくるっと回って、奥に消えた。
少しして部屋の奥から怒鳴る声が聞こえる。
「休憩が終わったら倉の掃除をしなさい」
父さんもさすがにたまりかねたのか、ヒロシをみて苦笑した。
ヒロシはその苦笑を見なかった振りをして、自分に『割り当てられた』部屋に、
荷物を持って入っていった。
入った瞬間に、ヒロシはごろんと畳に転がった。そのまましばらく動かない。
ふと視線を上げると、小さい何かの虫が、ぴょんぴょんとはねているのを見た。


―僕は虫 何の抵抗も出来ない 何も抵抗してはいけない 僕は―

機甲昆宙サナギンガー「第二話  赤い光」

2007-03-23 20:28:40 | Weblog
畳に突っ伏したまま、ヒロシは眠ってしまった。
30分ほどして、父さんがヒロシを呼びに来る。
「おい、じいちゃんに言われたろ。掃除にいくぞ」
「う・・・」寝ているところを起こされ、ヒロシはうめき声を上げた。
「だらしないやつだな、そんなことだから・・・」
ふっとヒロシの顔に陰がさす。言いかけて父さんは口をつぐみ、黙って部屋を出ていった。
そんなことだから・・・その先を言わなくても、彼には分かっていた。

そんなことだから、教室で孤立するんだ。
そんなことだから、いじめられるんだ。
そんなことだから、転校しなきゃいけなくなるんだ。

そんなこと。そんなこと。たったのそんなことに、僕は追い詰められていった。
ヒロシはそんなことを考えながらのそりと起き上がり、父さんに続いて部屋を出た。

倉の中は、壁に開けられた明り取りから光が差し込んでいるだけ。
分厚い石の壁にさえぎられ、あれだけうるさかった蝉の声も、はるか遠くの夢から
聞こえてくるみたいだ。
ひんやりとした空気が、ヒロシの顔を包み込む。
あ、僕、こういうの嫌いじゃない。
そう思った一瞬後、ヒロシは自分の根暗な思考に思わずため息をついた。
暗い。気持ち悪い。暗いのは駄目。気持ち悪いのは駄目。明るいのがいい事。

倉の中は、いつのものかも分からないガラクタ(ヒロシからみて)で溢れかえっていた。
ヒロシと父さんは、もくもくとそのガラクタを外に運び出していく。
反物の入った籐の籠。毛筆で書かれた手紙。武具。仏像。布製のかばん。
草鞋。防空頭巾。木彫りの熊。ペナント。アルバム。墨絵。剥製。そして・・・

「・・・?」

ヒロシが倉の中で見つけた『それ』は、妙な形をしていた。
ちょうど篭手のような形状だが、材質が変わっていた。
一見脱皮をした虫の殻のよう、だが金属のようにも見えるし、
弥生時代の土器のようにもみえる。
触ってみると陶器のようだが、それよりずっと重厚だ。
昔の武器か何かかな・・・
そう思ってヒロシがその篭手を腕にはめた瞬間。
彼の脳に閃光が走った。
「!」
ヒロシの目の前が、真っ白になる。
「!」
カメラのフラッシュのように頭の中で閃光が何度も弾ける。
その閃光の中で、ヒロシの頭に一つの映像が浮かんだ。
小さな神社の本堂の中、虫の卵のような茶色い球体がある。
なぜか分からないが、ヒロシはそれを見つけに行かなければならないような気がした。
行かなきゃ。迎えに。

迎えに?何を?

そう思った瞬間、篭手から、どこかに向かって一条の赤い光が伸びる。
蝉の声は聞こえない。風も吹いていない。
父さんは、硬直したまま動かない。まるで時間が止まったようだ。

行かなきゃ。

静止した時の中を、ヒロシはふらふらと、光の指す方向へ向かっていった。

機甲昆宙サナギンガー「第三話 オケラ」

2007-03-22 21:17:30 | Weblog
赤い光の先には、やはり閃光の中で見た、あの神社があった。
神社にたどり着くと、赤い光は見送りを完了したかのように、ふっとかき消えた。
大きな朱の鳥居から、石畳が続いている。
石畳に沿って植えられた木々はヒロシに覆いかぶさるように幹を広げ、
境内は真夏の昼間だと言うのにぼんやりと薄暗い。
静かだった。未だ蝉の声もなく、一陣の風すら吹き抜けない。
ヒロシが石畳を走り抜けると、足音がまるで来訪者を確認するかのように、
洞窟の中を歩いているかのごとく、ひときわ大きく響いた。

鳥居から20メートルほどのところに、本堂はあった。
ヒロシは賽銭箱の脇を通りぬけて階段を登り、
今にも外れそうな古い木の扉を開いて中を覗く。

薄暗い本堂の奥の壁に、何かが横たわっていた。
放たれた入り口の光で照らされた『それ』。
それはまぎれもなく、彼が閃光の中で見たあの『卵』だった。

ヒロシが『それ』に近づこうと一歩足を踏み出した瞬間。

ヒロシの手にはめられた篭手が、眩い光を放ち、激しく振動を始めた。
「うわっ!」
それに共鳴するかのように、茶色い卵も振動をはじめ、
まるでピンボールみたいに天井と床の間を跳ね回り始めた。
二つの物体の振動は当然神社全体にも伝播し、まるで
局地的な大地震のように、建物全体が揺さぶられる。
唸りをあげてきしむ柱と壁。頭の上にぱらぱらと木屑や埃が降ってくる。
ヒロシは耐え切れずにうずくまった。
だが目を閉じて縮こまっても、唸りや振動が止む事はない。

駄目だ。

怖い。

動けない。

死ぬ?

嫌だ。

『死にたくない。生きたい。』

ヒロシがそう感じた瞬間、まるで全てのフィナーレのように、
何かが破裂するような爆音が前方で響き、
振動と唸りが止んだ。

静寂。

空間が静寂を取り戻した事を確信すると、ヒロシは
そろそろと顔を上げた。

茶色の卵が割れ、もうもうと煙が立ち上っている。
その煙の向こうに、何かが、いた。

煙がおさまるにつれ、その輪郭が露わになってくる。

「な・・・」ヒロシは絶句した。
そいつは、どう見てもヒロシの同属、人間ではなかった。

薄茶色の外殻。尖った口吻。真ん丸いガラスのような単眼。
殻は節で互いにつながれ、楕円形の胴体から6本の足が生えている。
体長は、ヒロシの半分、70センチほど。

全体的に、そして端的に述べると、そいつはオケラだった。
ありえないほどに、巨大な、オケラだった。