「だって、聖君に取られたくなかったんだもん!」 「え?」 「お姉ちゃんを取られたくなかったんだもん」 「なんだ、そっち?」 聖君がそれを聞いて、一瞬目を丸くしてから、くすって笑った。 「だって、杏樹ちゃんにも取られちゃうかと思ったんだもん。お姉ちゃん、聖君の家に行っちゃったら、私、寂しいもん。お姉ちゃんのこと大好きなんだもん」 「……」 母も私も目が点になった。でも、聖君だけはひまわりを、優しく見ていた。 「だから、お姉ちゃんから聖君を離していたの。もし二人が一緒にいたら、私も間に入って、お姉ちゃんが遠くに行かないようにしてたの」 「ひ、ひまわり、あんたって子は」 母は涙を流していた。 「でも、私、聖君も好き。だから、お姉ちゃんをあげないなんて、言えなかったんだもん」 「ひまわり~~」レビトラ 私も限界だ。涙がぼろぼろ流れた。ひまわりを抱きしめ、一緒に泣き出してしまった。 「もう、あんたたちって、本当に」 母もやってきて、私たちを一緒にぎゅって抱きしめてくれた。 「やべ、もらい泣き」 聖君の小さなつぶやきが聞こえた。でも、3人でおいおい泣いていて、聖君の泣いてる姿は見ることができなかった。
「だって…」
「だって何?」
「お姉ちゃん、ずるいんだもん」
「何が?」
ひまわりは半べそをかいていた。母はそんなひまわりに、きつく聞いた。
「おばあちゃんも、おじいちゃんも、いつもお姉ちゃんを可愛がるの。いくら、私が寄っていっても、お姉ちゃんのことばかりを気にかけるの。お母さんも、お父さんだって!」
そんなふうに思っていたの?
「それはね、桃子はいっつも、自分の気持ちを言わないし、欲しがらないし、だから、こっちから聞かないとならなかったのよ」
「え?」
母の言う言葉にも驚いた。
「あんたは、自分から甘えられるし、今だって、聖君にどんどんわがまま言えるじゃない。桃子は言えないの。言いたくても黙って、我慢するから、こっちから聞かないとならないの」
そうか。ものすごく私はみんなの気を使わせていたんだ。
グ…。泣きそうになった。でも、ひまわりも泣くのをこらえてるんだもん。私がここで泣いたら…。
「じゃあ、お姉ちゃんも言えばいいじゃん!欲しいなら欲しい。渡したくないなら渡したくないって!聖君のことだって、言えばいいじゃん。私が邪魔ならそうはっきりと!」
いきなりひまわりは、私に向かってそう言ってきた。
「周りがどうにかしてくれるとか、わかってくれるとか、そんなふうにしてるのがずるい!そうやって、結局はみんなお姉ちゃんの方を気遣ってる!」
あ、これ、麦さんにも言われた。
自分から言わないと。前に葉君にも言われた。
「卑怯だよ。私は欲しいなら欲しいって言う。正直に言ってるだけだよ。なのに私ばっかりわがままって言われちゃうなんて!」
ズキン…。媚薬
「ひまわりちゃん」
聖君が、すごく優しい声で話しかけた。
「え?」
ひまわりは、今にも泣きそうな顔をして、聖君を見た。
「桃子ちゃん、自分が失いたくないものは、ちゃんと言うよ?」
「え?」
「自分が大事なものは、わかってて、それは本当に守ろうとする。たとえば、ここで、俺がひまわりちゃんとすんげえ仲良くなって、ひまわりちゃんが、俺のことをもらうねって言ったら…」
聖君が私を見た。私は思い切り、横に首を振った。そんなの絶対に嫌だ。
「きっと、ひまわりちゃんにきちんと、言うと思うよ」
「……」
ひまわりは私を見た。
「だけど、もしひまわりちゃんがね、何かで苦しんだり、辛い思いをしていたら、桃子ちゃんは、ひまわりちゃんのために、頑張ると思うよ」
「え?」
「桃子ちゃんって、自分が大事なもののためなら、すごい力出すからさ」
「……」
「ピアノより、ひまわりちゃんの思いを大事にしたんだよね?」
聖君は私に聞いてきた。ああ、びっくりだ。聖君、なんでわかるの。私はコクンとうなづいた。
「あの時、ひまわりが本当に、ピアノ、弾きたがってたから…」
声を詰まらせて、私はそう言った。
「自転車は?」
母が横から聞いてきた。
「私、自転車に乗るの、苦手だったし、ひまわりにちょっと貸したら、すぐに乗れるようになって、すごく楽しそうだったから、ひまわりが乗ったほうがいいと思って」
「ええ?そんな理由なの?」
母が驚いた。
「じゃあ、我慢したわけじゃないの?」
「多少、我慢することもあったけど、でも、ひまわりが喜ぶ笑顔好きだったから」
「…あんたって子は」
母が目を細めて私を見た。
「うわ~~~ん」
ひまわりが突然、泣き出した。
「ごめん、ごめんね。お姉ちゃん。だって、だって、ヒック」
すごい号泣だ。
聖君は黙り込んだ。でも、またひまわりのことをしっかりと見て、
「邪魔とか、迷惑とか言ってないよ。ただ、俺は桃子ちゃんの旦那なの。桃子ちゃんのパートナーなの。ひまわりちゃんのそばにいるのは、俺じゃなくって彼氏のほうでしょ?って言ってるんだ」
と、冷静に言った。
旦那!パートナー!うわ。なんだか、聞いてて顔が…。
「桃子ちゃんもさ、赤くなってないでしっかりと聞いてね」
「え?う、うん」
わ~~。今の聖君、かなり本気モード。それを聞いて、ひまわりの顔つきが変わった。
「ごめんなさい」
ひまわりがいきなり、謝った。
「え?」
私はびっくりしてしまった。
「お姉ちゃんが羨ましかったんだ。だって、こんなに素敵な人と結婚して、大事にされてるから。だから、同じくらい、大事にされたいって思って」
「俺から?彼氏からそう思われたいってならないの?」
「…」
「ひまわりはね、そういうところがあるのよ」
客間から、母が話を聞いていたようで、現れた。
「え?そういうところって?」
聖君が聞いた。
「桃子のものを欲しがるの」
「…え?」
聖君はちょっと驚いていた。
「きっと、今までそうやって、なんでも手に入れちゃったのよね。桃子、いっつもひまわりが欲しがると、自分は我慢して、ひまわりにあげていたから」
「…」
聖君は私を見た。
「甘やかして、育てちゃったかな」
母がそう言って、ため息をついた。
「そ、そんな、私、お姉ちゃんのものなんて欲しがってない」
「そう?自転車は?ピアノは?ピアノを習いだしたのは桃子なのに、あんたが欲しがったから、桃子、譲ってピアノもやめたじゃない」
「だって、お姉ちゃん、もういらないよって言ったから」
「あんたが欲しがったからよ」
母はそう言うと、リビングのソファーに座った。
「それから、幹男君もでしょ?桃子と仲良くしてて、あんたやきもち妬いて、やたらと幹男君の気を引こうとしてたじゃない。今の聖君みたいに」
「そ、そんなことない。私だって、幹男君が大好きで、幹男君も可愛がってくれたんだもん」
「でも、あんたはすぐに、他のものがよくなるのよね」
「え?」
「本当に欲しいものじゃないから、すぐに他のものに目移りするの。ピアノも3ヶ月でやめた。自転車も、どこかになくしてきた」
「…」
ひまわりは泣きそうだった。
「もう、本当に自分が欲しいものや、好きなものを見つけなさいよ」
公園から戻ると、玄関にひまわりが仁王立ちしていた。
「ひどい!」
かなりご立腹の様子だ。
「え?なんで怒ってるの?」
聖君が聞いた。いや、理由は明らかだよ。聖君が知らない間に消えちゃったから。
「どこ行ってたの?」
まだ、ひまわりの顔は怒っている。
「そこの公園だけど?」
聖君はそう言いながら、媚薬リビングのソファーに座った。
「私も誘ってくれたら良かったのに」
ひまわりが後ろから、ついていきながらそう言った。
「だって、ひまわりちゃん、まだ朝ごはんも食べていなかったし」
「そんなのあとでもいいもん」
「でも、いきなり庭にいたら、行きたくなっちゃっただけだから。それにすぐに、戻ってきたじゃん」
「一言、言ってくれてもいいじゃん!」
ひまわりはまだ、怒っている。
「ひまわり、あんたね」
母がさすがにその様子を聞き、客間から顔を出した。だが、聖君が、
「あ、エステのお客さん来るんですか?準備進めてていいですよ」
と、客間に母を追い返してしまった。
ひまわりはそれを見て、ちょっと嬉しそうな顔をした。だが、聖君は、ひまわりをかばったわけでもなければ、助けてあげたわけでもなかった。
「ひまわりちゃん、ちょっといい?」
そう言うと、ひまわりを自分の前のソファーに座らせ、聖君はひまわりには、いつも見せないような真剣な表情をした。
「な、何?」
さすがのひまわりも、これはいつもの聖君と違うと悟ったらしい。表情が固まった。
「ひまわりちゃんは、もう俺の妹だからって思ってるからこそ、きちんと言うよ?」
「え?うん」
ひまわりは、さらに顔をこわばらせた。それだけ、聖君からは、いつもと違オーラが漂っている。
「俺、ひまわりちゃんも大事に思ってるけど、でも、桃子ちゃんが1番なんだ」
聖君は、まっすぐにひまわりのことを見て、そう言った。そして、
「だってさ、俺、桃子ちゃんと結婚したんだ。これから、赤ちゃんも生まれる。その子も含めて俺は、守っていかないとならないんだ」
と、すごく落ち着いた声で話した。
「う、うん」
ひまわりも、顔が真剣になってきていた。
「ひまわりちゃんだって、彼氏いるよね?」
「うん」
「もし、何かを一緒にしたいんであれば、彼氏にお願いしたらいい。優先順位なんかをつけて悪いとも思うけどさ、でも…」
聖君は一瞬黙った。ひまわりが泣きそうになったからだ。
「私、邪魔だった?」
「え?」
「聖君、迷惑してた?」
「……」