15. 運動能力と身体能力

2022-08-01 23:55:41 | 10 sentences
運動能力とは、自分の持っている筋力、俊敏性、持久力、柔軟性をベースに発揮される能力のこと。
それに対し、身体能力とはそのベース 、つまり運動能力を発揮するための先天的に自分に備わっている能力のこと、だそうだ。
「あの人は腕っぷしが強い。」とか「足が速い」という場合は、そういった方面の身体能力が高いという意味になる。
だから身体能力は伸ばしようがないが、運動能力はトレーニング等によって伸ばせるということになる。
例えば100 メートルを10秒で走ろうとしたり、トリプルアクセルを跳ぼうとするイメージを形成すると、ほとんどの人がそのイメージには程遠く自分には出来ないと自覚できる。
それは、理想の動きのイメージを自分の身体能力の中に描いているから伸ばしようがない。
一方で、動きの中の緩急、強弱、大小のリズムや軌道に対する制御がイメージ通りだと思っていたけどそうではなかったという場合は、稽古のやり方と量次第で改善できる。
ここで身体の現実とそれを概念的に言葉で捉えることの意味が気になってきた。
気になってきたけど、人間は理解できたことや、できると思うことをやる方が効率的だと考える。
だから、とりあえず自分の運動能力のなかで守るべき動きを思い描く。

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14 . 再現すべき動きができないとき

2022-07-24 18:00:00 | 10 sentences
守破離の守、教えられたことを再現しようとすること。
そのために目指すべき理想の動きを脳で処理し、イメージを形成して動いてみる。
そのときにイメージ通りに再現できない、という場合を考えてみると、そこからまたいろんなことが分かってきた。
まず、出来ないということについて二通りのパターンが見えてきた。
一つ目はイメージ通りに動いていると思っていたが、実際はその軌道から外れていた。
二つ目は実際の動きがイメージした動きの瞬発性や力や柔軟性に届いていない。
イメージ通りだと思っていたけどそうではなかったというパターンと、イメージ通りではないと最初から自覚しているパターン。
それぞれの出来ないが、なぜなのかを考えてみた。
すると運動能力と身体能力という二つの違う概念に行き着いた。
少しずつ出来ないの本質に向かって具体化していく。

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13. 言語脳

2022-07-17 23:14:13 | 10 sentences
脳で処理し体で再現する。
それには言葉を理解し動きに変換することと、目で捉えコピーして動きを再現する、つまり真似るという二つがあった。
それらは脳を介し情報を処理し動きに変換するという意味では同じだが厳密にはその確かさにおいて違いがある。
時々見ただけでできてしまうという人がいる。
つまり真似る能力が高い人。
そういう人のことをセンスがいい、とよくいう。
しかし、見ただけで出来るのは、車の仕組みは分かってないけど運転はできるというのに似ている。
その場合、もし故障してしまったら自分で修理出来ない。
センスがいいに越したのとはない。
でもなぜできるのかある程度言語脳で理解できたほうがいい。

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12. 守破離の守

2022-07-10 22:52:02 | 10 sentences
守るとは、教えられた通りにやるということ。
指導者の言葉をまず頭で理解し、それを体で再現する。
また、守るとは真似るということ。
指導者の動きを見て、視覚からの情報として処理し、その通りに再現する。
いずれにしても教えられた通りにやる過程には、伝えられたものをまず脳で処理する段階がある。
そこで体を理想通りの動きに導くためのイメージを形成する。
それは理解度に応じてより鮮明になる。
そのイメージが神経系を介し、筋肉に伝わる。
それが体で再現するという段階。
脳で処理することと、体で再現すること、どちらも正確にできなければ、守ることはできない。

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11. 守破離

2022-07-03 22:32:59 | 10 sentences
守破離という言葉がある。
芸事における修行の段階を表したもの。
守破離、つまり、守り、破り、離れる。
ホップ・ステップ・ジャンプみたいな明快さがある。
守る、それは教えを守ること。
正確に理解し、出来るようになるために真似る力を養う。
破る、その教えに背くという意味ではなく、他の違うやり方考え方を知ること。
そこで初めて目指すものに対する全貌が立体的な奥行きを伴って見えてくる。
その全貌がはっきりすると、自分の感性でアプローチできる。
そこで自分が知り理解し真似たことを踏まえ、離れる。

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