「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
10歳の頃から18歳になるまでバスケットボール一辺倒だった志谷少年。
小六の頃に初めてつかみそうになった全国大会を3点差で逃した。
中二の頃、これに勝ったら全国大会って試合も負けてしまった。
中三の頃においてはもはやよくわからんところで負けてた気がする。
高校時代は県選抜で3年間県のトップの人間とバスケを交わすことが出来た。
その合宿でのこと、試合形式の練習をしていてあるパスミスから僕はリズムを崩してしまった。
その一試合を前半のミスを立て直せずに終えてしまい落胆していた。
そこへコーチがやってきて一言声をかけてくれた。
「40分(※)全体を見ながらプレイしろ」と。(※この当時のプレイングタイムは前半20分/後半20分の計40分)
まさにその頃の僕ときたら「木を見て森を見ず」だ。
1つのミスを引きずってゴールしてしまったのだから…
あのコーチの言葉は今でも胸に焼き付いて、いろんな場面で役立っている。
まさに大きな流れで捉えながら物事を考えていく。今はそれの真っ最中。
--------------------------------------------------------------
昨日、将棋の名人 羽生善治氏の「大局観」という本を読み始めた。
大局観…物事の全体的な状況や成り行きに対する見方・判断。
将棋とは何手先まで読んでナンボの世界だ。何十手先を読んで打つ。
こんな複雑で奥行きがある計算をゆっくりと行うなんて僕にとっては一種の拷問と変わりない。
この時代は誰もが早く答えを求める。
ツイッターを初めとするSNSに人が集中するのも新鮮な情報の発信/受信が大きな要因の一つだろう。
先ごろのジャパニーズ家電業界の業績不振もケータイを中心とした新しいマーケットに取り残されたとも言われている。
世界は先を読みながらものすごいスピードで進んでいるのだ。
そこに逆行するようにたたずむのが「大局観」だ。
-がむしゃらに読み込む力は若い棋士が上だが、熟年になると、この「大局観」で逆に「読まない心境」となり勝負の上で若い棋士と互角に闘える-
らしいのだ。
もう「極」だ。
時代を語るつもりはないが、もしかしたらこの「大局観」が時代を開くヒントになるのでは?と勝手に思い込んでいるのだ。
まだ39ページしか読んでないけど
おやすみ