さやかな岸辺

短歌という風の中州の草はらに言葉の卵をあたためています

りいふ7号・10首

2013-01-10 05:41:51 | 自作短歌

すこし睡ろう                    岸原さや           

                                         

雪解けの伏流水のわく池に夏の少女がひたすくるぶし

すずやかな風は水面をわたりきて羽黒蜻蛉がやすむ水茎     ※羽黒蜻蛉・・・はぐろとんぼ

ひるがおの蔓のさみどり空へ伸び しらべのような花の連なり

まひるまに日傘をたたむそのように眩しみながらさよならを言う

うっすらとあなたの影をしりぞける琉球硝子の水差しの青

わだかまる思いののこるゆびさきでひどく寡黙なラジオをつける

もういちど生まれたならば無防備にだれか愛せるひともあろうか

ひそやかに陽はしずみゆく窓の外だれもしらないわたしのこころ

まだ海をみたことのない猫が聴く 波のCD すこし睡ろう

桜貝のかけらの残る空き壜をすすいですてる明日の朝には

 

※ 初出・・・「りいふ」7号(2012年11月15日発行)

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りいふ5号・10首

2013-01-10 05:15:10 | 自作短歌

花と火と水                   岸原さや               

                                            

花の名を呼びだすように寝台でひらくカラーの鉱物図鑑

ほほべにをさせばほのかにさみしさのさゆらぐ朝よ 青めく鏡

「泣かないで」きみは言ったねあの夏の朝はやさしいいきものだった

噴水のつぶつぶのようわたしたち落ちてふたたび噴きあがるみず

わたくしが気配を消せばおもむろに闇に満ちゆく秋の虫の音

ていねいに消した火がある二人して熾し両手をかざしたあの火     ※熾し…おこし

まどろみのしずかな窪みきみの夢にホログラフィとして揺れるかわれは

手をあてる痛む場所へとやわらかくそのほのかさを手当てと呼んだ

花ならばしおれるときも花であり 給湯室にみちる宵闇

終電後 ホームの椅子のうす青く 今からが汝のしずかな時間            ※汝・・・な

 

※ 初出…りいふ5号(2012年3月15日発行)

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