法学学習記録と日常生活

40歳を過ぎてから法の道を目指すことを決意し、その学習記録として開設。また社会人としての日常生活も時折記載していきます。

ガン

2014-01-26 17:16:56 | 日常の中で
ここのところ良いことがありません。
その程度の考え方にもよるのかもしれませんが、そういった意味では今の状態は不幸中の幸いとも言えるのかもしれません。

父がクリスマスイブの日に交通事故に遭ったことは以前のブログで書いた通りです。
事故で顔面を骨折したため、口腔外科に通院していました。そこで口内にガンがあることがわかりました。
MRIはともかく、血液検査をしたと言うことで違和感をもたずにはいられませんでしたが、悲しいことに医療に関して全くと言っていいほど知識がなく、ただ、主治医の方針を信じ受け入れることしかできませんでした。
そんな経緯があり、一昨日、母が病院に呼ばれ、検査の結果ガンが見つかったことを告げられました。

おそらく初期の段階であると思われるとのことですが、ガンの位置に問題があり、その病院では手術ができないとのことです。千葉県柏市にある「国立がんセンター」か茨城県つくば市にある「筑波大学病院」に紹介状を書いてもらい、いずれかで手術をすることになります。

交通事故がなければ口腔外科に通うこともなかったわけですし、ガンが見つかったのも初期の段階とのことですから、いろいろな偶然が重なって、本当の最悪の事態を回避できたのかもしれないと考えてみたりもします。
しかし、それと同時に、両親の年齢がいつの間にかに上がっていたことを実感せずにはいられません。

母がなにかといえば作る筑前煮を、昨日実家に行ったときにもらってきました。今日も勉強の合間に筑前煮を食べました。
きちんと作り方をおしえておいてもらわないとな…と思いながら、いつもより丁寧に味わって食べました。

口ごたえして困らせたり、心配をかけるような行動をしてきた若い時代の自分を振り返り、また、当時もっと元気で活発で、ときには怖い存在であった両親を思い出します。

親孝行したいときに親はいない、などと言いますが、感謝といたわりの心を持って接していきたいと改めて感じる今日この頃です。


導入教育A、Bの評価

2014-01-15 18:28:28 | 学習


今日、仕事を終えて自宅のポストを開けたところ、大学から封書が届いていた。毎月送られてくる副教材とは違うものであることはその形態で察しがつく。そこそこ厚みのある封書である。
もしかしたら試験の結果かもしれないと、かなり緊張した気分になってきた。レポートは自分なりに頑張って仕上げ、提出したつもりではあるが、その出来ばえには正直全く自信が持てないでいたからだ。

予想した通り、試験の結果通知であった。それから導入教育A、Bの授業および合否判定レポートについての講評も同封されていた。

導入教育A、BともにA~Eの5段階評価で、ABCDが合格、Eが不合格である。

信じられないことに、ふたつとも一番評価の高いAをもらうことができた。
嬉しさと安心感で思わず笑顔になってしまった。

このブログを読んでくださっている方にもすぐにお伝えしたく、取り急ぎご報告のブログを書かせていただいた。

今となっては机に向かうことが習慣となってきている。
ふと、これが本当に実を結ぶのかという考えが頭をよぎることもある。しかし、この合格の通知はこれからの励みとなってくれると思う。

これから先生からいただいた講評を読み、提出したレポートをもう一度自己採点してみるつもりだ。



世界を旅して 5 ~ ウィーン 1

2014-01-10 15:39:18 | 国際交流


旅行に慣れてきた頃から、なんとなく憧れていたウィーン。
音楽と歴史ある街並、それからチョコレート菓子。そんなイメージがありました。

2012年の冬、韓国人の親友と仕事の休みをあわせ、ようやくウィーンを旅することができました。

ウィーンの見所はいくつもありますが、特に今回私が必ず行きたいと思っていたところに「ベートーベンミュージアム」があります。ウィーンの中心部に彼が一時暮らした小さなアパートがあり、そこが小さなミュージアムとして公開されています。

以前のブログにも書いたように、ベートーベンには、その音楽性というよりも人間性に関心があり、彼が過ごした場所を訪れたいと思ったのです。
映画の中でのみ得た情報であり、それが真実であるかは不明ですが、その映画に心を打たれ、何度も繰り返し観た映画から私の中に出来上がった彼のイメージは、音楽の才能に恵まれながら、その心は絶望的な愛に苦しめられ、他人に疎ましがられ、さびしい人生であったように思えるのです。
そんなさびしい彼が窓から見た風景、歩いたであろう小道、触れたであろうウィーンの空気を共有したかったのです。

よく調べて行かないと見落としてしまいそうなほど、街中にポツンとそのアパートはありました。小さな入口から彼の部屋にたどり着くには、長くて狭い螺旋階段を登っていかなければなりません。そしてようやくたどり着いた部屋には、ピアノ、オリジナルの譜面等が展示されていました。

写真はそのミュージアムで撮影したものです。

ここはガイドブックにも大々的には案内されていないでしょう。なんだかそれすらも彼らしく思えます。
彼の楽曲は言うまでもなく歴史的にも世界的にも知られているのに、彼の生活(心)は開きたくても開くことができない、閉ざされた小さな場所にあったように思えるのです。
あくまでも私の主観であり、彼をもっと知る人は彼の人生をそう思わないかもしれません。
ただ、彼の痛みが不思議と胸に入り込んでくる気がしてならないのです。

幾つもの名曲を生んだ彼はどれほどの集中力があったかはわかりません。ですが、このピアノを弾きながら、あるいは譜面を書きながら、彼の頭の中にふとよぎる切ない想いがあったのではないかと想像します。
そんなことを思いながら、ピアノのある部屋をあとにしました。

華やかなウィーンの街にある小さなこのミュージアム。もし機会がありましたら足を運ばれてはいかがでしょう。


ウィーンの別の見所についてはまたの機会に書きますね。

明けましておめでとうございます

2014-01-03 22:59:09 | 日常の中で


新年明けましておめでとうございます。

今回の年末年始は茨城県にある実家で過ごしております。
自宅と実家は車で30分程度ですので、帰省というほどでもありません。
私の父は東京出身、母は茨城出身ですので、子供の頃から年末年始といっても普段と変わらない生活圏で過ごしていました。初めて新幹線に乗るのも、飛行機に乗るのも、お友達に比べて遅かったと思います。

書きたいことはいくつかあったのですが、少々忙しくしており、しばらくブログを書けませんでした。

12月19日にソウルから戻り、仕事と勉強をしつつ、23日には妹の誕生日パーティーをしたりと過ごしていました。しかし、クリスマスイブの日に父が交通事故に遭ってしまいました。幸いなことに入院にまでは至りませんでしたが、車は廃車となってしまいました。母は足が悪く杖をついて歩かなければなりません。そうなると買い物等、何かと不便なため私が実家で手助けをしているというわけです。

しばらくは実家にいるということで、勉強道具を運んできました。
それから、私も両親もコーヒーが大好きですので、自宅からネスプレッソを持参してきました。
コンパクトサイズのものですので、こうして移動できて便利です。車での旅行ならば毎回持って行ってもいいかな、と思います。

地元の名産である落花生と、茨城県大洗にある母の実家から送られてきた干し芋をおやつに、美味しいコーヒーを飲んで穏やかなお正月を過ごしております。

6日からは仕事も始まり、さらに6日の夜には以前自宅に滞在していたロシアからの留学生(現在は京都大学の学生として京都在住)が冬休みを利用して自宅に泊まりにくることになっています。

それまでもう少し、実家で親孝行ができたらと思います。

今年は主に勉強に励む年としたいと考えています。それから年齢的に健康に気を配ること、家族、友人を大切にすること、自分に甘くならないようにすること等を心がけて生活していきたいと思います。

みなさまにとっても良い年となりますように。