もう愚痴は言いたくは無いが。私の母親は私に或日、区役所に行こうと言って年金課に行って。息子の、今まで未納だった年金を。全額免除にして下さいと言った。だから私は追納しないと年金も貰え無い。しかし、今や追納する金は無い・・・・・。私の母親はそう言う人でした。自分は親父の年金があったから。家族年金として親父の年金を貰って居ましたが.....。私は給料もボーナスも全額親に渡して居たのですよ。なのに何故払ってくれて居なかったのか?区役所に行った時に母は、「すみません。息子の年金を全額免除にして下さい」と微笑んで言って居ました。私は、何故払え無いのか。あとから追納するのか?とも思い。家の事情もあるのだろうと思い黙って居ました。
私の姉は実家を売り払う時に建物を壊して、私の年金手帳なども勝手に処分して仕舞った様です。何故でしょうか?この仕打ちは?私は親からも姉弟からも見捨てられ。今。訪問看護師やヘルパーからも嫌がらせを受け。金を盗られ。碌でも無い奴から、ハッキングをされてblogも書き換えられて。。何で、私だけがこんな目に遭うのだと怒りに燃えて居ます。最近は「人の3、4人。包丁で刺し殺してやろうか!!」とすら思って仕舞って居ます。前に私は包丁を持って会社に行った事がありました。ユキカズとケンジを刺し殺す為です。カバンの中に入れてわざと開けて床に置いて居ました。中には刺身包丁が2本入って居ました。その日に限って。当のユキカズもケンジも、何も言わず近寄っても来ませんでした。何か一言でも言ったら刺し殺そうと思って居ましたから・・・。
私の、会社の社員たちは皆バカだから。私が倉庫番をして居た時に読んで居た「マカロニ・ウエスタンの全て」と言う本を私がトイレに入った隙に破って居ました。嫌がらせです。自分が知ら無い本を読んで居る。ボンボン振りやがって気に喰わないとね。もう手に入ら無い書籍だったのに。おい!!本を破った菅原留五郎!!貴様だよ。会社の金を使い込んでクビになった低脳の大馬鹿野郎!!。てめえは俺にkiyasumeさん身長何センチとしつこく聞いて来たよな。だから私は隠す必要もないから。「俺は身長は170センチ未満だよ?」と言って。菅やん何センチと聞いたら言えなくて。自分は150センチ台だったからだよなぁ。そしたら次の日になったら。他の社員から「kiyasumeさん自分の身長の事なんか言う事ないですよ。菅やんが言いふらして居ますよ!!」と聞いた。
夜間高校出の頭が無い。彼の嫌がらせはそんな事しか出来ない。ああ、それから高野!!お前は私がライバルだと言って。私にこう言ったよな。「一度、事務所まで来て見な。なんか言いたい事あるでしょう?(笑)」と私に来させて、自分の仕事ぶりを見せ付けたつもりだろうけど。中卒で丸で学が無いお前から。ライバルだと言われてもねぇ。バカくさくて相手にもならねえんだよバカが!!お前、俺が英語で「What are you talking about?」と言っても分からなかったよなぁ。「お前、何言ってんだ?」と言ったまでだ。中学生で習う英語だろう?こんな事も解らない馬鹿野郎から、俺の方が上だと言われてもなあ、私がロシア映画の名作「戦艦ポチョムキン」と言っても「へっ!!ロシアが映画なんか創って居るの」と言う大馬鹿ぶり。
ああ、お前は低脳だから教えてやるよ詳しくな。「ソ連映画。ゴスキノ 1925年作品。監督はセルゲイ・ミハイロビッチ・エイゼンシュタイン。1905年に実際に起こった「ポチョムキン号の反乱」を映画化したものだろ。1905年オデッサ港に起こった戦艦ポチョムキンの水兵たちの反乱と,これに呼応したオデッサ市中の人民の虐殺を記録的に描く。個人ではなく群衆を主人公とし,オデッサ階段の虐殺シーンをはじめとする大胆なモンタージュ技法を用いた作品だ。集団の主人公(水兵たち,オデッサの市民),力感あふれる構図や画面転換,むだのない物語構成と比喩のモンタージュ(立ち上がる石のライオン)などによって,世界映画史上傑作の一つとみなされて居るんだよ。プロパガンダ映画の完璧な例としてばかりでなく,理論,実作両面で世界の映画人たちに与えた影響は大きいだろ。1950年に音楽入りのサウンド版がつくられた。
日本では 1959年の非劇場自主上映,1967年の一般公開が初上映だ。1976年には世界各国の残存フィルムを検討して原型に近づけた完全版がソビエト連邦で制作されたんだろ!!。このぐらいの事覚えておけ!!何も知らない低脳野郎!!昨日は今年最後の美容院に行きました。私は歳が離れすぎて話も合わ無いのだけども。みどりちゃんと、もう1人の女の子と店長さん用に「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の録画したDVDを、まあアニメだけど、良かったら観て下さいと渡して来ました。最後のリアルな隣人たちだからです。そうしたら店長さんからコーヒーを頂いた。今それ飲んで居ました.....。私はもう人生がつくづく嫌になりました。何々だろうか。このblogだって人の不幸は蜜の味で見て居る人も居るはずですよね。そんな事は解って居ますよ。それでも言わずに居られない。さてと今から病院です。。。。。それでは次回は12月に入ってから更新します。。。。